第4話 転機。
母親同士で協議が行われたようで、エヴェは14歳になると同時に、僕の屋敷に行儀見習いに入った。どうも、自領にいる限り淑女教育は難しいと判断されたようだ。
うちで母に礼儀作法や刺繡なんかを習っている。エヴェのワンピース姿も新鮮だ。
本人曰く…剣術よりかなり難しいらしい。ふふっ。
勉強は僕と机を並べて家庭教師に習っている。
二人で父から領地運営も教えてもらっている。
僕がアトリエにこもっている間は、エヴェは父と畑に出ている。父も祖父もアカデミアで植物学を修めて、リンゴの品種改良にいそしんでいる。その手伝いだ。もちろん、摘花や収穫も手伝う。
「実家でもやっていたしね」
エヴェはどうも、外の仕事の方が好きなようだ。嬉々として出かけていく。
うちの領はりんごの出荷が主だが、はちみつも採っている。リンゴのワインやコンポートの瓶詰なども手掛けている。南に下がると、小麦畑もある。
日曜日だけは昔と変わらず、二人でのんびり過ごす。
散歩をしたり、アトリエでモデルになってもらったり。
春はりんごの花が満開の畑で、ワンピース姿のエヴェを描いた。
夏は川遊びにはしゃぐ裸のエヴェを描いた。
秋は領のリンゴ祭りで地元の衣装を着たエヴェを描いた。
冬は…僕は熱を出して寝込んだ。心配して僕のベッドに潜り込んだエヴェを抱きしめて眠った。エヴェの下ろした黒髪がひんやりして気持ちがいい。
***
久しぶりにやってきた僕の主治医のケヴィン先生が、僕の描き溜めた絵を眺めて、
「テオフィル君、君、今度の王国美術展に出してみないか?」
そう言ってきたのは、僕が14歳の時だった。
僕が了承したのは、結構軽い気持ちだった。
小さいころから、僕に絵の才能があると両親を説得して、画材も提供してくれていたケヴィン先生の言うことなら、ぐらいの。
僕は以前、夏に描いた川遊びをするエヴェをキャンバスに描き直そうと決めた。
「エヴェ?川遊びにいかない?」
【水遊びをするエヴェ】
デッサンをし直したかった。
今はエヴェは15歳。体つきは少女と女性のちょうど過渡期くらいになっていた。素振りは毎朝続けているようだし、父と畑仕事に出ているので思ったより筋肉も落ちていない。
何の疑問もなく、するりと服を脱ぐエヴェは僕を見て笑う。時々、ふざけて水をかけてくる。エヴェは相変わらず楽しそうに水遊びをする。
…綺麗だ…
僕は夢中になってデッサンした。
重なる、色の濃くなった木々の葉と、木漏れ日。
煌めく水面を揺らす黒髪の少女の白い背中。
無駄のない筋肉。膨らみだした両房。
楽しそうに両手を振り上げて水しぶきを飛ばす。
…そんな夏の日…。
毎日少しずつ手を入れて、その絵が描きあがったのは、うちの領に雪がちらつくころになっていた。
ケヴィン先生が、イーゼルに架けたその絵を長いこと眺めてから、丁寧に何重にも布で包んで、馬車に積み込んで帰った。
ほっとしたのか…また熱を出した僕は、エヴェの腕の中で、春の夢を見た。




