第2話 僕の婚約者殿。
土曜日の夕方。
テオフィルは自室で窓の外を眺める。
2階にある僕の部屋からは、夕闇に包み込まれる寸前のリンゴ畑が広がっている。
空がオレンジから紫のグラデーションに変わるころに、馬が一頭駆け込んでくるのが見える。
暗くてここからは良く見えないが…緑色の瞳は前だけ見て、馬の尾っぽのように、エヴェリーナの一本に縛った黒髪が風になびいているんだろう。いつかその絵も描いてみたいな。そう思うだけで、テオは嬉しさがこみあげてくる。
玄関先で馬を預けて、出迎えた執事と母に挨拶して…あと4分でエヴェが階段を二段飛びしてこの部屋のドアをノックする。
「テオフィル!元気だったか?」
…時間通りだ。
「うん。エヴェ。」
エヴェに抱きしめられて、キスを貰う。
僕らがちびっ子だったころから、僕たちはキスの練習を始めた。
エヴェが僕の主治医に、ドキドキさせたりしないように!とくぎを刺されてから、結婚式の誓いのキスのために会う度に練習している。
「いきなりだと、テオの心臓がバクバクするといけないからな?」
…おもしろいことに、僕の婚約者は真剣にそう思っているらしい。
嫌じゃないので好きなようにさせている。その度に、僕はこの子に大事にされていると実感する。ほんわりと胸が暖かくなる。生きているというのはなかなかに楽しいかもしれないと、週末のたびに思う。今までは両親が僕の身体を心配するあまり、禁止事項の方が多かったから。
一番最初のキスは、散歩に出かけたリンゴの並木道の先にある、太い老木の下だった。りんごの花が満開で、僕に日傘をさしてくれているエヴェのよく日に焼けた顔がほんのり赤くなったのを覚えている。
エヴェは週末のたびに馬で駆けてくる。
もう何年になるだろう?
会ったのは僕が6歳で、エヴェが7歳だったから、もう5年になるか。
「毎週じゃなくてもいいよ?」
と僕が言ったら真顔でエヴェが、
「いや。来たくて来ているから」
そう言った。
背の高かったエヴェに僕の身長もおいついた。
僕の隣の部屋に、ひとつ泊って、日曜日の夕方に帰っていく。
雪が降っても、いかついコートを真っ白にして駆けてくる。
エヴェリーナ。僕の素敵な婚約者殿。




