第10話 りんごの樹の下で。(最終話)
父母は、僕に子爵家を継がせるとすぐに、りんご畑に作った離れに越していった。
元々、父のアトリエ用に作ったのに手を加えて、通いの使用人を置いて、二人で暮らしていた。領地運営は元々、おじいさまと母が手掛け、父はほとんどの時間、絵を描いて暮らしていた。
今はすぐ下の弟が、その離れを美術館にして父の絵を見に来る人に開放している。
まあ…そのほとんどが母を描いたものだ。
弟は父に似たのか絵を描くのが好きだ。大きなものは描かないが、図鑑の挿絵などを頼まれて描いている。
その美術館のロビーにはりんご畑の散歩道に面して大きな窓が取られていて、その窓の脇に春と秋に特別に展示される絵がある。
春の絵は、王室から貸し出されてくる父の絵【散歩道のエヴェ】
美術展でグランプリを取ってから乞われて、王室所有になったらしい。
その絵はりんごの花が咲き出したころから展示される。
りんごの花を摘花した後の、木の根元に広がる落とされた花が花畑のような景色とその絵を見に、結構な数の人が訪れる。
日傘をさした若かりし頃の母が、散歩道を歩いている。その先に広がる景色。
秋の絵は、春の絵と対になるような絵だ。
やはり母が日傘をさしているが、振り返ってこちらを見て笑っている。もう片方の手は自分の膨らみだしたお腹を大事そうに抱えている。
散歩道の奥に広がるりんご畑は、たわわに実った赤いりんご。
やはりその先に広がる大きな窓から、まるでその絵の続きのような実ったりんごが見える。
母は丈夫だったが、父は…線が細くて、体が余り丈夫ではなかった。それでも50過ぎまで生きた。
父の葬儀が終わった後、母は散歩に行くと出たまま戻らなかった。兄弟そろって探したら、散歩道の奥にある、大きな老木の前で倒れていた母を見つけた。
「僕はエヴェがいないと生きていけないんだ」
と、平気で僕ら子供たちにのろけていた父だったが…母もまた、そうだったんだろう。
その後3日ほど寝込んで、母はあっけなく逝ってしまった。
遺品を整理していたら、父が描いた母の絵が沢山出てきた。
どの絵も、愛おしさでできている。
絵心がない僕でも、それはわかった。
僕は美術館のロビーに置かれたソファーに腰かけて、弟が展示したばかりの秋の絵を眺める。母はここでも幸せそうに笑っている。




