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桜のようなその笑顔

作者: 在星 透ヶ琉
掲載日:2026/01/29

 桜の咲く季節。満開の花びらが出迎えてくれた新学期。

 春の温かい陽射しと、心地良い風が吹きすさむ。

 車椅子に座ったまま教室に向かう。窓の外を見ると、やはり桜の木が笑っている。

 先生は、当たり前のように私の名前を飛ばした。

 誰も気に留めなかった。それが一番、奇妙だった。でも、それが普通だった。親友は、この教室に来ていないみたいだ。

 教室の後ろの席。去年まで私のものだった机に、今日は何も置かれていない。空席というより、最初から用意されていないみたいだった。私がそこに視線を向けても、クラスメイトたちは黒板の方を見たまま、誰一人として振り返らない。

 車椅子のブレーキをかけ、窓際まで移動する。ガラスに映る自分は、どこか輪郭が曖昧だった。

 校舎裏の木が見えた。

 桜の並木から外れた一本だけ、花をつけていない木。枝の先に、かろうじて残った一枚の葉が揺れている。

 あれは、前からあっただろうか。

 昼休み、誰かが私に声をかけることはなかった。

 プリントも配られない。

 出欠表にも、私の名前はない。それでも私は、ここにいる。

 保健室の前を通りかかったとき、扉の向こうから消毒液の匂いが流れてきた。胸の奥が、きゅっと縮む。白いカーテン。天井。機械音。――記憶の断片が、順番を無視して浮かび上がる。

 

 私は、そこで目を覚ました。

 点滴から命が流れてくる。同時に、私から命が流れ出ていく。

 春の温かい陽射しと、心地良い風を思い出す。

 無気力に、窓の方へ視線を向ける。力上手く入らない。余命宣告を受け、もう二ヶ月が経過していた。私の願いは、叶うことのない悲願。

 最期に、親友の顔を見たかった。親友は神社の子供だった。毎日のように、私の無事を祈ってくれたそうだ。

 もし私の願いが叶えば、ふたりで、馬鹿みたいに笑ってたかな。

 桜の並木から外れた一本だけ、花をつけていない木。病院と学校の間にある一本。枝の先に、かろうじて残った一枚の葉が揺れている。学校の裏で、何かに縋っている。

 親友が、病室に入ってきた音がした。手に温かい感触が戻る。しかしそれでも、私の手の冷たさが分かっただけだ。

 ――最期に笑って欲しい。

 私の声が聞こえたのか、彼女は満面の笑みを見せてくれた。桜のようなその笑顔は、私には眩しすぎるくらいだった。

 窓の外に映る葉っぱは、風に乗り、やがて空へ向かっていった。もう思い残すことはないかのように。

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