桜のようなその笑顔
桜の咲く季節。満開の花びらが出迎えてくれた新学期。
春の温かい陽射しと、心地良い風が吹きすさむ。
車椅子に座ったまま教室に向かう。窓の外を見ると、やはり桜の木が笑っている。
先生は、当たり前のように私の名前を飛ばした。
誰も気に留めなかった。それが一番、奇妙だった。でも、それが普通だった。親友は、この教室に来ていないみたいだ。
教室の後ろの席。去年まで私のものだった机に、今日は何も置かれていない。空席というより、最初から用意されていないみたいだった。私がそこに視線を向けても、クラスメイトたちは黒板の方を見たまま、誰一人として振り返らない。
車椅子のブレーキをかけ、窓際まで移動する。ガラスに映る自分は、どこか輪郭が曖昧だった。
校舎裏の木が見えた。
桜の並木から外れた一本だけ、花をつけていない木。枝の先に、かろうじて残った一枚の葉が揺れている。
あれは、前からあっただろうか。
昼休み、誰かが私に声をかけることはなかった。
プリントも配られない。
出欠表にも、私の名前はない。それでも私は、ここにいる。
保健室の前を通りかかったとき、扉の向こうから消毒液の匂いが流れてきた。胸の奥が、きゅっと縮む。白いカーテン。天井。機械音。――記憶の断片が、順番を無視して浮かび上がる。
私は、そこで目を覚ました。
点滴から命が流れてくる。同時に、私から命が流れ出ていく。
春の温かい陽射しと、心地良い風を思い出す。
無気力に、窓の方へ視線を向ける。力上手く入らない。余命宣告を受け、もう二ヶ月が経過していた。私の願いは、叶うことのない悲願。
最期に、親友の顔を見たかった。親友は神社の子供だった。毎日のように、私の無事を祈ってくれたそうだ。
もし私の願いが叶えば、ふたりで、馬鹿みたいに笑ってたかな。
桜の並木から外れた一本だけ、花をつけていない木。病院と学校の間にある一本。枝の先に、かろうじて残った一枚の葉が揺れている。学校の裏で、何かに縋っている。
親友が、病室に入ってきた音がした。手に温かい感触が戻る。しかしそれでも、私の手の冷たさが分かっただけだ。
――最期に笑って欲しい。
私の声が聞こえたのか、彼女は満面の笑みを見せてくれた。桜のようなその笑顔は、私には眩しすぎるくらいだった。
窓の外に映る葉っぱは、風に乗り、やがて空へ向かっていった。もう思い残すことはないかのように。




