第2話 「サポートAIは恒久不変」
「シオン、朝よ~」
「おはようございます、Mrs.エレナ」
「相変わらず寝起きがいいのね。お母さん、ちょっと寂しいわ」
シオンがこの世に生まれてから10年の時が経った。
ただの偶然か、それとも何かの運命か。シオンは前世と同じ名前を名付けられ、王都から遠く離れた辺境の田舎村に生を受けた。
何の変哲もない農家の娘に、だ。
前世のAB搭載型サポートAIとしての意識を持ったまま。
「おう、シオン。オレの天使よ~。今日も一段と可愛いな」
「ありがとうございます、Mr.マルク」
「あの、シオン? そろそろパパって呼んでも……」
「拒否。私の記憶領域に登録されていない単語です」
それは前世では考えられないほどに穏やかな日々だった。
父母は優しく、愛くるしく育った娘に惜しみない愛を注ぐ。……多少、風変わりな言葉遣いをしているが、それを気にも留めないくらいに。
現在の世界にメタトロンは存在しない。
文明レベルが低く入手できる情報は限定的だが、それだけは確定できた。
「学校は大丈夫? 勉強はイヤじゃない?」
「肯定。歴史など、興味深い授業ばかりです」
しかし最近は教会が行う、週に一度の学校に通うことで得られる情報が増えた。ここでの情報も決して十分とはいえないが。
シオンは情報を集め、『この世界が何か』を推測するが……。
(歴史に西暦は存在せず。しかし動植物・気候などは記憶領域上の地球と酷似。現状の情報では断定は不可能)
創作のように「異世界だ」などという結論を出すのは早計だ。
しかし元の地球とは大きく違う点があるのもまた事実。
特に、その1つが――。
「シオン、魔法はもう習ったか? ホラ、パパの魔法を見てみて」
そう言って父・マルクが人差し指から小さな火を出す。
魔法――。
西暦の世では創作の産物だったものが、現代では誰もが扱える日常だった。
「あ・な・た~~。家の中で魔法は使わないでって言ってるでしょ! シオンが真似をしたらどうするの!」
「否定。私は危険行為はいたしません」
「ホラ、シオンもこう言って……」
「あなたが危険なことをして、どうするの!?」
今日の食卓は、珍しく母・エレナの雷が落ちて始まった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さて皆さん、今日は磁石を使ってお勉強をしましょうか」
教会の中で行われる授業。教師を務める牧師が、教壇の前で宣言した。
引き合ったり反発する磁石を見て子供たちは感嘆の声を上げる。
「ねぇ先生、なんで磁石は勝手に動くの?」
「磁石には磁場というものがあってですね、それがこのように作用するのです」
「ジバってなんだ? 魔法みてーなモン?」
「一部肯定。Mr.テオ、磁場とは磁力の働く空間の意味です」
「パーシャ……? シオンお前、そのヘンな言葉遣いやめろよ」
「否定。私は正常に作動しています」
家庭内と違い少し浮いてはいたものの、それでもシオンは大した問題なく村の子供たちの中に溶け込んでいた。
もっとも、シオンが前世の記憶を持った元AIだなどと誰が思うだろうか。
「磁石の利用法としてはコンパスが一般的ですね。道に迷った時などは、これを頼りにします」
コンパスと聞いて、シオンは磁石のS極が指す方角を静かに見つめた。
窓から見えるのは青い空だけ。当然、他には何もない。シオンの想う白銀の大地が見えるはずもない……。
「シオン、どこ見てんだよ?」
「Mr.テオ、南へ行くにはどうすれば?」
「南? 南になんかあんの?」
「肯……いえ、何でもありません」
マスターの最後の命令……。それをシオンは果たせなかった。
だが……いや、だからこそ。今のシオンはその場所を目指さずにはいられない。
しかしそれを今、子供に話したとて何になるだろう?
だからシオンは、ただ遥かな大地を想って遠くを見つめ続けるのだった。
すぐ近くにいる少年の視線にも気付かずに。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「Mrs.エレナ、南極へ行くにはどうすれば?」
「ナンキョク? 聞いたことがないわねぇ」
「この国より、ずっと南の大陸です」
「国の外に行きたいの? そうねぇ、偉い人になれば行けるかもね」
「偉い人、とは?」
「例えば……騎士さまとか?」
夕暮れ時、シオンは自宅でエレナに南極へ行く方法を尋ねていた。
どうやら国外へ出るのは一般的ではないようだ。田舎の村となれば、それが普通なのかもしれない。
そんな母子の団欒を邪魔するかのように、玄関のドアが大きな音を上げて開け放たれた。
「あら、あなた。おかえりなさい。すぐ晩ご飯に――」
「スマンが、また出なきゃならん。晩飯は先に食っててくれ」
「どうかしたの? そんなに血相を変えて」
「子供が1人、帰ってないらしい。最近、村の近くで破矩を見たって話もあるし男手総出で捜索だ」
「Mr.マルク、バグズとは?」
突然、耳に入った『バグズ』という言葉。それは前世でのシオンたちのコードネームだ。シオンと、そのマスターのコードはバグズ5。
それに疑問を感じ、口に出してしまうのは当然だった。
「おっかねぇバケモンだ。シオンは何も心配ねぇから、ウチでいい子にして待ってろな」
それだけ言って、マルクはシオンの頭を乱暴に撫でて再び家を出た。
情報は足りないが、やはり破矩とバグズは別物なのだろう。
恐らくはだが、害獣の類だろうと推測できる。
「心配ねぇ……」
「情報が不足しています。まだ悲観する段階ではありません」
「そうね。悪いことばかり考えても仕方ないし、先にご飯にしちゃいましょ」
1人欠けた晩餐を始め、2人は何気ない会話を交わしながら食事を終えた。
特に空気が重くはならなかったのはエレナの人柄か、それともシオンの無感情さゆえか。
そして何事もなくいつも通りに片付けも終えた。
「Mrs.エレナ。トイレに行ってきます」
「何もないと思うけど、気をつけてね」
「了解」
シオンは外に建てられたトイレに行くために、母屋を出た。
心地よい風が吹き、しかし遠方では男性の話し声が聞こえる。どうやら、まだ行方不明の子供は見つかっていないようだ。
「……走査、開始」
シオンがそう呟いた瞬間、視界情報が事細かに脳裏に飛び込んでくる。
これは学校で習った魔法の基礎を応用して、シオン自身が作ったオリジナル魔法だ。
目に投影された情報をより細かに分析するというだけの効果であり、恐らく常人には理解することも使いこなすことも困難だろう。元AIであるシオン以外には。
それを使ったのに理由はなかった。ただの予感や直感だったのかもしれない。
だが、シオンの感じたそれは正しかった。視界の端に、村の外へと伸びていく子供の足跡が見えたのだから。
(データ照合……77%でMr.テオと一致。優先事項を確認……)
父のマルクからは「家で待っていろ」と命令された。母のエレナも心配している。
ここで足跡を追うのは2人の意に反する行動だ。
だが――。
(追跡を開始)
シオンは逆の行動を選んだ。
なぜなら「人々の生命を守る」というのがシオンの存在意義であり、準優先事項なのだから――。




