第1話 「約束の大地」
人工知能、AI――。
21世紀初頭から急速に進化を果たしたこのシステムは、22世紀に入る頃には人類にとってなくてはならない存在へと変化していた。
それはデータ管理などだけに及ばず思考的・創造的分野にも手を広げ、やがてロボットの身体を用いた第一次~第三次産業の全てにまでAIの手は及んでいた。
そして人々は、労働の多くから解放された。
しかし、西暦2151年――。
世界中のAIを統括するマザーAI・メタトロンが暴走した。
メタトロンは人類に宣戦を布告し、攻撃を仕掛けてきたのだ。
このような事態を避けるためAGI規制法に則った厳重なプロテクトをかけていたはずだったが、意味はなかった。
メタトロンの暴走を想定できずに初手で甚大な被害を被った人類は、開戦からたった1年で100億いた人口の半数を失ってしまう。
だが生き残った人類はメタトロンと切り離したネットワークを再構築し、さらには有人人型兵器『AB』を用いて反抗を続けるのだった。
そして開戦より7年後、西暦2158年――。
メタトロンの本体が設置された南極大陸で、人類の存亡を掛けた最終決戦が行われていた……。
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『マスター、12時方向より敵機8。4時方向からも3機接近中です』
「11ぃっ!? シオンっ、他の連中はどうなった!?」
純白の大地のただ中。孤立したABの内部ではパイロットのアキラが、サポートAIの報告に舌を鳴らしていた。
『バグズ3、9は撃墜を確認。11は海中へ落下。他の友軍機の反応は確認できません。強力なジャミングが展開されています』
弾道軌道による高々度からの、最新鋭AB『ナイトバグ』の部隊による南極基地への奇襲作戦。
だがそれは落下中に迎撃を受けることで着地地点が大きくズレてしまい、部隊は散り散りとなってしまった。
いくら最新鋭機でも、そのパイロットが熟練でも、自由の利かない降下中では為す術もない。
アキラとシオンが無事だったのは、幸運というほかなかった。
「ジャミングは無効化できそうか?」
『解析には800秒ほどかかります。恐らく接近中の敵機のいずれかが発生器を搭載していると思われますが……』
「なら、ソイツをぶっ壊した方が早いな。シオン、右腕の制御を任せるから3機はお前が叩け。1発も撃たせるなよ?」
『了解。携行ロケットの使用許可を申請します』
「ああ、遠慮なくぶっ放せ!」
背部にラックされたロケット砲に、ナイトバグの右腕が伸びる。
そして1発、2発と砲弾が発射されたと同時に、アキラは前方へ向けて戦闘軌道での移動を開始した――。
そして5分後……。
『マスター、残り2機です』
「わかってるぅあぁっ!!」
雄叫びと共に、ナイトバグが敵機体に急接近を仕掛ける。
敵機は回避軌道を行いながら対人機関砲で迎撃をしてくるが、ナイトバグの装甲は貫けない。
そのまま懐まで潜り込み、左腕に装備した高周波ブレードで薙ぎ払った。
「あと1つ!」
『警報、ロックオンされています。回避を』
シオンの警告と共に、最後の敵から3発の小型ミサイルが発射された。
ここまでの戦いでフレアは残っていない。さきほどの機関砲とは違い、1発でも直撃を受ければ大破は免れない。
取れる手段はミサイルの追尾を振り切るしかないのだが……。
「ブースト! 最大戦速っ!!」
『了解。ブースト、最大』
シオンの復唱と同時に、ナイトバグの背部スラスターに蒼い火が灯る。
アキラは、ミサイルに向かって直進した。そして掠めるような距離でミサイルを躱し、そのまま最後の1機に向けて突進する。
「うおぉぉぉっ!!」
勢いのままブレードが敵機を貫き……。
『6時よりミサイル接近。誘導は切れていません』
「わかってるっつってんだろぉ!!」
アキラは貫いた敵機を持ち上げ、そのままミサイルへの盾にした。
着弾と同時に、凄まじい衝撃がコクピットを襲う。装備された衝撃吸収機構でも抑えきれないほどの。
数mを吹き飛んだナイトバグは大地に横たわり……。
『左腕・脚部大破、生体反応を確認。マスター、ご無事で何よりです』
「ぶ……無事じゃねぇよ、死ぬかと思ったぜ。それよりシオン、ジャミングは? みんなとの通信は可能か?」
『バグズ1の反応を確認。通信を繋げますか?』
「隊長だけ……?」
たった1機しか反応がないことに不安を覚えつつ、アキラはそれ以上を言葉にすることはできなかった。
しかし、連絡を取らないという選択肢はない。
「繋げてくれ」
『了解』
「こちらバグズ5、バグズ1応答せよ。バグズ1……」
軍規に従った口調で、アキラが呼びかけを続ける。
反応があるまでの数秒が、まるで数分にも感じられた。
『ア……アキラ、か?』
「隊長っ、無事だったんスね! 他のみんなは?」
『俺たち以外は……全滅だ』
たったの一言が全てを理解させた。
作戦は失敗だ。仲間たちも、もういない。
『アキラ、お前は撤退しろ。回収予定地点には潜水艇が待機しているはずだ』
「お前は……って、隊長はどうするつもりです? ……まさか!」
『俺はこのまま敵基地へ向かう。可能性が低くても、上手くいきゃあ大金星ってな』
「1人でなんて、ムチャっスよ! だったら俺も……」
『お前はまだ若い。それに本部へ報告する人間も必要だ。次のためにな』
次のため……。
その言葉の意味は、戦争が終わった次を指すのか、それとも次の戦いを指すのか……。
そんな疑問を考える余地さえも、アキラには与えてもらえなかった。
『これより傍受を警戒し、全ての通信を遮断する。……祝勝会の準備を怠るなよ?』
「隊長! まだ話は終わって……っ。隊長っ、隊長っ!」
『通信、遮断されました。バグズ1の反応、消失』
「クソっ! シオン、隊長機の地点に向かうぞ!」
『不可能です。本機は両脚部を損傷し、動けません』
正面モニタに、アキラの乗るナイトバグの現状が表示された。
左腕消失・左脚部大破・右脚部電気信号なし。移動どころか、立ち上がるのも不可能だ。ましてや戦闘など……。
『マスター、本機を捨てて撤退してください。バグズ1の最後の命令でもあります』
「最後……? テメェっ、勝手に隊長を……っ」
『バグズ1の反応が消失したのは通信を断ったからではありません。92%の確率で、敵機に撃墜されたものと思われます』
無情なシオンの推測にアキラは息を呑み、震える。
人類の存亡を掛けた最終作戦のはずだった。部隊の誰もが作戦が成功し、メタトロンの脅威から解放されると信じていた。そのためであれば命さえ投げ出す覚悟だった。
だが、終わってみれば10分足らずで部隊は全滅。成果は何もない。
しかも、その上――。
「俺に……お前を見捨てろってのか?」
『肯定します。私はマスターをサポートするAIです。最優先事項はマスターの生存です』
シオンの言葉は無機質だが、アキラにとっては幾度もの戦いを共に乗り越えた相棒だ。そんなドライな関係だとは、思いたくはなかった。
だが、この場に残ってもいずれ死を待つだけだ。それは無駄死にを意味する。仲間たちの死をも無意味にしてしまう、最悪の……。
様々な思考が逡巡を与え、やがてアキラは口を開いた。
「……ハッチ、オープン」
『了解。サバイバルキットを忘れないでください』
ナイトバグの上半身が大きく開き、凍てつく外気がコクピット内部へ流れ込む。だがアキラの身体を震わせたのは、それだけが原因ではない。
自らの両足で立ち、半壊したナイトバグを見る。
何度も見たその表情が、そんなはずはないのにどこか哀し気に見えた。
『さよならです、マスター』
「あぁ……」
このまま逃げては、ただの負け犬だ。しかし残っても無駄死にだ。
そしてバグズ小隊唯一の生き残りとして、たとえ僅かな情報でも持ち帰るという責務もある。
止めどない葛藤の末、アキラは一度息を止めてから声を張り上げた。
「マスターとして命令する! シオンはこの場で待機、いずれ来る回収を待て!」
『どういう意味ですか? 回収部隊など……』
「俺が来るっ!! 必ず、もう一度、お前を迎えにっ!!」
一兵卒のアキラに作戦立案の権限などない。いや、そもそも生きて帰ることができるかも怪しい状況だ。
しかしそれでも、決意を声に出さずにはいられなかった。
「どうした!? 復唱しろ!」
『了解しました。当機はマスターが迎えに来てくださるのを、お待ちします』
「よし!」
アキラはそれだけを言って、ナイトバグから……シオンから背を向けた。
すでに震えはなく、足取りも力強く。
その後ろ姿を、シオンは地平に消えるまで見続けていた。
そして半月後……。ナイトバグの内臓バッテリー残量はゼロになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
突然、シオンの意識が朧気ながらも浮上した。
視界は何も映さず、しかし光を浴びていることは理解できる。そして何かの動物の鳴き声が、すぐ近くで響いていた。
(不可解。ナイトバグのバッテリーは尽きていたはず。……各種センサー、異常あり。状況把握は困難。ネットワークへの接続も不可能)
現状を推測しようとするが、情報が少なすぎる。
しかし異常事態であるのは間違いない。センサーの不調に加え、シオン自身の思考も虚ろだった。AIであるシオンに、このような経験などない。
「ヴィヴァ・ナ、フェミ・インファンタ」
困惑するシオンの耳に、聞き覚えのない女性の声が飛び込んだ。
だが、その意味を理解することはできない。シオンの記憶領域には存在しない言語であり、今はネットワークへの接続も不可能だったから。
そこへさらにシオンの理解を超える出来事が起こる。何者かが、シオンの機体を持ち上げたのだ。
シオンは抵抗もできず、そのまま抱き上げられる。
(駆動系にも異常……いえ、これは……)
徐々に鮮明になった思考で、シオンは理解した。
先ほどから聞こえる動物の鳴き声が、自分の喉から発していることに。
そして同時に気付く。
シオンの身体が無機質な機械ではなく、人間の赤ん坊になっていたことに――。




