陰キャと馬鹿にした男にやり返された気分はどう?
最初はキャスバルにしようと思った令嬢の名字。
ある男がいた。
彼は魔力が弱く家族に馬鹿にされていた。だが、ある日それを補うための魔道具という道具を知ってから彼の人生は変わった。
足りない魔力なら補える。魔道具を使えば魔法だけではできないことが出来るようになる。
雷に打たれたような衝撃。それから彼は努力した。ありとあらゆる魔道具を研究して、そこから新しい魔道具を……生活が便利になる魔道具を作ろうと研究して、幼い時は魔力が低いと馬鹿にしていた家族ですら今は彼の作った魔道具がないと日々の生活が出来ないほどになった。
そんな偉業をなしたが、彼は幼い時のトラウマもあって、人間関係を築くのに臆病だった。優しくされる事に慣れていないから少しでも優しくされるとすぐに騙され……それでも魔道具の権利関係に関しては手放さないので酷い暮らしとかにはなっていないが、それでも騙されたことで心が傷付き、また人間関係を築くことに臆病になってという負のスパイラル。
そんな中。
「ねえ。お願いがあるんだけど」
いきなり初めて見る女性が頼みごとをしてきた。
「おっ、オーリアス・キャバレス伯爵令嬢っ」
緊張して、喉がつっかえそうになりながら必死に呼び掛けると、キャバレス伯爵令嬢がこちらを振り向く。
「あの……」
「もっ、申し訳ありません。ぼ、僕は、エイブラル・コーサトスと申しますっ。ほっ、本来ならか……格上の方に声を掛けるのは無礼と承知していますが……、話があって声を掛けさせてもらいましたっ」
ここまで長文を言うだけでも緊張して手が震えてくる。
だけど、言わないと。
この話は絶対伝えないといけないのだ。
「こ、これを見てくださいっ!!」
身体を90度に傾けて差し出すのは巻物型の魔道具。
「巻物……まさか、コーサトス子爵の最新の魔道具を見れるなんて……」
魔道具作りを認められて、学生でありながら一代限りの爵位をもらっていたのだが、名前ばかり一人歩きをして自分がその子爵だと言っても誰も信じないだろう。
今は縁を切った家族と同格になっているなんて。
キャバレス伯爵令嬢は巻物を開く。するとパラパラと中に描かれていた絵が動き出す。
「っ⁉ これはっ⁉」
「まだ、試作段階ですが……。水晶版で映像を流す技術では水晶が高くて買えないという意見をもらったので……」
「………………」
こちらの声が聞こえていないのかじっとキャバレス伯爵令嬢は黙ったまま巻物を見ている。
「後、こちらも……」
円形の板を取り出して渡す。
「これに針を当てると……」
今度は音……声が聞こえるようになる。
「素晴らしい発明ですわね……」
「あっ、ありがとうございますっ!!」
「これ、いただいても?」
「はっ、はいっ!!」
尋ねられるとすぐに了承する。
「でも、なんでこれをわたくしに?」
「そっ、それは……」
顔をかなり近付けられて問い掛けられたのでかなり緊張する。
「………許せなかったので」
そう。一番の理由はそれだったのだろう。
『ねえ、お願いがあるんだけど』
そうやって近付いてきた彼女のことが。
「そう……」
キャバレス伯爵令嬢は言葉少ないこちらの気持ちを汲んでくれた。
「オーリアス。お前との婚約を破棄するっ!!」
学園の行事の一環。普段授業で習っていたお茶会でのしきたりなどを実際に自分の家族目上の方を招待して振舞うそれは、身分が低い者でもお茶会の際に誰かの目に留まれば将来が確約されると評判の行事で、お茶会にそぐわない大声が響いた。
「――いきなり、何のことでしょう」
お茶会で招待客を接待していたオーリアス・キャバレスは招待客に頭を下げてから婚約者と……婚約者と共に現れた令嬢と向かい合う。
「とぼけるなっ!! お前が浮気しているのをスーシャから聞いたぞ!!」
キャバレス伯爵令嬢の婚約者の後ろでどこか緊張したような顔立ちで立っている令嬢は震えながら、
「そっ、そうです……。アルフォードさまがお可哀想で……」
そっとキャバレス伯爵令嬢の婚約者……アルフォードという名前なんだと今知ったが彼の腕を掴んで怯えた声で告げてくる様に同情心を誘われる者も居るだろうが、今はお茶会の練習……と言いつつも将来に響く行事を妨害されて、他のテーブルで招待客と話をしていた生徒たちが、困ったように……いや、内心怒りを覚えているがそれを表に出さない様に顔を上げる。
中には招待客に一声かけて、騒ぎを何とか対処しようとこちらに向かってくる。
「どこに証拠が?」
騒ぎになりつつも冷静にキャバレス伯爵令嬢は言葉を返す。
「はっ。強がっても無駄だぞっ!! これを見ろっ!!」
アルファードが、取り出した水晶玉はこの場にいる全員に見えるように映像を空に浮かび上がらせる。
『ねえ、お願いがあるんだけど』
空一面に浮かぶのは、スーシャと呼ばれた令嬢。
『なっ、何、ですか……』
震えているようなドモリ声の自分の声が恥ずかしいと顔を赤らめてしまう。正直逃げたい。だけど、招待客の一人が逃げたらキャバレス伯爵令嬢に失礼なので必死に耐える。
そんな自分の態度を他の招待客がどこか面白がっている空気があるので余計恥ずかしい。
『あんたって、魔道具作りの天才だって言われてるんでしょ~。この前、魔道具を使った映像を上映会したって聞いたわよっ!!』
ずかずかと近付く音。
『えっ……。なんで……、たっ、確かにしましたけど……』
『ならさ、この女を使って作ってもらいたい映像があるのよっ』
映像に映されるのは最近発明したカメラ写真で写されたキャバレス伯爵令嬢。
『この女のせいで、アルファードが私と結婚出来ないって言うのよ。ならさ、この女が他の男と浮気している映像を作ったらあっち有責で婚約破棄できるでしょう』
そんな風に告げて来て、
『ああ。断るなんて出来ると思わないでね。そうしたら、【オタク】の【陰キャ】に痴漢された女子生徒がいるって噂を流すから』
何日までに作れと脅して去って行く後ろ姿。
「何よこれっ!! こんな捏造っ!!」
スーシャの叫ぶ声を聞いて、慌てて止めようとするが、水晶は止まらない。いや、あえて無理やり止めようとする場合に起動する魔術も組み込んだことで、偽造した映像が3倍速で流れていき、
『いい出来じゃない。これなら、あんな堅物女の将来ぶっ壊せるわね』
と高笑いしているスーシャの映像も映される。
「スーシャ。どういうことだっ!!」
詰め寄るアルファードに、理解が追い付かないスーシャ。
そんな光景を3倍速とはいえ、偽造映像を流してしまったことに申し訳なく思いつつ、キャバレス伯爵令嬢を見るが、彼女は動じない。
格が違うなとスーシャを罵るアルフォードとなんでこんな映像があるのよと喚くスーシャと比べてしまう。
「………………」
あのスーシャという女子生徒は【現代の日本】からの転生者だろうな。しかもかなり質の悪い。
(映像の偽造など【この世界】の技術にはないのにそれを作れと言ってくる時点で考え無しだったのだろう)
ましてや、それを自分に作れと言うことは、前世でも同じことをしてきた可能性はある。
ある男――エイブラル・コーサトスは転生者だった。彼は魔法のある世界に転生したことを喜び、魔法を試そうとしたが、魔力が少なく、魔力量の多い貴族として落ちこぼれと言うことで家族に馬鹿にされた。
だが、ある日。
『魔力が無くても人は死なないわ。それに魔力が少ない人のためにこのような道具があるのよ』
ぼろぼろになっていた自分に差し伸ばしてくれた一人の少女が居た。
その少女が慰めるために見せてくれた一つの魔道具。
『こっ、これっ!! 懐中電灯じゃないかっ!!』
電池の代わりに魔力を込めた魔道具。非常時にも使える便利道具があると知って、彼は周りを見渡して、至る所に【前世の世界】にあった道具が魔道具に改良されて使われているのを知った。
この世界には自分と同じような転生者が居たのだと慰められて、励まされる。
ああ、そうだ。
魔力がなかったのは前世と同じ。でも、人間は自分たちの生活がしやすいように道具を作った。ならば、自分もそれを作ればいい。
そう決意した途端。次々と魔道具を発明していった。
魔道具があっても歴代の転生者は職業で偏っていたのか魔道具に偏りがあった。
何故、耕うん機があって車はないのか。
何故、懐中電灯があるのに電灯はないのか。
電動車いすって、福祉関係者が転生者にいたんだろうな。とか。
そんな変な偏っている部分をエイブラルは穴埋めしていった。でも、さすがに車とか飛行機はまだこの世界に出すのは危険だと判断したのであえて発明しない選択をした。
おそらく、先人の転生者も同じ考えだったのだろう。
エイブラルは映画や動画が好きだったので手軽に楽しめるレンタルビデオ程度の映像を作る魔道具を開発したのだが、その時にスーシャからのお願い……という名の脅し。
映像を手軽に楽しめるのはいい。そのうちドラマとかも作られるかもしれないが、その前にこのような偽造証拠も作られる可能性に気付いたので映像編集する際にそれが本物と間違えられないようにと魔道具に細工をした。
エイブラルは対人関係で人に騙されることも多かった。だからこそ、スーシャに警戒して、常に自衛の意味を込めて映像を撮影し続けてきた。
彼女のような人間は彼にとって危険視しないといけないと経験上知っていたから。
「――見事だな」
招待客の一人が感心したように告げる。
「オーリアスが婚約解消すると聞いた時は驚かされたけど、次の婚約者の要望を出してきたのには驚いたわ」
この技術を持つ人を手元に置きたいというのは当然ね。
「そ、そんな……じ、自分を買いかぶり過ぎです。キャバレス伯爵」
招待客はキャバレス伯爵令嬢の両親。
「どうやら、浮気をしていたのはあちらだからこっち有利に話を進められるようだしね」
収拾をつけるためか衛兵に連れて行かれるアルフォードとスーシャ。そして、優雅に微笑むだけのキャバレス伯爵令嬢。
その立ち姿につい見とれる。
「あの方は変わっていませんね……」
『魔力が弱くても人は死なないわ。それに魔力が少ない人にこのような道具があるのよ』
魔力が少ないと冷遇されていた時にたまたま出会い、見せてくれた魔道具。彼女がいたからこそ今の自分がいる。
彼女に恩を返したかった。だからこそ、彼女に罠を掛けようとするスーシャが許せなかった。
(陰キャと馬鹿にした男にやり返された気分はどう?)
餞別として心で告げる。
実際に言ったらどもるからあくまでこっそり心の中でだが。




