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4 エリナの事情


「美しい! なんて尊いんだ、君たちは! もう…お姉さん、感動だよ」


 絵梨奈がそう言いながら、眼鏡を外して涙を拭く。


「よし、いいじゃないか。こうなったらやってみよう。私も手伝う、もし失敗したら、みんな一緒にドカーンだ。もう、それでいいよね?」

「え……だけど、貴女は――」


 キャルの戸惑いに、絵梨奈は言った。


「エリナって呼んでくれ、キャルちゃん。私だって、実のところこの異世界に迷い込んできて、途方に暮れてたんだ」


 絵梨奈――エリナはそう言うと、正座をして真面目な顔をした。


「この世界に転生して、私は思ったよ。『キタッ! 私にも異世界転生のチャンス! ここで人生をやり直して、仮に悪役令嬢だったら、そのオプションフル活用で幸せなセカンドライフを送る』と!」

「あの……ちょっと、よく判らないんですけど…。結局、あの井戸に落とされたんですよね?」


 僕がそう訊くと、エリナは苦い顔で言った。


「そうなんだよ。ところが私は霊力が僅かにあるだけで、片眼鏡から言わせると『凡庸そのもの』という判定だった。で、片眼鏡が言ったんだ。『能力者としての使い道はないが、スタイルはいい。愛玩用奴隷としてなら需要があるだろう』って」

 

 話を聞いて、キャルが顔をしかめた。無理もない。


「どうしたんですか?」

「思わず平手打ちにしたのよ! そしたら片眼鏡の奴、『この女を処分しとけ!』って怒鳴りだして。ねえ、ひどいと思わない?」


 まあ、確かに。ただし、エリナさんも、なかなかですけど。


「……それからだよ。透明になる能力でなんとか助かって、ワニに怯えながら二週間、あの地下水道で生き延びた。それから機会を伺って井戸から脱出して、街に来たの。けど――知り合いも、信用できる人も、お金も知識もない私では、この世界でどう生きていったらいいか判らない。そうして……地下水道を出て二週間経った」


エリナは息をついた。


「脱出した時、あの場所が王宮みたいな大きな建物の地下水道だってのは調べて判った。あの水道は川から水を引いていて、また川に戻るように水路が作られてる。私は透明になれたから井戸から出たけど、私の後から出る人は、地下水道の出口から出てくるかもしれない。その人が出てきたら、この異世界で独りじゃなくなる。私はそう思って、そのマントを目印になるように置いておいたの」


「このマント……どうしたんですか?」


 僕がそう訊くと、エリナはバツの悪そうな顔をした。


「まあ、透明の力を使って盗んだものだけど……。けど、しょうがないじゃない。生きてくのに必死なんだから!」

「まあ、僕もそれに異論はありません。むしろ、幸運だったと思います」


 僕がそう言うと、エリナは僕の手をバッと握った。


「判ってくれる? そうなのよ、もう本当に生きていくのに必死で……。申し訳ないと思いつつも、毎朝、市場でパンを盗み、裕福そうな家から服とか毛布を盗んだりして、なんとか二週間、独りで生きてきたの。けどね、そんなの限界だって自分でも判ってた。いずれ見つかって、多分、袋叩きにあう。そうなる前に、なんとかこの世界で生きていけるようになりたい。けど、一人じゃムリ。そう悩んでいた時に、君が現れたんだよ」


 僕はそっと手を放しながら、エリナに言った。


「それで僕を見つけて、透明になって見てたんですね?」

「だって、仕方ないじゃない! 同じ異世界転生したとはいえ、知り合った途端に呼び捨てで彼氏ヅラするような奴とか、身勝手で全く信頼できないような奴だったら困るでしょ? だから君がどういう人間か、一生懸命、見極めてたの」


「それで……どうだったんですか?」

「もう、感動だよ! 自分だって、明日をも知れぬ身なのに、奴隷少女を助けようとする優しさ! この少年は信用できる――そう思ったんだよ」


 エリナは眼をウルウルさせながら、そう言った。


「だから私も、君たちに助けてほしいと思ってる。というか、君たちが頼れなければ、私はこの世界で生きていけないんだ。だから、君たちとは運命共同体! 一蓮托生だ、ここで一緒に死ぬんなら、それが運命だったと思うまでだよ」


 エリナが真剣な眼差しを、僕らに向ける。僕はキャルを見た。

 キャルが頷く。

 僕はそれだけで、キャルの気持ちが判った。


「判りました。貴女を信用しますよ、エリナさん」

「ありがとう、クオンくん、キャルちゃん。だから私は、キャルちゃんの首輪を外すのを手伝う。構わないだろ?」

「はい。――よろしくお願いします」


 僕がそう言うと、エリナは嬉しそうに微笑んだ。

僕は、息を吸い込んで、キャルとエリナに言った。


「それじゃあ、行くよ」

「うん。お願い、クオン。エリナさんも」


 エリナが頷く。

 僕は、キャルの首輪を改めて見た。


 首輪は真後ろに線が入っていて、左右に蝶番がある。つまり、後ろで別れて左右に開く、という構造のようだ。


「これ、後ろで別れて開くって事は、この狭い部分には爆弾を入れるのは難しいということでは?」

「いいところに気が付いた、クオンくん! じゃあ、私が前の部分を持ってるから、爆弾が入ってないと思しき後ろの部分を君が引っ張ってくれ」

「判りました」


 僕は頷いた。

 エリナがキャルの前に周り、首輪を持つ。僕は後ろに周り、後ろの部分を持った。

 深呼吸した。

 

もしミスったら、僕たち全員が死ぬかもしれない。いや、それならばまだいい。

 爆発の威力によって、キャルだけが死ぬようなことがあったら……

 それだけは、絶対に嫌だ。


 僕は呼吸して、持ったものを柔らかくする念を送った。


 持ってる首輪の部分が柔らかくなる。

 僕はそっと引っ張る。もっと柔らかく。内部を傷つけないように。そっと。


 溶けかけの飴のように、首輪を引き延ばす。丸い首輪が楕円になる。

 僕はそれをさらに大きく、円に広げた。


「今だ、キャルちゃん」


 エリナが声を発し、キャルは頭をそっと下に下げた。

 するり、とキャルの頭が抜けた。


「やった!」


 エリナが声を上げる。僕はそっと声をあげた。


「もう大丈夫です、エリナさん、手を放して」


 エリナが手を放し、僕はそれを持ったまま立ち上がり、少し離れた場所へ歩いた。

 地面に置きながら、柔らかくする力を解除する。

 地面に、元の大きさの首輪が静かに置けた。


「やった! やりましたよ!」


 キャルが口を両手で覆う。その眼には、涙が溢れていた。

 僕は座っているキャルの元に戻った。


「キャル、やったよ! 君はもう、自由だ!」

「クオン……」


 キャルは涙ぐむと、僕に抱きついた。


「ありがとう……クオン…本当に、ありがとう……」


 僕に抱きついてるキャルの身体が震えていた。

 恐かったんだ。きっと。ずっと。

 僕はキャルを抱きしめた。


 と、その僕らをさらに外側から包むように、エリナが僕らを抱きしめる。


「よかった! よかったよ、二人とも!」


 エリナも泣いていた。

 僕らは三人、ギュウギュウに身体を寄せ合って、しばらく泣いていた。


 しかし、しばらくして、エリナが眼鏡の奥の涙を拭きながら、身体を放した。


「よし! じゃあ私たちはとりあえず自由だ。新たな生活拠点を目指そう」

「何処か、アテがあるんですか?」

「ある。……が、男たちの死体を此処に残しておくと、男たちの組織にすぐ判ってしまうだろう。死体を隠したほうがいいんじゃないか?」


 僕はエリナの言葉を聞いて、ふと思いついた。


「そうだ、ワニに始末してもらうのはどうでしょう?」

「おお! それはいいアイデアだ、クオンくん! 死体が無くなれば、捜すのも遅れるだろう。ついでに足環と首輪も、ワニにプレゼントすればいいんじゃないか? 仮に探知されても、ワニに喰われたんだと思われる」

「それはいいですね、そうしましょう」


 僕は足環と首輪を、男たちの手首に一つずつはめた。

 そして男を持ち上げようとしたが、重たくて持ちあがらない。


「わたし、手伝うよ」

 

 キャルが男の足を持とうとする。しかし男の身体は相当に重い。


「いや、クオンくん、男の身体を軽くできないか?」

 

 エリナに言われて、僕はやっとその可能性に気付いた。


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