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3 新たな出会い


「クオン!」


 倒れた僕に、キャルが駆け寄ってきた。僕は身体を起こそうとするが、膝ががくがく震えて立ち上がれない。


「大丈夫、クオン?」

「大丈夫。ただ…ちょっと立てないだけ」


 僕は頑張って笑顔を見せた。

 キャルが僕の手をとる。


「クオン…怪我してる。わたしのために――」

「もう心配いらないよ。あいつらは…倒したから」


 僕はそう言って笑ってみせた。

 そんな言い方しかできなかった。けど…間違いなく、僕はあの二人を殺したんだ。


 そう思った瞬間、意識せずに僕の眼から涙が溢れ出てきた。


「え? え……?」


 自分でも、何故、泣いてるのか判らない。

 するとキャルが、僕の傷ついた手を握って涙をにじませた。


「ごめんなさい、クオン。わたしのために、優しいクオンがやりたくない事…させちゃったんだよね?」


 確かに――

 人の命を奪ったことは、取り返しのつかない事だ。けど……


 僕はずっと取り返しのつかない事になるのを恐れて、悲鳴をあげる事も反撃をする事もしなかった。そうしていれば、なんでもない日常が再びやってくると信じて。

 けど違ったんだ。

 生きるってことは、取り返しのつかない事を、幾つも重ねるってことだ。

 今、僕はそれに気づいた。


「ううん。いいんだ、キャル」


 僕はキャルに言った。


「命がかけがえのない大事なものだって、今でも思ってる。…けど、それ以上に、キャルが大事なんだ。だからあいつらを殺した事に、後悔も罪悪感もない。僕はあいつらより、キャルと一緒に生きていく未来の方が大切なんだ」

「クオン……」


 キャルは僕の手を両手で包むと、自分の頬にあてた。キャルは泣いていた。

 愛おしい……。そんな気持ち、初めて知った。


 この世界で、僕とキャルと二人きりだ。

 僕はキャルを抱きしめたくなった。


「――美しい!」


 突然、すぐ傍で声がした。

 驚愕して、僕らは声を方を見る。

 すぐ傍らで、一人の女性がしゃがんで泣いている。…いつの間に?

 

「私はもう……君らに感動したよ!」


 女性はそう言うと、かけていた眼鏡をとって涙を拭いた。


「だ……誰だ?」

「申し訳ないけど、一部始終を見させてもらったよ。女の子をかばって、死力を尽くす少年の姿! 私はもう……いや、本当に感動した」


 若いけれど、キャルよりは年上の女性だ。20歳前後だろうか。

 一体、誰なんだ? 男たちの仲間か?


「あ、すまない。警戒するのも無理ないよね。私は絵梨奈。廣井絵梨奈と言えば、そこの君にはピンとくるんじゃないのかな?」

「廣井ってことは……日本人」

「そう。そして、透明になって、君らの動向を見ていたのだよ!」

「まさか……」


 僕にも判った。彼女が誰なのか。


「あの地下水道のメモ主!」

「そうだ! 正解!」

 

 眼鏡の女性は、そう言うと微笑んだ。

 女の人だったのか。ぶわっと、僕の中で色んな感情が巻き起こった。


「あ、あの――貴女のメモのおかげで、生き延びることができたんです。ありがとうございました!」

「いやいや、役に立ってよかった。ホント、お互い、死ななくて良かったよ」

「けど……どうして僕が、あの地下水道から出てきた人間だって判ったんですか?」

 

 僕は疑問をぶつけてみた。すると絵梨奈は、僕の来ているマントを指さした。


「そのマント、いい場所に落ちてたろう?」

「あ! 地下水道から出た人が拾うように、あそこに置いてたんですか?」

「そう。いっつも見張ってる訳にもいかないから、目印にね」


 絵梨奈がそう笑うと、キャルが声をあげた。


「あの……クオンの知り合いなの?」

「いや、そうじゃない。初対面なんだけど、この人には凄く世話になったんだ」


 僕はかいつまんで、地下水道から脱出した際の話をした。


「そんな事が……」

「けど君たち、此処で落ち着いてる場合じゃないぞ。なにせ、二人の死体があるんだ」

「あ」


 僕らは改めて、自分たちの状況を再認識した。


「そうだ、なんとかしてキャルの足環とリス…なんとかを取らないと。あの二人が、鍵を持ってるかもしれない」


 僕は立ち上がると、スキンヘッドの遺体を探った。着ている鎧を脱がせて、腰につけていた袋を取る。僕は、死体に怯えているキャルに言った。


「キャルはいいよ。無精ひげの方も、僕が見る」

「ううん。わたしの事だから」

 

 キャルは気丈な顔を作って、そう言った。


「私も手伝おう」

 

 そう言うと、絵梨奈がキャルと一緒に男の懐を探る。

 金らしき紙幣と小銭を、二人とも持っていた。後はボールや、紐など。

 肝心の鍵がなかった。


 正直、大きな落胆だった。重い空気のなかで、キャルが口を開いた。


「結局、わたしがいたら、クオンにも迷惑がかかる。……わたしの事は、もう置いていって」

「何を言うんだ! 君を絶対に――守ってみせる。どこまでも逃げよう」

「クオン……」

「キャル……」


 僕らが見つめあった時、絵梨奈が口を開いた。


「もしかしたらの可能性だけど――クオンくんの力で、外れないかな?」

「え? 僕の力? けど僕の力は、自分の身体を堅くしたり柔らかくしたりする能力ですよ」

「それなんだけどさー」


 絵梨奈はそう言って、人差し指を立てた。


「私の能力は、透明になる能力なのね。最初は自分だけが透明になってた。けど、それを使ってるうちに、自分が持った物まで透明にできるようになったの。つまりね、能力は成長するんだよ。もし、私のケースがクオンくんに当てはまれば――」

「持った物を、堅くしたり――柔らかくしたりできるかもしれない?」


 絵梨奈が頷く。キャルが、僕を見た。


「や…やってみるよ」


 僕はキャルに言った。まず、キャルの脚を出してもらう。

 色白のすらりとした脚に、不釣り合いな醜さで喰い込まんばかりに足環が嵌められている。


 僕はその足環に触れた。

 柔らかくなれ。柔らかくなれ――

 キャルを助けるためだ。柔らかくなってくれ!


 不意に、足環がつまめた。


「「「あ!」」」


 全員が声をあげた。

 僕はそのまま足環をもっと大きくつまんで、引き伸ばす。

 足環を大きくすると、キャルにその足を抜いてもらった。


「やった!」


 僕が声を上げると、キャルが抱きついてきた。


「ありがとう! ありがとう、クオン!」

「ま、まだ首輪がある。それを取ろうよ」

「あ、うん」


 僕に抱きついていた事を自覚したのか、赤くなってキャルが僕から離れた。

 そこで、絵梨奈が口を開いた。


「喜びのところ悪いけど、その首輪。あの男は、爆弾が入ってるって言ってたろう?」

「あ、うん」

「君のその力で取ろうとしたら、爆発する可能性もある。慎重に考えた方がいい」


 絵梨奈の言葉に、僕とキャルは顔を見合わせた。僕は、キャルに言った。


「僕は――キャルが望むなら、それを外してみる」

「けど…失敗したら……クオンも一緒に死んじゃう」

「キャルと一緒なら――構わない」


 僕はそう言って、キャルを見つめた。


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