第二話 初めての戦い 1 僕の決意
キャルが僕の手に触れている。
女の子から触れられるなんて…初めてだ。
けど、いやらしい気持ちなんかじゃなく、この子を助けたい。そう思った。
僕はキャルが重ねた手の上から、もう一方の手を重ねた。
すると、キャルが僕を見つめた。
「わたし……奴隷にされてから、何の希望も持たなかった…。けど、クオンに会ったら――何か希望が出てきたの。クオンのおかげ。わたし、クオンと一緒なら、頑張って生きていけそうな気がする」
キャルが真剣な眼差しで、僕にそう言った。
そんなの……僕の方こそそうだ。
「僕の方こそ――異世界に来て殺されかけて…脱出したはいいけど、途方に暮れてて……。もうあの時、ワニに喰われた方がラクだったんじゃないかって思ってたくらいなんだ…。けど、キャルがいるなら、この世界で生きていける気がする。僕の方こそ、君に感謝してるんだよ」
僕はそれだけ言うと、その気持ちを伝えたくて、キャルの手をぎゅっと握った。
キャルがそれに気づいて僕を見る。
そして――キャルも僕の手を、強く握り返した。
「――おいおい、ガキ同士でなにイチャイチャしてんだよ!」
突然、その雰囲気をぶち壊すような、荒っぽい野太い声が響いた。
驚いて声の方を見ると――あのキャルを連れていた二人組だ。
「な……なんで…」
僕らは慌てて立ち上がった。男たちは舌なめずりして、こちらに近づいてくる。
「お前の足についてる奴隷環、それはつけられた本人の魔力を微量消費して、信号を出すようになってるんだ。つまりな、奴隷は何処に逃げたって――すぐに居場所が判るんだよ!」
そいつの嘲るような言葉に、僕らは一瞬で絶望に落とされた。
「そ……そんな…」
「判ったろ、ムダだって事が? じゃあ、こっちに来い、奴隷」
「い、いや……」
キャルは泣きそうな声で、そう言った。僕はキャルを庇うように前に出て、男たちに言った。
「キャルは絶対に渡さない!」
僕は持っていた剣を、両手で持って構えた。男の一人が声をあげる。
「そりゃ、俺の剣じゃねえか! てめえ、返しやがれ!」
「ヒャハハハ! こいつ構えたはいいけど、素人じゃねえか。さっきはおかしな術使いやがったけど、今度は容赦しないぜ」
男の一人、無精ひげの男がそう言って剣を抜いた。もう一人、スキンヘッドの男も、腰から剣を抜く。二人はじり、と近づいてきた。
無精ひげが斬りつけてくる。僕は剣でそれを受けた。
ガン、という衝撃とともに重い圧力がのしかかる。
「おらよっ!」
無精ひげが、僕の腹に蹴りを入れた。僕は思い切りくらい、吹っ飛ばされる。
思い切り、まともに喰らってしまい、僕は呻いた。
「なんだ、こいつ? さっきは全然、きかなかったのに」
「気のせいだったんだろ。さっさと片づけて、奴隷を戻すぞ」
スキンヘッドがキャルに近づく。それを見て僕は、興奮した。
「キャルに近寄るな!」
石化――いや、もっと堅く。硬化!
僕は自分の身体を硬化させながら、スキンヘッドに斬りつける。しかしその剣を跳ね返され、すぐに返す刀で肩を打たれる。
しかし、僕の肩は剣を受け止めた。僕はそのままスキンヘッドを殴る。
「おっと」
スキンヘッドは剣で、僕の拳を防御する。
「そう何度も、同じ手をくらうかよ。こいつはどうだ!」
スキンヘッドはもう一度剣を振りかぶると、同じ場所に剣を叩きつけた。
大丈夫、硬化は止めてない。
と、思った瞬間、僕の全身に衝撃が走った。
身体中に浸透するダメージで、立ってられない。
「な……なんで…?」
「やっぱりな。こいつ、気力で防御してたわけじゃないぜ。ただ、堅くなるだけの奴だ。妙な力だが、タネが判っちまえばどうという事もない」
スキンヘッドはそう言うと、よろける僕の背に、さらにもう一撃くらわせた。
「ぐあぁっ!」
全身を貫く重い衝撃に、僕は地面に突っ伏した。
「クオン!」
「フン、お前はこっちだ!」
無精ひげが、僕の傍に駆け付けようとしたキャルの髪を掴む。
「や…やめろ……」
「這いつくばってるガキが、いっちょまえの口きくんじゃねえぞ!」
スキンヘッドが僕の背中を蹴る。
「いってぇ! やっぱり、こいつ、身体が堅いぜ」
「フン、じゃあ死ぬまで気力で攻めてやれ。いずれ体力もなくなるだろ」
「そういう事なら――」
スキンヘッドが僕の背中に剣を叩きつける。凄まじい衝撃が僕を襲う。
そのままスキンヘッドは、何度も僕の身体に剣を叩きつけた。
「お前にも仕置きが必要だな」
無精ひげがキャルの頬を張った。キャルの顔が、勢いで横を向く。
キャル……そう声を出したかったけど、それもできない程にダメージが激しい。
「おい! 商品なんだから、あんまり顔を傷つけんなよ」
「チッ、俺は女の顔を殴るのが好きなんだけどな。しょうがねえ――じゃあこっちで我慢しとくか」
無精ひげはそういうなり、キャルの腹にパンチをぶち込んだ。
キャルの身体が『く』の字になって、呻き声とともに倒れる。
「キャル!」
さすがの行いに、僕の喉から声が出た。
倒れたキャルは、腹部のダメージがひどかったのか、お腹を押さえてげぇげぇと吐いている。僕は、苦しい中、声をあげた。
「……そんな事をするなんて――お前たちには、人の心がないのか…?」
這いつくばったまま、呻くようにそう言った。
スキンヘッドが、僕の髪を掴んで上を向かせる。
「ヒトのココロだ? そういう事を言い出す奴は、大概、弱い奴だ。弱い奴は、強い者に踏みつけにされ、泣きながらそんな事を言う。けどな、そんな理屈は戦い、奪い合ってる現実の前には意味がねえんだよ。弱い奴は死に、強い奴は生き延びる。それだけだよ。――で、お前は死ぬ側さ」
そう言うと、スキンヘッドはまた僕の背中に剣を叩きつけた。
身体中に痛みが走る。痺れる。動けなくなる。
剣は何度も、何度も叩きつけられた。
――丸くなれ。いつものように、石みたいに丸くなれ。
僕は身体を丸める。そうやって、痛みを堪える。
こうしてれば、いつか嵐は止む――
違うぞ。僕は何を考えてるんだ?
僕が生き延びたって、キャルが連れていかれたら意味がない。
いや……今までだって、そうだったんだ。
黙ってやり過ごせば、無事に終わる……そんな風に思って、抵抗もしないで来たけど――それが間違いだった! 狩谷はつけあがるだけで、こいつらはキャルを連れていく。それが残酷な事実だ。僕が臆病で、こいつらに牙を剥けないだけだ。
このままじゃ、ダメなんだ!
ふと、キャルを掴んでる無精ひげが口を開く。
「堅くなるだけが取り柄のお前じゃあ、女一人助けられねえよ。弱いってのは、つまり能なしだ。能なしは、生きていく力がないから死ぬんだ」
堅くなるだけ――確かにそうかもしれない。僕の力なんて…それだけだったんだ。
悔し涙が出そうになったその時、ふと僕は別の考えが浮かんだ。
いや、違うぞ。僕の能力は『硬化』だけじゃない。『軟化』もある。
そうだ、ゴムのようになって鉄格子を抜けた。ゴムだ。それも堅めのゴム。それをぐっとたわませて、力をためろ。膝をぐっと曲げて、思い切り力をためるんだ。そして、ひしゃげたゴムが戻る反動で――
「相手を打つ!」
僕は次の剣が振って来る瞬間に、思い切り地面を蹴ってスキンヘッドの胸を両手で突き飛ばした。
「な――」
驚きの声をあげる間もなく、スキンヘッドの身体が凄まじい速度で、かなり遠い処まで吹っ飛ばされた。スキンヘッドの身体が、視界の隅で転がる。
「てめぇ……何しやがった…?」
無精ひげが、驚きを抑えながら僕を睨んだ。
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