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4 異世界の街を彷徨う


 地下水道は鉄格子を越えても、まだ先へ続いていた。しばらく歩く。

 と、先に明るさが見えてきた。


 あの光るコケの明るさに慣れていたから、猛烈に眩しい。僕は眼を細めながら、先へ進んだ。


 出口に、また鉄格子が嵌めてある。けど僕はまた身体を柔らかくして、格子をすり抜けた。


 外へ出た。河原だ。堤防に横穴があって、地下水道の水が川に流れ込むようにできている。脇は草むらだ。僕は草をかき分けて、河原を歩いた。


「世界だ……」


 広い世界だ! 川が流れていて、遠くには建物が見える。石造りの建物が多く、日本風じゃない。明らかに異世界だ。


 僕は河原をしばらく歩いた。と、少し先に何か落ちてるのが見える。近寄ってみると、布――マントだ。ブラウンで、そんなに悪くなってない。臭くもない。


「いいものを拾った」


 僕は独り呟いて、マントを肩から羽織った。これでシャツにズボンの格好でも目立たないだろう。僕は土手を上がって、しばらく歩き、街へと入っていった。


 人が沢山歩いている。誰も僕を気にする様子はない。と、僕は向うから歩いてくる人を見て、声をあげそうになった。


 頭が鹿だ。立派な角が頭にそびえている。隣に並んで歩く普通の男と、なんか仲よさそうに喋っている。


「ハリーの奴が、ミスりやがって逃がしたんだよ」

「はは、あいつに頼ったのが間違いだろ」


 異世界だ。間違いない。鹿男を誰も気に留めてない。あれが普通なんだ。

 けど、言葉は判る。日本語だ。――そうなのか? 転生で、日本語じゃないけど判る的なアレなのか? 


 詳細は判らないけど、異世界で、言葉が通じるのは判った。けど――


 脱出したはいいけど、僕はこの先どうしたらいいんだ?

 この世界のお金もない。知り合いもいない。仕事も判らない。


 …そうだ。狩谷は――いや、狩谷を含めた転生者は、三力の検査をしていた。きっと『能ある』転生者は、それを頼りに仕事に就くのだろう。


 だが僕は、能なし転生者だ。この異世界で生きていくための、何の力もない。


 僕はあてどもなく、街を彷徨った。

 人々はちゃんとその場で暮らしてるように見える。その中で、僕だけがその風景に入れない。

 そんな気がした。


 一日歩いていて、疲れた。行くアテもなくなった僕は、また河原に戻って来た。あの地下水道の入口は少しくぼんでいて、あそこなら雨だけはしのげる。

 僕は地下水道の入り口で、横になると疲れて眠りこけた。


 寒い。夜になると凍えそうだった。あの地下水道の中は、あったかかったんだ。

 僕は凍えながら寝た。


 朝、冷えすぎて、寒さで起きた。寒い。このままじゃ、死んでしまう。

 ふと僕は気づいた。


 そうだ、僕は鉄格子の中は自由に行き来できる。何も寒い中で寝なくてもよかったんだ。とりあえず、せっかく脱出したが、また鉄格子の中に戻った。

 しばらく歩くと、やはり中は少し暖かい。

 

 ああ……あったかいものが呑みたい。そうだ。飲み物はないけど、食料は井戸にいけばあるんだ。食料を投棄する時間だけ井戸に戻って食料を確保。それから寒くない場所で寝る。そうすればいい。


 そう考えて、僕はそれを実行に移した。

 それから三日間、僕はなんとかそのプランで生き延びた。

 けど、街の浮浪者であることは変わらない。僕は昼間は、あてもなく街をフラついた。と――


 向かい側から人が走って来る。女の子だ。

 目の前で、転んだ。


「だ、大丈夫?」


 僕は思わず、近寄って声をかける。その少女が、僕を見上げた。


 青い眼だ。それに真っ白な髪。…よく見ると、頭にネコの耳がついている。

 可愛い。顔は少し汚れていたけど、凄く可愛い顔立ちだ。

 

「た――」


 白猫少女は、何か言いかけてやめた。その眼には、怯えが浮かんでいる。


「どうしたの?」


 そう訊いた時、少女が走って来た方から、二人の男が走って来た。

 凄いガタイに、武装した感じの格好。顔つきは――相当にまずい、凶悪顔だ。無精ひげと、スキンヘッド。狩谷なんか比較にならないくらい、本物の人たちだ。


「おい、いやがったぜ」

「逃げてるんじゃねえぞ、奴隷のくせに」


 男たちがそう言いながら、近づいてくる。

 奴隷? そう言われて見てみると、少女の首に何か太いものが嵌められている。よくある鉄の首輪ではないが、アクセサリーではなさそうだ。


「おい、逃げられやしねえんだから、手間かけさせんな」


 無精ひげの男が少女に近づくと、いきなりその白い髪を掴んで引っ張りあげた。


「痛い!」


少女が悲鳴をあげる。少女を吊し上げると、男はその顔に凶悪な笑みを浮かべた。


「悪い子には、少しおしおきをしないとな」


そう言うなり、無精ひげは少女の頬をはたいた。

少女が悲鳴をあげる。

男は構わず、左右に三発、四発と平手を張った。


「や――やめろ…」


無意識に、僕の口から言葉が洩れていた。

そんな事、言うつもりはなかった。思わず出た言葉だった。


だが男たちは僕の声を聴いて、こちらを見た。

少女を吊るしてない方のスキンヘッドが、こちらに近寄って来る。


「おい、お前、何か言ったか?」


凶悪な顔で凄まれる。――恐い。どうして人を脅す奴は、こんなに恐い顔をしてるんだろう? 


「い…痛がってるじゃないですか……やめてください」

「あ?」


 スキンヘッドは僕に顔を寄せて、眼で凄んだ。僕は思わず、身体を縮める。


「お前、浮浪者だろ。偉そうな口きいてんじゃねえよ!」


 男がそう言った瞬間、僕の腹に重い衝撃が走った。


「う…ぐえ……」


 腹を殴られた。よく知ってる痛みだ。


「お前みたいなカス野郎が、人さまに意見すんじゃねえぞ!」

「おい、ゴミ掃除しとけよ。…こいつへの見せしめにもなる」


 少女を吊るしてる無精ひげの言葉を聞くと、僕を殴った奴は腰から剣を抜いた。


「やめて! その人は関係ないわ!」

「おい、よく見とけ。逆らう奴は、こうなるって事をよ」


 笑いながらそう言ったかと思うと、剣を持ったスキンヘッドはなんの躊躇もなく僕に剣で斬りつけてきた。


 嘘だろ? こんなにあっさり、人を殺そうとするのか?


「石化!」


 僕は叫びながら、腕を十字にして頭をかばった。

 ゴン、という音がして、剣が止まる。


「な、なんだ…? こいつの腕、やたら堅いぞ」

「腕じゃなきゃ、腹斬れよ」


 そう言われた男は、今度は剣を横振りにして僕の腹に斬りつける。

 やはり剣は僕の腹で止まる。

 そうだ、僕の身体は――石のように堅い!


 僕は腹の剣を抱きかかえた。


「て、てめえ放しやがれ!」

「堅くなれ――僕の拳!」


 僕は思い切り、スキンヘッドの腹に拳をぶち込んだ。


「ぐぁぁっ!」


 男が大口を開けて白目を剥く。やがて、そのまま男はぶっ倒れた。


「おい、ザギ! ……てめえ、何しやんがんだ!」


 少女を掴んでいた無精ひげが、手を放して剣を抜いた。迷わず、僕の頭に斬りかかって来る。僕はそれを腕で受けた。


 左腕で受けた剣を、右手で掴む。僕は掌も堅くなっていて、剣で手が斬れることはない。僕は右手で剣を掴んだまま、左手を開いて男の側頭部をはたいた。


 無精ひげは、物も言わずにその場で倒れた。


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