2 異世界書店の女性
僕の言葉に、キャルは躊躇をみせた。
「けど…こんな値段だと、他のものが買えなくなっちゃう」
「構わないよ。まず、僕たちの実力を上げるのが最優先なんだし、お金は必要になったら、クエストを受ければいいんだ。まず、キャルが必要なものを手に入れるべきだよ」
僕はそう言って、エリナの許諾を得ようと振り返った。が、エリナは本棚に狂喜して、やたら本を手に取っている。
「エリナさん! キャルの魔導書が見つかったんです。これ、いいですよね?」
「ん? ああ、そうだな。いいじゃないか、好きな本! ――クオンくん、私は決めたぞ! 次のクエストで十分なお金を稼げたら、必ずここに来て異世界の小説を買う!」
なんかエリナは鼻息を荒くして、そう言った。
……本て、そんなに興奮するものか? エリナはよほどの本好きなんだな。
店の奥の机に、店の人間がいる。なんか、眼鏡をかけて髪を切り揃えた女性だ。
ちょっと、雰囲気がエリナっぽい。
「あのぉ……この本が欲しいんですけど」
キャルがおずおずと話しかけた。緑の髪をボブに切り揃えている女性は、眼鏡の奥から上目遣いにキャルを見た。
「中級魔導士?」
ボブ眼鏡がそう訊く。
「いいえ。まだ下級魔導士です」
「ふうん……で、冒険者?」
「はい」
「魔刻するつもり?」
「はい、そうですけど……そんなに沢山は入らない感じです」
キャルの答えに、ボブ眼鏡はじっとキャルを見つめた。
「ちょっと早いね」
「え? そう……なんですか?」
キャルが驚いて、ボブ眼鏡に訊く。
「現場――実際の戦闘時にも使うつもり?」
「詠唱できる余裕があれば……」
ボブ眼鏡は席を立つと、なんか後ろの方をゴソゴソいじり始めた。
「じゃあね、この『即戦力魔法図解』を持っていくといい。薄いし軽いから荷物にならないし、冒険で使用頻度の高い魔法が集められてる。それとこっち、『魔導原理初級編』。これをよく読み込んで、まず、魔道理論の基本をしっかりと身に着けてれば、その後に中級魔法を使いこなすのが容易になる。2300ワルドと1800ワルドだから、二冊合わせても4100ワルド。どう?」
ボブ眼鏡の勧めに、キャルは驚いていたが、やがて口を開いた。
「それで……お願いします」
「うん。あなたが最初に買おうとしていたこの本は、上級者向けの専門書。けど、いずれ使うようになるだろうから、あなたのために取っておきます。名前は?」
ボブ眼鏡はキャルに向けて、問うた。
「キャル・ポッツです」
「キャルさんね。――あなたが、今、必要! って思った時に、来てくれれば出すから。それまでは、この『魔導汎用大全』は保管しておきます」
ボブ眼鏡はそう言うと、軽く微笑を見せた。
キャルが戸惑いながらも、礼を言う。
「あ、ありがとうございます。色々教えていただいて……」
「いいえ、これも商売なんで。あたしはこの店をやってるジョレーヌ。よろしくね」
書店員の女性は、そうジョレーヌは名乗った。と、すぐに少し奥にいるエリナに声をかける。
「ちょっと、そこのあなた!」
「え? わ、わたし?」
突然呼ばれたエリナが戸惑っていると、ジョレーヌは手をひらひらと振ってエリナを呼び寄せた。
「あなたには、これ――あげるから」
そういってジョレーヌは、薄い本を差し出した。
「え? これは?」
「有志が集まって作った本。まだ有名じゃない作家の作品ばかりだけど――興味ないかな、と思って」
「あります、ありますっ!」
エリナは勢い込んでその薄い本を手にした。
「できたら感想とか聞かせてもらえると、嬉しいんだけど」
「判りました! ありがとうございます!」
「あなた、名前は?」
「エリナ・ロイです!」
エリナがそう名乗ると、ジョレーヌは微笑んだ。
「エリナね。多分、同じくらいの年でしょ? ジョレーヌって呼んで」
「ジョレーヌ……うん。読んだら、また来るわ!」
「そうして」
ジョレーヌとエリナは、そう言うと微笑みあった。
……なんか、一瞬にして気が合ったのだろう。不思議なものだ。
ジョレーヌのおかげで、お金は思ったより残った。
僕らは月光堂書店を後にすると、道具屋に立ち寄った。
大きめの鎌を一本買う。エリナは掃除道具を買った。
そうして食料などを買い込んで買い物を済ますと、僕らは家に戻ってきた。
「さて、じゃあ木を切ることにします」
僕はエリナとキャルにそう言った。
「しかし、木を切るのにノコギリは必要なかったのかい?」
「ええ。多分、こっちの方が使いやすい」
僕は家の南側にあって、日陰を作っている10mくらいの木の前に立った。
家と逆側に周り、木に触れて軟化させた。柔らかいチーズくらいだ。
半分ほどに鎌を二回入れ、薄い切りこみを作る。
「それじゃあ、倒しますよ。こっち側に来て」
僕はそう言ってから、切りこみの背中側を切った。軽く押す。
切りこみ側に傾いた木は、音を立てて倒れていった。
「うわぁ……こんな大木でも一瞬だな」
「クオン、凄いわ」
やっぱり、予想通り鎌が使いやすかった。
「この木の枝葉を落として丸太にするから、そしたらキャルはそれを乾燥させてもらえる?」
「うん。それまでに必要な魔法を覚えとく」
「それじゃあ、私は掃除だな」
僕たちは互いに頷くと、それぞれの仕事にとりかかった。
僕は倒した木を軽化して、適当な場所に運んだ。それから枝葉を落とす。
枝がない丸木ができる。
今度はその木の表皮を、木を軟化させた上で、軽く削いでいった。
前世で考えても、電動ノコなしにはできない作業だろう。僕の属性変化って、凄い能力なんじゃないか?
「後はこれを、キャルに乾かしてもらう感じだな」
僕は家の中に戻った。エリナが台所を掃除している。
キャルはリビングで、魔導書に集中していた。
「キャル、丸太ができたよ。乾燥できそう?」
キャルが顔を上げて、微笑んだ。
「うん、できると思う」
キャルと一緒に庭に戻る。
キャルは左手に本を抱えて、右手を丸太に向けた。
「あまねく大気の源よ、熱き処に依りてその流れ、渦となるべし――」
キャルが魔法の呪文を詠唱すると、気流が起きる。
その気流は、丸太をそっくり包み込んだ。
「熱い! 熱風だ」
「これをしばらくやってる感じ。わたしの魔法持続の練習にもなる」
魔法をかけながら、キャルはそう言って笑った。
「じゃあ、僕は続けて木を切るよ」
僕がもう一本の木を切って、枝葉を落としてると、不意にキャルが言った。
「なんか、二人で作業する感じで…いいね」
「う……うん」
その可憐な笑顔に、僕はまたどきりとした。
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