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3 地下水道からの脱出


 石化の訓練をしていたら、猛烈に疲れた。僕は倒れるようにして、地下水道の小部屋で寝た。何か危険があるんじゃないか……なんて事は、もう気にする事もできなくなっていた。


 起きた。堅い床で寝たせいか、身体が痛い。…喉が渇いた。

 昨日は気づかなかったが、壁の上の方にコケが生えていて、それがぼんやりと明るい。それが光源なのだ。


僕はふと、昨日の石化の訓練を想い出した。…できるだろうか? 


「石化!」


 僕は景気づけに、声に出して言ってみた。同時に、腹に力を入れる感じを再現する。


 僕の身体が堅くなる。それが判った。

 けど、僕は普通に動けた。どうも、床の着地音から推測すると、重さも変わってないらしい。ただ、表面――あるいは、身体全体の材質が堅いものになったらしい。


 僕は歩道を歩いて、井戸の部屋まで行った。


「……ワニ――」


 井戸の部屋のすぐ傍の水路に、ワニの顔が浮かんでいる。


「なんで、そこにいるんだよお……」


 恐くて、泣きたくなった。

 喉が渇いて死にそうだ。けど、水場として記されていた井戸の部屋の鉄格子は、ワニの傍を通らなければいけない。


 どうする。どうする? 

 堅くなって、ワニの牙は防げるはず。…けど、石化が途中で解けたら?

 いや、僕の石化を砕くほどの力で噛みつかれたら?


 僕はお終いだ。どうしたらいい?

 少し待って、ワニが移動するのを待つか――


 不意に、僕の中に怒りが込み上げてきた。


 どうしてなんだ? どうして僕は、狩谷がいなくなっても、まだ何かに怯えて暮らさなきゃいけないんだ?


 理不尽じゃないか。


 ずっと、こうやって、怯えて生きるのか?

 ずっとこうやって、逃げ回って生きるのか?


 そうやってやり過ごせば、いつか平和に生きていけると、そう思ってた。

けど、その結果はどうだ? 逆恨みのバカに殺されて、異世界で能なし扱いされて処分されて、そしてワニに怯えて震えてる。


もう沢山だ。もう面倒くさい。どうせ一度は死んだんだ。僕は――

ワニから逃げない。


「おい、ワニぃっっっ!」


 僕は突如、飛び出して叫んだ。


「僕はお前なんか、恐くない。喰えるもんなら、喰ってみろ!」


 僕は水路脇の歩道を歩き始めた。

 ワニの眼が、僕を追う。その顔が近づいてくる。


 来るのか、ワニ? 僕は身構えた。石化している。大丈夫。大丈夫――


 ワニが咆哮とともに、水面から飛びあがってきた。僕に向かって、大きな口を開けて、牙を剥いてくる。


「この野郎!」


 僕は威勢のいい言葉とは裏腹に、思い切りうずくまった。

 ワニが僕の身体に噛みつく。


 ガン、という感じとともに、ワニの牙が跳ね返される。

よかった、石化は成功してる。

 けど、しつこくワニはガジガジと僕の頭を噛み始めた。


「……えぇい、鬱陶しい!」

 

僕は立ち上がって、拳を振るった。

ゴン、という感触とともに、ワニの身体が後退する。


「ゴオォォォ……」


 なんか、ヘンな息吐いてる。殴られて、怒ったらしい。

 咆哮とともに、ワニが噛みついてくる。

 僕は両腕をクロスに上げて、頭を守る。その身体に、ワニが噛みついた。

 

 が、立ってるだけで、ワニは僕を砕くことはできない。

 僕は腕を解いて、眼の前の腕ほどもあるワニの牙を殴った。


 鈍い音がする。構わずガンガン殴る。と、ワニの牙がバキリと折れた。

 ワニが後方に下がる。と、ワニは水路の中に逃げた。


「やった……」


 勝った。今まで、誰かに喧嘩で勝ったことなんてない。いや、ワニと喧嘩したりしないけど。


 けど、僕が勝ったんだ。


「僕が勝ったんだーっ!」


 ふと、気付いて、僕は上を見上げる。井戸の蓋は閉まっている。

 そうだ。あんまり大きな声を出したりしたら、僕が生きてるって片眼鏡が気づく。


 ダメだ、ダメだ。声を上げたりしちゃいけない。もっと息を潜めて暮らさないと。


 けど、やったんだ。僕はワニの眼を意識しながら、鉄格子の傍まで行った。

 格子の向うの壁に、小さく出っ張ったものがある。それは給水口だった。

 給水口からちょろちょろと流れる水をカップにつぐ。僕は勝利の一杯を呑んだ。


 それからの生活は、かなりラクになった。ワニの方が僕を認識し、襲わなくなったからだ。襲われても大丈夫なように、気は抜かなかったけど。


 メモにあるように、一日に一回、残飯が落ちてきた。パンが丸のまま落ちてきたりして、かなり贅沢な食生活をしてるのが判る。たまに肉料理みたいのを食べると、異常に美味しかった。多分、一流シェフの作ったものだ。


 ただし、メモにはお腹を壊した記録もあった。


『昨日、食べた肉がいたんでいたらしい。死ぬほどお腹が痛くて、下痢が止まらない。このまま死ぬかもしれない』


 そんな記述があった。けど、結局、死ななかったらしい。メモは続いていた。


 このメモ主さんがどうなったのか気になったが、僕は本は最初から順に読む方だ。だから飛ばし読みや、最後のページから読むなんて事をせず、丹念に全ページを読み進めていった。


『遂に、この時が来た。ロープが流れてきたのだ!』

 

 その記述に、僕は息を呑んだ。そう、此処の水路はたまに物が流れてくる。あのカップやテーブルにした木材も、そういうものだ。


『私は持った物を透明にできる。次に井戸から食事が投げ込まれる時、蓋が閉まる直前に重りをつけて投げ、天井からロープを垂らす。まず、そこからだ』


『ロープを垂らすのはうまくいった。後は、明日、蓋が開く時間を待って天井にへばりつき、透明になって抜け出すだけだ』


 メモはそう続いている。メモ主さんは? 逃げられたのだろうか?


『今日、脱出を決行する。このメモは、万が一、この地下水道で生き延びた人のために、置いていく。うまく脱出できたなら、この続きが書かれることはない』


 ――それがメモの、最後のページだった。

 そうか、メモ主さんは脱出できたんだ。この地下水道から。


 けどそれは、メモ主さんの異能が、透明化だからだ。僕はあの井戸から抜け出すことはできない。


 そうだ。僕はやはり、一番際の鉄格子から出るしかない。

 僕は思い立って、一番端の鉄格子までやってきた。


「石化――いや、もっと堅くなれ」


 僕は腹に力を込めた。僕の拳が、凄く堅くなっているのが判る。

 殴った。しかし太い鉄格子はビクともしない。けど、痛くはない。

 僕は続けて殴った。しかし鉄格子は全然、形を変える様子はない。物凄く頑丈だ。


「くそ……」


 思わず、ため息が漏れた。

 考えてみたら、あのワニが出られないように嵌めている鉄格子だ。そんなにヤワなわけがない。相当の重量の、相当な物が当たっても、変形しない設計なのだろう。


「堅くなるだけじゃ……ダメなんだ――」


 僕は絶望的な気分で、鉄格子の間に顔を挟んだ。

ほんの少しだけ狭くて、顔が通らない。猫は顔が通る場所は、何処でも通るらしいが、まず頭が通らないんじゃ、此処は通れない。


 堅くじゃなく、柔らかくなれば通れるのに。僕は通らない頭を意識しながら、忌々しくそう思った。その瞬間だった。


「――あれ?」


 何か、僕の頭が、鉄格子の向う側にある。

 ど、どうした? 何が起きた?


 身体はまだ鉄格子のあっち。けど、頭はこっち。

 すり抜けたのか? 考えられるのは、柔らかくなったこと。


 柔らかくなれ。今度はそう思いながら、残った身体を鉄格子から出す。そう、ちょうどゴム製になったかのように、僕の身体は柔らかくなっていた。

そして僕は地下水道を脱出した。


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