6 カリヤとバルギラ
「馬車にお乗りください」
ポートに促され、カリヤとネラは馬車に乗りこんだ。
薄緑の髪の美少女ネラと、向かい合わせでカリヤは席に座った。
「ねえ、カリヤ、どうしてボクを連れてきたのさ」
「お前なら、相手もそう手出しができねえだろ」
「フフ……人を信用してないんだね。ボク、カリヤのそういうとこ大好きだよ」
「フン」
ネラはそう微笑んだが、カリヤは面白くもなさそうに横を向いた。
「今や奴は太守代理だ。犯罪者で暗黒街のボスとの俺のつきあいがバレては、世間的にまずいだろう。テレポートの後、馬車移動とは念がいってるぜ」
馬車に揺られること数十分。馬車が不意に止まり、カリヤたちはとある屋敷の敷地の中にいた。
暗い中、辺りを見回すと、敷地は広大で外が見えない。
促されるままに屋敷に入ると、紫の長い巻き髪を垂らした、スタイルの素晴らしい美女が二人を迎えた。
紅いドレスは胸元が開き、豊かな胸の谷間が垣間見える。
「こちらへどうぞ、カリヤ様」
美女は艶然とした口調で、カリヤに微笑みかける。
「まさか……お前もディギナーズなのか?」
「はい、ビジョンと申します。以後、お見知りおきを」
ビジョンの案内で入った部屋には、バルギラ公爵が待っていた。
バルギラは席から立ち、笑顔を浮かべる。
「やあ、カリヤくん、わざわざご出向いてもらって悪かったね。まあ、くつろいでくれたまえ」
バルギラは後ろに結んだ水色の髪を揺らしながら、椅子を促す。
カリヤとネラは、席に座った。
と、ビジョンが赤い羅紗の上に置かれた、収納珠を持ってくる。
「まずは、頼んだことをやってくれたお礼だ。受け取ってくれ」
カリヤは収納珠を受け取ると、テーブルの上にそれを向けた。
ボタンを押すと光が出て、その光の中から収納されていた物が現れる。
テーブルの上に、山のように積まれた札束が現れる。
それは50億ワルドの札束だった。
「フン、太守の命も50億なら、本人も納得するんじゃねえか? ――確かにいただいたぜ」
カリヤはそう言うと、収納珠に現金を戻す。
微笑みながら、バルギラが言った。
「これだけの金を見て平然としているとはね。カリヤくんは、やはりその辺のギャングとは訳が違うね」
「これは準備金に過ぎないからな。重要なのは、これをどう使うかだ。…そうだろ?」
カリヤがマスクの上の眼を、覗き込むようにバルギラに向ける。
バルギラは微笑した。
「まったく、その通りだ! カリヤくんは話が早いな」
「……しかし、猫耳は捕まえ損ねた。あれはちょっとした化物だな」
「まあ、猫耳少女の件は引き続きで頼むよ。時に、カリヤくんは既にある犯罪組織を傘下に収めたらしいね?」
バルギラの言葉に、カリヤは運ばれてきたワインを見つめた。
「別になんでもないことだ。まだ始めたばかりだしな。この街のギャングは、俺が全て牛耳る」
「実に頼もしい! カリヤくんとは、これからもいい関係でうまくやっていけそうだね」
そう言って、眼が笑っていない笑顔を見せるバルギラに、カリヤは鼻で笑ってみせた。
「フン、俺が裏を牛耳って、お前が表を牛耳る――そういうつもりか?」
「共同経営者、みたいなものだね」
バルギラはそう言うと、自分はワインを口にした。
「ところで……ギュゲス・ネイの事だが――あれは君の仕業かな? いや、別に咎めてるわけではないんだ。ただの興味だ」
「ギュゲスの野郎は、クオンと一緒にいる眼鏡の女にやられたのさ」
バルギラは少し、不思議そうな顔を見せる。
「クオン? そういえば、猫耳少女もそのクオンと一緒だったね。裁判所で会ったよ。ぼくの誘いに乗らなかった」
「あいつは、そういう奴さ」
「……一体、何者なんだね?」
バルギラの問いに、カリヤは忌々しそうに答えた。
「『能なし』だ」
「は? どういう事かね?」
「転生者で能なしなんだ、気力・魔力・霊力の全ての力を持ってない」
「ならば、ただのひ弱な子供じゃないか」
バルギラの言葉に、カリヤは薄笑いを浮かべた。
「そいつが異能を持ってる。自分を重くしたり、硬くしたりできる――そういう能力らしい。それから眼鏡女も転生者で、こいつは透明になれる。そしてあの猫耳――こいつらの力を組み合わせると、意外なほどに強い。『ブランケッツ』とか名乗ってるが――侮ると、痛い目にあうぜ」
「もう既に、あったみたいな口ぶりだね?」
バルギラの言葉に、カリヤは不快な表情を見せた。
「バルギラ様」
料理を運んできたビジョンが、不意に口を開いた。
「どうしたんだい、ビジョン?」
「先日、ファフニールを襲撃して研究資料を奪ったのも、そのブランケッツです。スルーとシグマがやられました」
「おお、そうだったのか! あの二人が倒されるとはね――」
バルギラの顔から、笑いが消えた。
「どうやらブランケッツ――いや、そのクオンという少年、邪魔な存在のようだね」
「ああ。あいつは存在してるだけで目障りな奴さ」
バルギラは何か考えている――と、その口を開いた。
「ぼくは先日、娯楽に飢える民衆のために、レース・クエストを出した。ダンジョンで発見されたサンダー・チーターを生きたまま捕獲する、というものだ」
「……それが、どうかしたのか?」
バルギラは言葉を続ける。
「これには多くの冒険者パーティーが参加するだろう。そのブランケッツも参加できるように手を回しておく。これはレースなので、パーティー同士のいざこざも起こりやすい。そのどさくさに紛れて――」
「クオンを殺って、猫耳を奪え――か?」
「察しがいいね」
バルギラは微笑を浮かべた。
「フン、頼まれなくてもクオンの奴は殺ってやるさ」
カリヤはそう言うと、黒マスクを外した。
笑みを浮かべてみせると、その口から牙が覗く。
「おお! 凄いな、カリヤくんの口は! 黒マスクも悪くないが、素でも迫力が十分だ」
「フン」
カリヤは軽く笑うと、ワイングラスを手に取ってその口に流し込んだ。
○ 〇 ○ 〇 ○ 〇 ○ 〇
その後、月光堂書店に戻ってエリナと合流した僕らは、家に戻ってきた。
「――それで、そのレース・クエストを受けようというんだね?」
「はい。ただ、あんまりそれは考えなくてもいいかと。ダンジョンの低層を探索しながら、もしサンダー・チーターに会ったら捕獲を試みる――というくらいで」
「なるほど」
エリナが納得したように頷いた。
「けど、サンダーチーターに遭遇したところで、捕獲できるかどうか……。相手はBランクモンスターで、相当のスピードを持つ魔獣のようです」
「そうかあ、ちょっと今の我々では戦力不足かもなあ」
エリナの言葉に、僕は頷いた。
「僕のバネ脚ダッシュで追いつける速さなのかどうか……。仮に追いつける速さだとしても、逃げたものを追うのはかなり難しいですね。二人の念動力や、力場魔法で足止めする事を考えた方がいいかも」
「虫人間の時みたいに?」
キャルの問いに、僕は頷いた。と、エリナが口を開く。
「あいつの時は、クオンくんが力勝負で動きを止めていたから抑えられたんだ。動いてるものを、いきなり制動させるのは難しい」
「そうなんだ…せめて、挟み撃ちにできれば相手の動きを止められるんだけど……」
僕がそう呟いた時、外から声がした。
「――ごめんください」
僕たちが玄関に出向くと、そこにはカサンドラが立っていた。




