5 新たなる出発
僕は男の身体に触れて軽くなるように念じた。
軽くなった感触が判る。僕は男の一人のベルトを、片手で掴んで持ち上げた。
「凄い、クオン!」
キャルが声をあげる。
「これなら、二人いっぺんに運べるよ」
僕はそう言うと、もう一人も軽くして、両手に男たちを抱えた。
僕はそのまま地下水道の出口へ向かう。
エリナとキャルは僕の両脇について、一応、目隠しの役割をしている。けど、この河原に人気はまったくなかった。
鉄格子のところまできて、僕は男たちを下ろした。
鉄格子を右手で触り柔らかくしたら、それを引っ張って大きくする。
そして男の一人を軽くして持ち上げようとたが、上手くいかない。
「ダメです。右手で柔らかくするのと、左手で軽くするのは同時にはできないみたいです」
「じゃあ、クオンくんは鉄格子を広げてくれ。男たちは私たちで、中に運び入れる」
エリナの言葉に、キャルも頷いた。
そうして僕たちは三人で、男二人を地下水道の中に運び入れた。
「この先、ワニの直前の場所にも鉄格子があります。あそこで、なんとか男たちを向う側に押し込まないと」
「そこまで、みんなで行こう」
僕が二人をぶら下げて歩く。地下水道をしばらく歩くと、僕が脱出したワニの部屋までたどり着いた。
誰もいない。ワニも、こちらにはいない。
「よし、じゃあ、僕が広げるんで、男を水に投げ入れてください」
「判った」
僕が目一杯鉄格子を広げると、キャルとエリナは男を二人で抱え、ブランコのように揺らした。
「行くよ、キャルちゃん。1、2の3!」
二人が手を放す。男の身体が宙を舞い、鉄格子の向う側の水に、しぶきをあげて落ちた。
その時、水面に変化が起きた。
ワニの眼だ。ワニが向かってきている。
「エリナさん、ワニが来てる! はやく、もう一人も!」
「判った、いくぞキャルちゃん! 1、2の3!」
水音とともに男の身体が落ちる。僕は慌ててワニの部屋の外に出て、鉄格子から手を放した。
ガツン、と音がして、ワニの顔が鉄格子にあたる。
水しぶきが舞い、僕たちの身体を濡らした。
「きゃあ!」
キャルが悲鳴をあげた。
が、ワニは鉄格子は越えられない。
「大丈夫、あいつは此処までは来れないよ」
「二人とも――あのワニに食べられそうな、この場所から逃げてきたの?」
「そうなんだ。ひどいだろ?」
エリナが顔をしかめて言う。
「もういい、行きましょう」
「そうだな。こんな場所とは早くおさらばだ」
僕らは地下水道をしばらく歩いた。ふと、ボガン、というような鈍い音がする。
「あ――ワニが男に喰らいついて、首輪が爆発したんじゃないか?」
エリナの声に、僕とキャルは顔を見合わせた。
「爆弾……本当に入ってたんですね。信じられない」
キャルが息をついた。まったくだ、と僕も思った。
しばらく歩き、僕らは地下水道の外に再び戻って来た。
「あ~、やっぱり陽の下はいいな! 薄暗い場所はうんざりだ!」
エリナが晴れやかな顔で言った。と、唐突に笑い声を上げ始める。
「ど、どうしたんですか?」
「いや、なに。あのワニには二週間もの間、怯えて暮らしてたからな。あの爆発で死なないまでも、口の中を火傷くらいはしたろうと思うと――ちょっと愉快になっただけだ。ハッハッハ! ざまをみろ、だ!」
楽しそうに笑い声をあげるエリナを見て、僕もキャルもつられて笑顔になった。
一つの仕事を終えた、そんな満足感が僕らにあった。
「そうだ、新たな拠点にアテがあるって言ってませんでしたか?」
「ああ、そうだ。まあ、そんなに期待するほどいいところじゃないが、とりあえずそこまで移動しよう。男たちの持ち物は、とりあえずクオンくんがみんな持っててくれ」
「判りました」
それから僕らは河原を出て、街道に出た。
行きかう人とすれ違うが、特に注目されたり目立つ感じはない。
エリナはどんどん街から外れていき、やがて森の中へと入っていった。
「こんな森の中ですか?」
「ああ。もうすぐ着く」
そう言ってる間に、少し開けた場所が見えてきた。と、そこには小さな小屋が立っていた。
「クオンくん、キャルちゃん、此処だ」
エリナが振り返って、片手を広げてみせる。
はっきり言うと廃墟で、お世辞にも綺麗とは言えない。
木造の小さな家で、壁がところどころ壊れて中が覗いている。
辺りは雑草だらけで、明らかに打ち捨てられた小屋だった。
「まあ、遠慮せず入ってくれ」
そう言いながら、エリナは小屋に入っていった。
中は外側の荒れた感じとは裏腹に、ちょっと小奇麗になっていた。恐らくエリナが掃除したんだろう。
居間らしい部屋に腰を下ろすと、僕らはようやく息をついた。
「此処が、エリナさんの拠点ですか?」
「そうだ。浮浪者は街にそれなりにいるんだが、正直、私のような女が一人でいるのは明らかに危ない。ので、街から離れた処に隠れ住めないかと、捜した挙句、此処を見つけたんだ」
エリナは苦笑まじりに言った。
「まあ、壁はところどろこないが、屋根はある。とりあえず雨風はしのげたんで、外に出てからは此処で寝ていたんだ。此処を私たちの、新たな出発点にしないか? 無論、もっといい所に住むのを目指すが」
「いいんですか? 此処に住まわせてもらって」
「無論だ。運命共同体だと言ったじゃないか」
エリナがそう言うと、キャルが声をあげた。
「わたし……此処が好きです。部屋もあるし、かまども暖炉もある。みんなで暮らせば、きっと楽しいです」
キャルはそう言って微笑んだ。
「うん。しかし、此処もいつ何時、本来の所有者に見つかるとも限らない。だからあまり生活してる感は出せないが、もっとちゃんとした場所に引っ越すまでの仮住まいにしよう」
エリナの言葉に、僕もキャルも深く頷いた。
「それで……どうしたらいいんでしょう?」
「まず、男たちから貰った、お金を把握しておこう」
僕は預かった、男たちの持っていたお金を床に広げた。
数えると、3万4560だけある。
「この世界のお金の単位は?」
「ワルドです。これだけで、34560ワルド」
キャルの答えを聞いたエリナが、さらに質問する。
「なるほど。パンは一つ、幾らくらいなんだ?」
「安いもので、200ワルドくらいでしょうか」
「という事は、あまり円の感じと変わらないかもな」
エリナの言葉に、僕も頷いた。
と、僕は疑問に思ったことをエリナに訊いた。
「そう言えばエリナさん、パンは盗んだけどお金は盗まなかったんですか?」
「お金はやはり管理が厳しいし、後ろめたさもあって盗まなかった。できたら食事ももう盗みたくないが、しかし収入がないことには始まらん。キャルちゃん、私たちが身元証明とかせずに仕事に就く方法はないかな?」
エリナの質問に、キャルは考えながら答えた。
「多分…冒険者なら大丈夫じゃないかと――」
「冒険者というと、ダンジョン行ってモンスター退治するみたいなやつだな?」
「まあ、それだけじゃないと思いますけど」
エリナは苦笑しながら、そう言った。
「クエスト――依頼はモンスター退治とは限らないみたいですよ。薬草収取とか、害虫駆除とか色々あるみたいです」
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