表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/89

第一話 転生なんか望んでない!  1 能なし転生者


…いつもの事だ。


「なあ、千藤、ちょっと頼むぜ」


 そう言いながら、狩谷が馴れ馴れしく肩を組んできた。電子タバコ臭い息が、僕の顔にかかる。


「ちょっとって……何を?」

「判ってんだろ? ちょっと小遣いに困ってるんだよ。頼むよ、貸してくれよ、少しでいいからさ」


 何が貸す、だ。返したことなどないじゃないか。


「今日は……持ってない」

「んなワケねえだろ? ほら、見せろよ」


 狩谷は僕の鞄を取り上げると、勝手に中から財布を取り出した。

 

「ん? なんだこりゃ、2千円しかねえじゃねえか!」

「…だから、それだけなんだ」


 バカじゃないのか。今時、現金なんか持ち歩くか。お前用に2千円だけ入れといてやったんだ、ありがたく思えよ。

 狩谷は僕の財布から2千円を取ると、鞄を放りすてた。


「チッ、しけてやがんなあ。おい、千藤、明日は1万円持ってこいよ」

「もう、やめてくれよ。…学生じゃないんだぞ」


 僕がそう口にした途端、狩谷が眼をひん剥いた。


「あぁ? なんか言ったか、千藤!」

「嫌だと言ったんだ」


 そう口にした途端、僕はいきなり頬を殴られた。

「おいおい、狩谷ぁ、そんな暴力ふるって大丈夫なの? そいつ、何者?」


 狩谷の連れの男が可笑しそうに声をあげる。何がおかしい? 人が殴られるのが、そんなに可笑しいか?


「こいつは千藤(ちとう)久遠(くおん)って言って、小・中・高と一緒だった奴さ。一年前に今の会社に入ったら、そこにいやがんの。お前、オレのストーカーだろ? 恵んでくれよ」


 狩谷平太――僕にいつもつきまとっていた奴が、薄笑いを浮かべる。僕は言った。


「いい加減、大人になれよ狩谷くん。…もう一度殴ったら、傷害罪で君を警察に訴える」

 

 僕がそう言うと、狩谷は一瞬、顔色を変えた。

 が、すぐに憤怒丸出しの表情を露わにした。


「ンだとぉ、コラぁ! 警察だぁ? やれるもんなら、やってみろ!」


 狩谷が殴ってきた。僕は痛みに耐えきれず、地面に倒れる。その脇腹を狩谷が蹴る。


「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな! 大体、てめえみたいなカス野郎が、同じ会社にいるのがムカつくんだよ! オレとてめえが同格みてぇだろうが!」


 狩谷が僕を蹴る。

 丸くなれ。頭を抑えて、肘を脇腹につける。

 石のように堅くなれ、僕の身体。どれだけ蹴られても、痛みなど一切感じないくらいに堅くなれ。蹴った相手の足が痛くなるくらいに――堅くなれ。


 僕はそう祈りながら、狩谷の蹴りに耐える。

 慣れている。学生時代から、こいつはバカみたいに――いや、本当のバカだから僕に何度もカラんできた。その度に、僕は石のように身体を丸くして耐えたんだ。


 声を上げるな。石のように黙り込め。そうすれば、飽きてこいつは消える。堅くなって――それを待つんだ。


「おい、狩谷、もういいいだろ。行こうぜ」

「……チッ、ふざけんなよ! てめえなんか、消えちまえ!」


 それはこっちのセリフだ。


 二人の足音が去っても、僕はしばらく石のように丸くなっていた。

 …堅くなるんだ。堅く。石は泣いたりしない。

 

 しばらくして、僕は帰路についた。

 電車を降りて、夜道のなか、いつもの橋を渡る。

 不意に、目の前に人影が現れた。

 

 狩谷だ。


 通り過ぎる車のライトが、交互に狩谷の顔を照らしては消える。


 雰囲気が変だ。

 狩谷は突然、僕の方に走って来た。


「なにが警察だ!」


 そう叫ぶなり、僕の頬を殴った。


「てめえなんぞのために、ムショに行ってたまるか!」


 バカだこいつ、真に受けやがったのか。けど、狩谷は逆上して、僕をさらに殴ろうとする。


「や、やめろ! 警察になんか言わない! ただ、もう金は出したくないんだ!」

「うるせえっ! てめえなんざ、消えちまえ!」


 狩谷は突然、僕の身体を抱え上げると、橋から落とそうとした。

 暗い中で、橋の上から川の流れが見える。

 高さは10m以上ある。水流も早い。


「やめろ! 死んじゃうだろ!」

「死ね! てめえなんか死ね!」


 狩谷は僕の身体を、橋から落とした。

 が、僕は欄干にギリギリで捕まる。それに気付いた狩谷が、僕の手を引きはがそうとした。


「落ちろ! 死ね!」

「やめろっ!」


 僕は夢中で手を伸ばして、何かを掴んだ。それは狩谷の髪だった。


「離せ!」


 離すものか。離したら落ちる。こんなところで死にたくない。生きて、こいつを殺人未遂で訴えてやる。


 そう思った瞬間、狩谷の身体がグラついた。


「え」


 落ちた。僕の身体が。

 狩谷と一緒に。


   *


 目が覚めると――床の上だ。

 何処だ、ここは?


「なに? 何故、二人一緒なのだ?」


 男の声がして、僕はそっちを見た。何か、鎧を着た格好の男がいる。

 と、傍に狩谷がいるのに気が付いた。


「狩谷!」

「千藤! てめぇ――此処は何処だ!」

「僕が知るか!」


 殺されかけた事で、狩谷に対する遠慮の気持ちが消えた。怒りがわいてくる。


「てめぇ、誰にそんな口きいてるんだ?」

「お前こそ、狂ってるのか! 死にかけたんだぞ!」


 僕がそう言うと、別の声が響いてきた。


「――いや、君たちは正確には死んだのだよ」


 僕は驚いて、声の主を見た。

 黒い、長いコートのような服を着ている。そして灰色の髪をオールバックにして、片方にだけ眼鏡のガラスを嵌めた壮年の男。 


「君たちは死んで、このノワルドに転生してきたのだ。そう、転生させたのは我々だ、感謝したまえ。しかし、我々の計画では一人を転生させるはずだった。君らは何か? 心中でもしたのか? それとも同じ場所で事故死したのかね?」


 僕と狩谷は眼を合わせた。


 不意に、記憶が甦ってきた。そうだ。確かに僕は、狩谷とともに橋の上から川に落ちた。そして速い水流に巻き込まれ、息ができなくなり意識がなくなった。


 ウソだろ。これは――異世界転生というやつか?


「ふざけんな! オレが死ぬわけねえだろ! オレは家に帰る!」


 狩谷が立ち上がって、出口を探そうとした。が、その瞬間、二本の剣が狩谷の身体の前に十字を作った。


「な……」

「勝手な真似はしないでもらいたい。君らには適正検査を受けてもらう」


 片眼鏡はそう言うと、剣を突き出していた兵に目で合図した。

 兵は動くと、狩谷の両腕を掴む。


「や、やめろ! 何するんだよ!」

「静かにしたまえ。どうもうるさい男だな、こっちは」


 片眼鏡はそう言うと、台の上にある指輪を手に取った。


「これを握りたまえ」

「な、なんだよ、それ」

「いいから。別に危険なものではない」


 片眼鏡の言葉に、兵が狩谷の手を無理やり開く。その中に指輪を持たせた瞬間、その指輪の結晶が、いきなり閃光を放ち始めた。


「ほう! これは中々の潜在力だ。おめでとう、君はとりあえず魔力を相当に持ってることが判った。最低でも君は優れた魔導士になれるだろう」

「ま、魔導士?」


 狩谷は言ってる意味が判らずに、眼を白黒させている。


「次は君だ」

 

 片眼鏡は僕を見てそう言った。差し出された指輪を、僕は兵に無理強いされる前に手にする。


 しかし、何も起きない。


「う~ん、君には魔力の才能がないようだね。じゃあ次だ」


 片眼鏡は大きな水晶球を持ちだした。それを狩谷に差し出す。

 危険はないと見たのか、狩谷は今度は素直にそれを触れる。何も起きない。


「うん、霊力はなしか。次」


 僕の番。僕にも何の変化もない。


「じゃあ、最後に気力の検査だ。まず、充気相伝してもらう」


 そう言った途端、一人の兵が狩谷を背後から羽交い絞めにした。


「な、何するんだよ!」

 

 狩谷の問いには答えず、前にいた兵が狩谷の腹を殴る。


「うっ」

 

 狩谷が呻く。その後に、殴った兵士が言った。


「深呼吸してみろ」


 狩谷が言われた通り、深呼吸した。と、狩谷の周囲に、熱風のようなものが起きる。


「気力潜在量、相当クラスです」

「ふむ、魔力に加えて気力も相当か。君は勇者になれるな」


 片眼鏡はそう言うと、狩谷に微笑んで見せた。


「次はお前だ」


 兵士が僕の前に立つ。

 

 殴られる。石になるんだ。僕は思わず、身を固くした。

 腹に一発、重いのをもらう。思わず呻き声をあげた。


「深呼吸してみろ」


 言われた通りにするが、何も変化が起きない。片眼鏡は僕の方を見て言った。


「どうやら君には、何の才能もない――能無しのようだ。そうだな、もしかしたら二人一緒に転生したことで、こちらの彼に才能を持っていかれたのかもしれない」

「ど…どうしたら……」

「うむ。三力以外の異能が発動する可能性もあるにはあるが……。しかし、基本の三力が皆無ときては、役には立たないだろう。君は不要品だ。処分させてもらう」


 片眼鏡が頷くと、二人の兵士が僕の両腕を掴む。


「え」


 そのまま持ち上げられ、僕は何処かに運ばれようとしている。


「ま、待ってくれ! 僕はどうなるんだ?」

「まあ、君は元々、死んだ身なのだから――本来の場所に行くだけだよ」


 ウソだろ。僕は片眼鏡の言葉を聞いて、震えた。

 ウソだろ? 異世界に転生してきたのに、僕はまた此処でも殺されるのか?

 そんな理不尽な話あるか?


「狩谷! 狩谷! 助けてくれ!」


 僕は恥も外聞もかなぐり捨てて、狩谷に助けを求めた。

しかし、その瞬間、狩谷が僕を見て、喜色満面の笑みを浮かべた。


「情けない姿だな、千藤! やっぱりお前はカス野郎なんだよ! 何の役にも立たないお前は、ここでサヨナラだ。せいせいするぜ、千藤! ――オレの前から消えろ!」


 勝ち誇ったような狩谷の声に、僕は絶望した。

 その狩谷の隣にいる片眼鏡が、狩谷に問う。


「なんだね、君たちは友人ではなかったのかね?」

「あいつが? バカいっちゃいけねえよ、あんなカス野郎! オレの前にちょろちょろする、目障りなクズ野郎さ!」


 思わず…涙が出た。判ってはいたが、狩谷には情も心もなかったんだ。

 あんな最低な奴に助けを求めた僕がバカだった。

 けど……あいつは助かって、チートの才能でこの異世界で生きていくのか。そして僕は――?


「そいつで最後だ。残りも処分しておきなさい」


 片眼鏡がそう兵士に命じると、兵士は返事をして僕を運んだ。何処へ行くんだ? そんな疑問を抱いてるうちに、兵士二人は僕をどんどん運ぶ。やがて別の一室にたどり着いた。


 部屋の中に、数人の男女がいる。

 男の一人が声をあげた。


「おい、此処は何処だ! おれたちを此処から出せ!」

「お願い! 家に帰りたいの、此処から出して!」


 それに続いて、女性が泣きながら声をあげた。

 兵士たちは何も答えず、無造作にその女性を左右から捕まえた。


「やめて! 何するの!」


 その部屋の奥に、石造りの井戸のようなものがある。


「ま――まさか…」


 誰かが声を洩らした。が、兵士はなんの躊躇もなく、女性を井戸に放り込んだ。


「な、何てことするんだ!」

「貴様ら、それでも人間か!」


 残った男女が声をあげる。が、兵士はその男に近づくと、両方から一人を拘束した。


「は、離せ! やめろっ」


悲鳴を無視して、兵士は男を井戸に捨てる。


「うわあぁっ!」


 男が一人、兵士に殴りかかった。が、兵士はなんなく男を取り押さえ、その男を井戸に放り投げた。


兵士は黙々と業務をこなすように、そこにいた男女6人を井戸に捨てた。最後に、部屋の隅で固まっていた僕に近寄って来た。


「や……やめて…助けてください」


僕は泣きながら懇願した。が、予想通り、兵士は僕を井戸に突き落とした。その動きに、なんのためらいもなかった。

 

 落下する。また落下だ。僕はどこまで落ちていくんだ。

 やがて、ザブンという水音ともに、全身がずぶぬれになった。

 水に落ちたのは判った。が、今度は少し沈んで、足が地面についた。

 僕は思わず、思い切り蹴り上げた。


「ぶはぁっ!」


 顔が水面に浮かぶ。それでなんとか息をするが、足がつく深さじゃない。

 僕はそれで身体を横にして、泳いだ。岸までたどり着き、なんとか身体を上げる。


 ふと気づいたが、薄暗いながらも光源がある。よく見ると、場所は人工的に作られていて、どうやら地下水道とか下水道の類のようだった。

 

 そして、先に落とされた人が、やはり岸に上がっていた。


「あ…皆さん、無事だったんですね――」


 そう、声をかけた瞬間だった。

 振り向いたその女性の顔が、恐怖に歪んでいた。


 ゴリ、バキリ、と妙な音がする。

 奥の方に、巨大な黒い塊が見える。大きすぎて、何か判らない。


「た……助けて――」


 その女性が、恐怖の涙を流しながら、声を洩らした。

 その声に、巨大な塊が動く。


 口だ。口に、何か加えている。白い――人間の腕だった。

 その影が動いて、ようやく僕にも何か判った。

 巨大なワニだ。最低でも――10mくらいはある。


「ひ……」

 

僕の喉から悲鳴が洩れた。

いや、悲鳴を上げたら、それに感づいて、あのワニがこっちに来るんじゃないか?


 僕は女性の手を取ると、ワニとは逆の方へ逃げ出した。

 

 だが、凄まじい水音がする。ワニが水道に潜ったのだ。と、いきなり、僕らの目の前にワニが姿を現した。


「ヒッ、ヒッ、ヒィィィ――」

 

女性が声にならない嗚咽を洩らす。

ワニはのっそりと、余裕を持って近づいてくる。まるで、僕らに逃げ場がないのを知ってるようだ。


僕らは壁に追い詰められた。


 突然、僕の身体が突き飛ばされた。振り向くと、女性が泣きながら僕を睨んでいる。

 こんな見知らぬ人まで、一緒に逃げようとした僕をゴミのように扱うのか。


 そんな事を考えた。もう、僕の人生は、どこまで最悪だったんだろう。

 そう、思った瞬間、僕を突き飛ばして逃げようとした女性の身体に、一気にワニが喰らいついた。


 悲鳴をあげる暇すらない。肉を噛み砕く音が、薄暗い下水道に響いた。

 ワニはゆっくりと、僕の方へ向き直った。


 もうダメだ、次は僕の番だ。今までの人のように、肉を噛み砕かれて死ぬのだろう。

 痛いだろうか? せめて、痛くなく死にたい。

 

 僕はそう思うと、いつものように身体を丸くした。

 石になれ。石になるんだ。堅くなって、少しでも痛みがないように、ギュッと身体を縮めろ。


 ワニの気配が近づいてくる。と、ワニが僕に噛みついた。

 

 それは判った。だが、その牙が――喰い込んでこない。

 石に…石になるんだ。

 僕はひたすら念じた。石のように堅く――石のように堅く……


 どのくらいの時間が経ったのか。

 

 ワニが諦めた。ワニは僕を捨てて、水中へと消えていった。


「ど……どういう事なんだ?」


 意味が判らない。が、どうやら僕は、自分の身体を堅くして、助かったようだ。

 ふと、片眼鏡の言葉が甦って来た。


“三力以外の異能が発動する可能性もあるにはあるが”


 異能、と言ったか。それがこれか? 身体を堅くする能力? 

 ワニに喰われないとして――この地下水道で、僕はどうしたらいい?



 いいなと思ったら、ブックマーク、☆をいただけると、励みになります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
10話まで読ませていただきました。周辺登場人物と環境理解はしやすいと思います。ただ、主人公が中高と不登校を経て学歴上底辺に存在すること、顔を殴り身体を蹴ると証拠が残る暴力を振るう狩谷が卒業後も変わらず…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ