彼女の名前
気づけば、起き上がっていた。俺はその動作に違和感を覚えた。
「ん?どうして?」たしかに、記憶はある。草むらから現れたラズと戦って、そして呆気なく敗北をして・・・そして、槍の雨に串刺しにされて死んだはずでは。
「あー。えっと。この状況を説明すると、敵が幻影?をあなたの脳内に流し込んで、それでそのまま気絶したらしい。詳しいことは、私もわかんない」
「は、はぁ」言われても意味がわからない。そしてラズがいなくなっている。
「ラズはどこへ行ったのだ?」
「ラズって?」
「さっき戦ったあの女の名前だ」
「あの子ラズって言うんだ。えっと、彼女は貴方を倒してから最後ブツブツ言ってどっか行ったよ」
「それがどこなんだよ。・・・てか、食料は!?」まずい。盗まれたか?
「安心して。彼女は貴方と戦ってそのまま何も盗まずに帰った」
「よ、よかったぁ」とにかくひと安心だ。しかし、なぜあいつがこの島にいるのだろうか。この試験は、Fクラスの人間しか参加をしないはず。だというのに、Sクラスであるラズが参戦していた。何故いるのか。
「なんであいつがいるんだ?」
「なんでって、Fクラスだからじゃないの?」
「お前、知らなかったのか?彼女は、Sクラスの人間だ」
「うそ!?Sクラス!?・・・・・・Sクラスって、この学園の最高階級じゃない!?」
「あぁ。そうなんだ。だから疑問に思っているんだ。何故彼女がこの試験に現れたのか。ということを」
「た、たしかに。言われてみればそうね」
考えられる理由としては、学園側から派遣されたか?一応、俺という存在は学園側から目をつけられている。それもそうだ。だって、俺は元々無能力者の人間だったんだから。そりゃあ注目を集めるのには無理はない。それに俺は新入生。恐らく、おれの実力を確かめるために彼女が派遣されたのだろうか?しかし、それなら他の生徒でもよかったはず・・・
「あーもう。考えてもわからん」つまりは、細かいことは気にするな。ということなんだろうか。ただ、忘れようとしても、頭の片隅には残ってしまうからなぁ。そこが、困ったところである。
「まぁ、なんでもいいんじゃない?確かに謎だけど、別に何も騒ぎになっているわけでもないんだから。私たちは、評価を受けるために試験に合格すればいい話なの」
「ま、まぁ。それもそうか」
「なら、食料を集めに行きましょ。私は拠点を見張っているわ」
「嘘だろ?一人で狩りに行けと?」
「いいでしょ。貴方には狩猟のコツを教えたんだから。出来るでしょ?」
「出来るが、もし敵に遭遇したらどうするんだ?」
「何を甘ったれたこと言ってるの。ちゃんとルールを把握しているの?」
「してるとも。お前がいいたいことは、殺しは禁止。だろ?」
「分かっているなら、恐れる必要ないじゃない」
「おれがいいたいのはそういうことじゃねぇよ。大怪我までなら許される。なら、怪我をして帰ってきたらどうするんだ?」
「それはしらない。あなたの実力不足なんだから。いいから早く行ってきて」
「わ、わかったよ」渋々、狩りに出掛けることにした。・・・・・・ちなみに、敵に遭遇することはなく、大量の食料を集めることが出来たのだった。
それから日は過ぎ、俺たちは協力をして無事に試験を終えることが出来た。この試験で退学をすることはないが、試験の合格条件に満たなかったやつは、退学のポイントがついてしまうらしい。ちなみに、今回の試験の合格条件は、リタイアをしないこと。一見簡単にも見えるが、前にも説明した通り、この島には満足して生活できるほどの食料は存在しない。そうなってしまうと、食に飢える人が増えていく。そして、誰かから食料を奪おうとしても、負けてしまっては食料を奪うことはできない。・・・・・・つまり、7日間を耐えようにも、人間の活動には限界がある。だから、今回の試験では中々の人数がリタイアをしたそうだ。中には、意地でも最終日まで耐えようとして、栄養失調になったやつもいるのだとか。まあ、そんなことはどうだっていい。俺たちは無事合格をすることが出来たのだ。だったらそれでいいだろう。まぁ、あいつのサバイバル知識が強いお陰で助かることが出来たんだがな。そこはしっかり彼女に感謝をしよう。
「改めて、助けてくれてありがとうな」
「ん。まあ、いいよ。と言っても、私が勝手にあなたの拠点に邪魔しただけだよ」
「いや、それでいいんだ。俺は、お前の助けがなかったらこの試験を乗り越えることはできなかった。それに、初日にあんな大事なことを教えてくれたんだ。感謝でしかないよ」
「そんな感謝しなくてもいいって」
「そ、そうか。・・・・・・そういえば」ふと、気になったことを彼女に問いかける。
「俺、お前の名前を聞いていなかったな。名前なんて言うんだ?」あの島で1週間生活をしたというのに、俺は未だに彼女の名前を知らない。元は俺の口を聞かないような人物だったが、この試験を通して少し話してくれるようになった。
「もうそろそろ、お前っていう呼び方は嫌になってきたんだ。せっかくなら、名前で呼びたい」
「どうしても?」
「なにか、言えない事情でもあるのか?」
「ない。って言ったら嘘になるけど、でも、絶対に言ったらいけないわけではない」
「ん?どゆこと?」まぁ、事情があるなら無理に聞くのは違うだろう。それなら、聞かなくてもいいか。と、そう思ったが・・・
「本当は、自分の名前を公言したくないんだけど、あなただったらいいと思うの」
「ほ、ほぅ。つまり?」
「あなたにだけ、教えてあげる。ただし、絶対に他の人には私の名前を言わないこと。いい?」
守れる気がしないが・・・まぁ、教えてくれるんだったらそれでいいだろう。それに、言ったところで特に俺に得はない。
「わかったよ」そういうと、彼女は自分の名前を読み上げた。
「『夢』だよ」