脱出
クロード達は離宮を出ると脇目もふらずに湖岸に向かった。
「大丈夫。周りには誰もいない」
と先頭を歩くダミアンが周りの様子を探りながら言った。
「よし。急ごう」
とそのすぐ後ろでクロードが小声で言った。
入り江の砂浜に降り立ったクロード達は、湖岸に飛空艇の機体を認めた。
既にその前に立つ数人の影が見えた。
「もう迎えに来てくれていたんだ」
とクロードが笑顔を見せた瞬間。
「待て! あれは艇長たちではない!」
とダミアンが制した。ミカサに見えた影は違っていた。
全員が立ち止まって黒い影たちと対峙した。
「カタリーナ様。こんな夜更けにどちらへ?」
と低い男の声がした。
「その声はテールズ卿か?」
とカタリーナが問い質した。
「仰せの通りでございます。ポルタ・プロバンスでございます」
と一人の男が暗がりから近寄って来た。
月の明かりに照らされたその男をカタリーナは凝視した。
その男は紛れもなく彼女が女王であった時からこの王国の宰相で、カタリーナが右腕として信頼していたテールズ伯ポルタ・プロバンスだった。
「まさかこんな時間にお出かけとは……困ったお人だ」
とテールズ伯は首を振った。
「余はもう女王ではない。どこへ行こうと余の勝手である」
「本当にそうお思いですかな?」
と真意を確認するかの様にテールズ伯はじっとカタリーナの瞳から視線を外さなかった。
「……」
無言でカタリーナはテールズ伯の顔を睨み返した。
それに意に介する事もなくテールズ伯は
「ま、とにかく、丁度良かった」
と表情を和らげて言った。
「良かった?」
カタリーナは首をかしげながら聞き返した。
「はい。さようでございます。丁度、今から我が領地テールズの宮殿へとお迎えに上がろうかと思っていたところです」
とテールズ伯は冷ややかな視線をカタリーナとクロード達に送りながら言った。
「なに?」
と言ってカタリーナは眉間に皺を寄せた。
「今までこの二十年間この王国の舵取りをしておいでであった陛下を、我が宮殿にお迎えして余生をのんびりとお過ごしいただこうと思いまして」
「余に卿の宮廷でさえずる籠の鳥になれと?」
「いえいえ。もちろんそれなりの方をお迎えして頂いても結構でございます」
「余に誰かの妻になれと……」
「無理にとは流石に申しませんが」
テールズ伯ポルタ・プロバンスの言葉は丁寧だが、有無を言わさぬ圧力を感じさせるものであった。それはこの場にいた誰もがテールズ伯に慇懃無礼な態度を感じていたが、カタリーナは何も反論もせずに考え込んでいた。
しばらく続いた沈黙を破るようにテールズ伯が口を開いた。
「陛下にはご理解いただけたようですね」
「ふん。くどいぞ。それに余はもう女王ではない」
と諦めた表情でカタリーナは言った。
一瞬ソフィアが動きかけた。
その瞬間ダミアンが彼女の手を引いて止めた。そしてソフィアの耳元で
「国家間の争いのネタにするつもりか?」
と小声で言った。
ソフィアはテールズ伯の慇懃無礼ぶりが腹立たしくて我慢がならなかった。思わず衝動的に口を挟もうとしてしまったのだったが、それを察したダミアンがソフィアを止めた。ここでソフィアが口を挟んで彼女がモルタリア帝国の皇女であると知られてしまうとスエンビーア王国だけの問題ではなくなってしまう。
その時、空から眩しい光が降り注ぎ、湖岸を照らし出した。




