皇帝の決断
フレデリック三世は
「前々からあれは冒険者に憧れておった。それを俺はとどめていただが……」
と言いかけて止めた。
最後まで聞かなくてもシドとアキトには皇帝が言わんとする事が分かっていた。
「よりによって『お前たちに出遭ってしまうとは』って言いたいんだろう?」
とその言葉をシバが口にした。
フレデリック三世は軽くシバを睨みつけると
「その通りだ。娘の命を救ってくれた事には感謝するが、それとこれとは別だ」
と忌々し気に言った。
「その気持ちは分かるなぁ」
とアキトが他人事のように口を挟んだ。そして
「よりによってこの艇に乗って帰ってこなくてもいいのに……だな」
と話を続けた。
「その通りだ」
「ところで、皇女殿下はいくつだ? まだ魔導学校の生徒じゃないのか?」
通常、貴族・王族の子弟は魔導学校か士官幼年学校に進むことになる。なのでシバはそれを確認し様と聞いた。
「いや、それはもう卒業した。今は十七歳だが飛び級だ。そのまま魔導士官学校に行くもんだと思っていたが、本人は冒険者になりたがっていた」
「飛び級って……そんなに能力が高かったのか?」
アキトが驚いたように聞き返した。
「俺に似てと言いたいが誰に似たのか、それ以上に娘には才能があった。戦闘実技に関しては士官学校に行っても習う事は無いだろう」
皇帝フレデリック三世はシバとアキト達昔の仲間と話をする時は、口調がその当時に戻るようだ。当然シバやアキト達もこういった場では相手が皇帝だとかは全く意識していなかった。
「そんなにか?」
今度はシバが声をあげた。
「そうだ。だからだ。父親としては苦渋の選択ではあるが、幸いなのはお前たち二人がいるという事だ。お前たちの技量は俺が一番よく知っている。娘を任すのであればお前たちしかいない。どうか娘をよろしく頼む」
とフレデリック三世は最後に頭を下げた。
「え?」
とクロードが思わず声を上げそうになって、慌てて口を両手で抑えた。ずっとこの場で彼が口を挟む余地は無いと肌で感じていた。
そう、彼にはその場の空気を読む力があった。楽観的に考えていたクロードであったが、シバたちとの会話を聞きながら『ソフィアと一緒に冒険するのは難しいかも』と諦め始めていた。そこへこの皇帝の決断である。驚き過ぎて思わず声が出そうになったのも無理はない。
「へ? あんたはそれで良いのか?」
シバも意外そうな表情で聞き返した。ここは父親としても皇帝としても反対するものだと思っていた。
「良くはない……」
と皇帝は消え入りそうな声で答えた。
「じゃあ、何故?」
「あれは俺とマギーの娘だからな。言い出したら聞かん。それに皇帝の娘として世界を知るのは悪い事ではない。どうせ出ていくのであれはお前たちが一緒だと、まだ安心できる」
「なる程ねぇ……」
とシバはうなずいた。
「で、今回の一件で俺と貴様らが友人で一緒に冒険していた事も娘にバレた」
とフレデリック三世は諦め顔で言葉を付け足し肩を落とした。
「なんでバレた?」
――まあ、遅かれ早かれバレていただろうけど――
と思いながらシバは聞いた。
「マギーが口を滑らした」
とフレデリック三世は皇后の愛称を口にした。
「あぁ……」
とシバは思い当たる節があったのか深く納得したように頷いた。シバもアキトも皇后の事はよく知っていた。
――まぁ、あの流れではバレない方がおかしいだろうな――
とアキトもシバと同じ事を思っていた。
「ところで、既にあんたは皇帝の顔でなくなってるぞ。その顔は単なる親ばかの顔だ」
とシバがツッコんだ。
「ふん! そんな事はどうでも良い。今は一人の父親でしかない。それよりも娘をくれぐれも頼む」
とフレデリック三世は二人に頭を下げた。シバとアキトはあきれ顔でお互いの顔を見た。
そして改めてクロード達に向き直ると
「娘をよろしくお願いする」
と頭を下げた。
クロードは驚いて立ち上がり
「ど、どんなことがあっても皇女様は守ります!」
と叫んだ。




