「弟」
日本国内某所の某アパート。
ここの一室に暮らす平凡な24歳男性・北田いつきは、先日Periplaneta japonicaの少女・ひめこを仕方なく自室に住まわせることになった。
というのが前回のあらすじ。今回は何が起きるのだろうか。
「北田ぁ」
あまり掃除の行き届いていない床に寝そべって、ひめこは言う。
「何」
「マシュマロが食いてぇ」
「そんなもん家にはない」
「じゃあ買ってきてくだせぇな」
「お前が行けよな……」
「ひめ、種族が種族ゆえヒトの世界は恐ろしいのでおま」
「はいはい買ってきますってば」
北田は面倒そうに立ち上がり、玄関へ向かう。
ちょうどその時、インターホンが鳴った。
「こんな時に誰だよ……はーい」
北田がドアを開けて玄関前を見渡すも、そこには誰もいなかった。
「こんなオンボロアパートにわざわざピンポンダッシュしに来るとか、相当な暇人もいたもんだ……なァッ!?」
突然悲鳴をあげる北田。
それもそのはず、また「ヤツ」が出たのだ。おそらく外から入ってきたのだろう。
こんなところでまた繁殖されては困ると思った北田は、大慌てで殺虫剤を取りに行く。
「北田~? どうかしまし……おっ」
ひめこは他人事のようにしていたが、その後何やら顔見知りでも来たかのような反応をとる。
北田が殺虫剤を持って居間に戻ると、そこに「ヤツ」はおらず。
その代わりなのか、また見知らぬ人がいた。
今回は北田より少し年下くらいの青年だ。ひめことは知り合いのようで、仲良さげに会話をしている。
ひめこの数少なそうな友達との会話を邪魔してはいけないと、なかなか「ヤツ」の居場所を訊ねられない北田。
すると、青年が北田の存在に気付いたようで。
「君が北田いつき君だね」
「は、え? おいひめこ、俺のこと話したのか?」
「話しましたよ」
「どうして友達に俺の存在言いふらしちゃうんだよ!」
「んぇー……」
「……『友達』? 北田いつき君。今、君は僕のことを『友達』と云ったね」
「え、違うんですか?」
「僕を『友達』等と舐め腐ってもらっては困る。僕の名前はサナヲ。ひめこの弟だよ」
「あー、弟……弟!?」
出会って間もないので無理もないが、北田はひめこから彼女にきょうだいがいるとは聞いていない。
ひめこの弟──サナヲは、北田のことをキッと睨んで言った。
「北田いつき君。僕は君に話が有るんだ。あのね──」
「ねー、サナくん」
「サナくん!?」
唐突なひめこのブラコンムーブに、思わず素っ頓狂な声をあげる北田。
「もー、そんなに驚かなくたっていいですよぅ。それでサナくん、どうしてひめのこといつもみたいに『姉や』って呼ばねえんでげすか?」
「姉や!?」
サナヲもサナヲでシスコンの節があるらしく、またもや素っ頓狂な声をあげてしまう。
「北田うるさい。んで、どうして?」
「……知らない人の前では、男らしく在りたいんだ」
「あのねぇ、性別らしーとか、そうゆうの時代錯誤ってゆうんですよ。サナくんはサナくんでいーの」
「……解った。ごめんよ、ひめこ姉や」
「わかればよろしゅう」
姉弟そろって癖が強い、ひめことサナヲ。
そんな二人のペースに置いてけぼりにされる北田なのであった。
そして、結局サナヲが自分に何を話したかったのか、知ることもできなかった。