闇に潜むもの 3
闇に潜むもの 3
青姫は、何か気付いた事、思い出した事がありましたら連絡下さいと携帯の番号を渡し帰っていった。タダユキはしばらくベンチに座ったまま考え込んでいたが、クロの顔を見るとその頭を撫でる。
「なあ、クロ 僕に協力してくれないか 」
タダユキは、行方不明事件の真犯人を見つけ出したいと思った。それには魍魎クロの手助けが必要だと感じていた。
クロはタダユキを見上げると、いいよという様にニャーと鳴いた。
「朱姫さんは向こうに歩いて行った 一緒に来てくれ、クロ 」
クロを抱き上げたタダユキは、自転車の籠にクロを乗せ公園奥の出入り口に向かって歩く。クロも耳を立て辺りを様子を伺っているが今のところ特に何もないようだった。
公園を出て自転車に跨ったタダユキは、以前会社員の鞄が見つかった場所へ向かう。ごく普通の住宅街だ。アパートや戸建ての住宅が立ち並んでいる。怪しげな廃屋やゴミ屋敷と化している住宅等も無かった。
しかし、タダユキはこの住宅街の通りに何か不穏なものを感じた。クロも自転車の籠の中で警戒しているようだ。ふとタダユキは思いつき、近くのコンビニエンスストアまで自転車を走らせた。そして、コンパスを購入し住宅街に戻った。
・・・やっぱりだ ・・・
タダユキは買ってきたコンパスを見つめ思った。この通りは北東から南西に続いている。鬼門から裏鬼門。タダユキはゾクッと身震いした。
「ふぎゃっ 」
クロが前方を見て声を上げる。タダユキが顔を上げ通りの先を見ると人影が見えた。その人影が近付いてくる。
着物を着た細身の女性のようだが異様な雰囲気を漂わせている。タダユキにはその女性が人間に見えなかった。
・・・いけない ・・・
タダユキは急いで自転車のペダルを踏み逃げ出した。そして、公園まで逃げてきたタダユキは自転車を植え込みに隠し、自分はロケットの様な遊具の後ろに隠れる。クロも着いて来ていた。
しばらく遊具の陰から様子を見ていたが、先程の着物の女性は現れなかった。どうやら逃げ切ったかとタダユキはホッと一息つく。
・・・あれは何だったのだろう ・・・
一見、人間のようだったが明らかに人間ではない邪悪な気配を感じた。この辺りには得体の知れない人ではないモノが徘徊しているようだ。
・・・朱姫さんは、あれに殺されたのか? ・・・
タダユキは青姫に連絡しようとスマートフォンを取り出す。と、クロが唸り声を上げ飛び出していった。そして、尻尾が三本に分かれ口が裂け巨大化していく。
どうしたんだとタダユキが見ると、公園の中にあの着物の女性が立っていた。クロはタダユキを守る為飛び出したようだった。
・・・クロは強い、大丈夫だ ・・・
タダユキは自分に言い聞かせる。朱姫の言葉通りならばクロはかなり上位の魍魎のようだ。しかし、あの女性も得体の知れない魍魎だ。どんな力があるか分からない。
タダユキは青姫に教えて貰った番号に発信する。青姫はすぐに電話に出てくれた。タダユキは状況を説明する。
「袖口から触手が見えていたら”火”に気を付けて 人間と同じ手があったら”目”に気を付けて下さい 」
そう言うと青姫は、すぐそちらに向かいますと言い電話を切った。タダユキは遊具の陰からクロと戦っている着物を着た魍魎の袖口を見る。”触手”ではなく”手”があった。しかし、”目”に気を付けろの意味が分からなかった。
・・・急ぐのは分かるけど、姫っ、もう少し詳しく教えてくれよ ・・・
タダユキは心の中で愚痴りながら、さらに観察する。そして、着物を着た魍魎の袖口からチラッと見えた腕がタダユキを戦慄させる。その腕には”目”が、数え切れない程の”目”が付いていた。
「クロッ その”目”に気を付けろっ 」
思わずタダユキは遊具の陰から飛び出し叫ぶ。すると、着物を着た魍魎がタダユキに気付き、その腕に付いた何十という”目”が睨みつけてきた。
・・・これは? ・・・
睨み付けられたタダユキは金縛りにあったように動けなくなる。そして、クロの攻撃をかわした着物を着た魍魎は、まるで瞬間移動のような動きでタダユキの眼前に立っていた。
その魍魎の顔は、腕同様”目”だけだった。口の部分にある”目”がタダユキを舐めるように見回した後、心臓の辺りに視線を固定する。
「うっ…… ク…… クロ…… 」
タダユキは突然息苦しくなり、クロに助けを求めたがクロはこの魍魎と戦っていた場所で何かと戦っていた。クロは何と戦っているんだ。タダユキの目にはクロが一人で戦っているようにしか見えなかった。
・・・く、苦しい…… ・・・
タダユキは途切れそうな意識をなんとか繋ぎとめていた。しかし、体の力がどんどん抜けていき今にも倒れそうだった。
その時、朦朧とした意識の中でタダユキは、何か白いものを見た気がした。その次の瞬間。着物を着た魍魎は地面の上で潰れていた。その魍魎の頭の上には青姫の足があった。どうやら、朱姫も使ったあの凄まじい威力の踵落としを青姫も使えるようだった。
そして、青姫は印契を結び真言を唱える。
「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ 」
すると地面で潰れていた魍魎が煙を上げ消えていき最後には何も残らなかった。
「君 大丈夫? 」
青姫がタダユキに声を掛ける。タダユキはふらふらとしながらもベンチまで辿り着き腰を下ろす。一人戦っていたクロも、夢から覚めたように黒猫の姿に戻りタダユキの膝の上に乗ってきた。
「いったい、何があったんでしょうか 」
「まず、この魍魎は百々目鬼と云います。多くの目で幻影を創りだし人を惑わせ、”口”の”目”で生気をを吸い取ります 」
青姫は、タダユキとクロを見ながら説明する。
「君は少し生気を吸い取られたようですが歩けるようなら大丈夫でしょう 栄養ある物を沢山食べてください 」
「あの…… この魍魎が朱姫さんを殺したのでしょうか? 」
タダユキは気になっている事を青姫に尋ねた。青姫は腕を組んで少し考えてから言う。
「いくら朱姫が怪我をしていようと、この程度の魍魎に殺されるわけがありません 」
「という事は、まだ他にも魍魎が潜んでいるという事ですか 」
今まで何の心配もなく過ごしてきたこの街で邪悪なものが潜んでいる。自分が気が付かなかっただけで、それは遥か昔から居たのだろう。朱姫や青姫たちは人知れずそんな邪悪な存在と戦ってきていたのだ。
「姫っ 僕も協力させて下さい 」
タダユキは、朱姫の代わりにはとてもなれないが、それでも青姫たちの力になりたかった。しかし、青姫はタダユキの申し出をやんわりと断る。
「お気持ちは有難いですが、私たちでさえ命を落とします 君には危険すぎます 」
そう言うと青姫は夜の闇の中へ歩き出した。そして、一度振り向くとニコリと微笑んで言った。
「今日は、ありがとう 」
その青姫を見て、タダユキは慌てた。
「待ってください、姫っ 」
青姫は怪訝な顔で立ち止まった。
「朱姫さんが最後に微笑んで帰って行ったんです 今の姫と同じように…… 」
タダユキは必死の顔で青姫に言う。
「だから、せめてこの街を出るまで送らせて下さい 」
「ありがとう でも君はそんなに気にしないでいいんだよ 」
青姫はそう言いながらもタダユキが追い付くのを待っていた。
「君の方がふらふらで危ないと思うけど…… 」
「大丈夫 クロも居るし…… 」
タダユキが押す自転車の籠の中にクロがちょこんと座っていた。
了
最後までお読みくださり有難うございます。
2部はこれで終了となります。
このシリーズあと少し続く予定です。まだ犯人分かってないですからね。
ゆっくりとお待ち下さると助かります。
宜しくお願い致します。




