闇に潜むもの 2
タダユキは夜アパートを出ると公園まで自転車に乗って出かけた。何かあった場合、自転車があった方が便利な場合もあるだろうと考えたからだった。
自転車のライトを点け公園まで行き、ベンチの横に自転車を立てかけ座って待つ。あの女性より先にクロが現れた。公園の植え込みの暗闇の中から姿を現しタダユキの方を見ている。
「クロ おいでっ 」
タダユキが声をかけるとクロは嬉しそうに尻尾を立てて走り寄ってきた。そして、ベンチに飛び乗りタダユキの膝の上に乗る。こうして見るとこの黒猫が魍魎猫魈だとはとても思えない。タダユキは膝の上でゴロゴロと喉を鳴らすクロの背中を撫でていた。
「その猫が、例の猫ですか 」
いきなり間近で声が聞こえタダユキは悲鳴を上げそうになった。全然気配が無く全く気付かなかった。それはクロも同様だったようで、ビクッと頭を上げていた。
「なるほど 確かに異質な気を感じます 」
タダユキが顔を上げると昼間の女性が立っていた。しかし、昼とは服装がまるで違った。青い襟に青いスカーフで半袖の夏用セーラー服に濃紺のプリーツミニスカート。膝上までの黒いソックスに青いローファー。襟などの色が違うだけで、あの朱姫と同じ服装だった。
「私は42代目”三善青姫”、朱姫と同じ魍魎討伐者です 」
タダユキは、そうなのではないかと漠然とは思ってはいたが、実際に名乗られると本当にそうなんだと思ってしまう。
「青姫さんですか 改めて賀茂忠行といいます よろしくお願いします 」
ところが、青姫は口に指を当てるとタダユキに向かって言う。
「私の事は”姫”と呼んでもらっていいですか 」
「へっ 」
タダユキは、何を言っているんだこの女と心の中で思ったが顔には出さずに耐えた。
「それでは姫…… 」
言いながらタダユキは赤面した。この女はおかしくないか、男に姫と呼ばせて喜んでいるのか……。が、分からない事を聞いておくには我慢しなければならない。取り敢えずタダユキは言われた通りに呼ぶ事にした。
「先代たちには申し訳ないが 私はこの呼び名で呼ばれるのがどうしても苦手で…… なので、”姫”でお願いします 」
青姫は顔を赤らめながら言う。よく分からなかったがタダユキは話を先を進める為、そうですかとだけ言っておいた。
「この猫の本当の姿を見せてもらっていいですか 」
まだ半信半疑なのか青姫は、クロを見ながらタダユキに言う。タダユキはクロを膝から降ろすと、背中を撫で、クロに変身するように目で伝えた。クロは、ニャンと返事をして少し離れた所まで歩き全身に力を込める。
尻尾が三本に分かれ、口が裂け、身体が大きくなっていく。そして、二メートル近くになったクロを見て青姫は絶句する。
「朱姫は、本当にこの魍魎と戦ったのですか 」
信じられないという顔で青姫はタダユキに尋ねる。
「そうですよ、姫…… 」
どうしてもタダユキは赤面してしまう。
「それで、朱姫は引き分けて帰ったんですね 」
朱姫の名誉の為、引き分けと云う事にしておいた。
「はい 腕と足を痛めていたので、大丈夫かと聞いたんですが…… これくらい大丈夫だと自分で歩いて帰って行きました 」
青姫は腕を組んで考え込んだ。こんな強力な魍魎と戦ったからには朱姫と云えど相当なダメージを受けた筈だ。
「他に気付いた事は? 」
青姫の質問にタダユキは記憶を探る。クロと戦った後、朱姫は足を引き摺るように帰っていった。もし歩けないようなら、いくらタダユキでも手を貸した筈だ。受け答えもしっかりしており最後に微笑んでいたので、途中で倒れたとはあまり考えられなかった。
「朱姫さんは、この近辺で行方不明者が頻発していると言っていました 実は僕もそう思っていたんです 」
タダユキは朱姫の言った言葉を思い出しながら言う。
「朱姫はその原因を言っていましたか? 」
「朱姫さんはクロの仕業と考えていたようですが、クロはそんな事はしない 」
タダユキは黒猫の姿に戻ったクロを見ながら拳を握り締める。青姫もクロを見つめる。
「この猫が魍魎である事は間違いありません それは君がどう言おうと変わりません ですので朱姫の疑いも尤もです 」
青姫はクロからタダユキに目を向ける。
「けれど君たちの様子を見ていると犯人とは考え難い それに朱姫が見えなくなるまで君たちは一緒にいた そして君が居なくなってから朱姫が再びここに戻ってきたとも考えにくい 」
「それはどうして? 」
「一度戦って勝てなかった魍魎に、すぐにまた戦いを挑む理由がありません 少なくとも一度戻ってから準備を整えて再戦するでしょう でも朱姫は戻ってきていない 」
なるほどとタダユキは頷く。
「そうすると 朱姫がここから帰る途中に何かがあった 」
何かと云うのは、とタダユキが尋ねると青姫は顔を曇らせた。
「想像したくないのですが…… 朱姫は帰る途中、行方不明者を頻発させている本当の魍魎に出会ったのではないでしょうか そして、殺された…… 」
「殺されたっ あの朱姫さんがっ 」
思わずタダユキが大声を出す。
「普段の朱姫ならそうそう不覚をとる事はないでしょうが、その魍魎と戦い怪我を負っている状態では不測の事態が起きないとも限りません 帰っても来ない連絡も取れないとなると既に殺されている可能性が高くなります 」
青姫の言葉にタダユキは言葉に詰まってしまった。僕がもっと早くクロを止めていれば……。タダユキは、もし朱姫が本当に殺されたのだとしたら僕の責任だと激しく後悔した。
「君の責任ではありませんよ 」
タダユキの心を読んだように青姫が優しく言葉をかける。
「私たちはどんな時でも命を賭けて戦っています 力及ばず倒れたとしても、それは誰の責任でもありません 」
青姫の顔は淋しそうだった。タダユキは掛ける言葉が見つからず、ただ青姫を見つめていた。