闇に潜むもの 1
「ブラックイット」の続編となります。
先に「ブラックイット」を読んで頂くと話が分かり易いかと思います。
深夜の住宅街の路上を、何かが引き摺られていく。
ずるっ ずるっ ずるっ ずるっ ずるっ
引き摺られていたものから何かが離れ路上に残った。
街灯に照らされたそれは、ビジネス用の革の鞄だった。
引き摺られていたものは、そのまま闇の中に吸い込まれるように消えていった。
* * *
発見された鞄の中身から、行方不明になったのは会社員のSTさんと判明した。警察が事件、事故の両面から捜査しているが、今の所手掛かりを得ることは出来ていなかった。
本人の意思で失踪したのではとも考えられたが、わざわざ路上に鞄を捨てていく理由はないだろうと云う事と、会社の同僚も新たに立ち上げたプロジェクトを成功させる為に頑張っており失踪など考えられないと否定した。
彼は何の理由も無くこの世から姿を消した。彼の部屋に残されていたペットの三毛猫は会社の同僚が引き取り育てる事になったのが唯一の救いだった。
* * *
日曜日の昼過ぎ、タダユキは何時もは仕事の帰りに寄る近所の公園に出かけた。小さな子供たちがブランコで遊んでいるのを横目で見ながらベンチに座る。そして、タダユキは先日体験した夜の事を思い出す。
ネットで調べろと言われたので、あれから時間がある時にはPCやスマートフォンで色々と検索してみたが満足の得られる情報は見つからなかった。
クロの事も勿論だが、あの女子高校生”朱姫”の事が気になった。考えてみれば酷い怪我を負った女子高校生を手当てもせず一人で帰してしまった事で自責の念に駆られていた。
・・・無事、帰れただろうか ・・・
朱姫の安否を考えながら、ふと前に朱姫が現れた公園の奥の入り口に目をやると一人の女性が公園に入って来た。黒髪をポニーテールに結び白いブラウスに薄いブルーのふわりとしたロングスカートを穿いている。朱姫と同じ位の年頃に見えた。女子高校生が日曜日に普段着で公園に来てみたという感じだった。
・・・一人って珍しいな ・・・
若い女性は何人かで来るか、カップルで来るか、またはペットを連れたお散歩という人がほとんどで一人でこの公園に来る若い女性を見たのは、タダユキは初めてだった。
公園に入って来た女性は、タダユキとは反対側のベンチに腰を下ろす。そして、何かを探すように周囲を見回している。その目を見た時タダユキはドキッとした。あの朱姫と同じ何か射竦めるような鋭い目だった。それに雰囲気も朱姫と似ている気がした。朱姫と関係がある人かなと思う。
・・・まさかね ・・・
タダユキはそう思ったが、確かめずにはいられなかった。タダユキは意を決するとベンチから立ち上がり女性が腰掛けている奥のベンチに向かって歩き出す。
「失礼します 僕は賀茂忠行と言います 間違っていましたらすいません 」
突然見知らぬ男性に声をかけられて女性は驚いたようだが、女性の方もタダユキに何かを感じたようで先を促がすように頷く。
「あの…… もしや、”和泉朱姫”さんという方のお知り合いではないですか? 」
タダユキがそう言うと、女性は驚いたようにベンチから立ち上がり改めてタダユキを見つめる。
「朱姫を知っているんですか? 」
女性はタダユキにベンチに座るよう促がすと自分も腰を下ろす。
「朱姫を探してここまで来たのですが…… 」
「探している?…… 」
タダユキは嫌な予感がして聞き返す。
「ええ…… 五日前から行方が分からないのです 」
あの日だ、タダユキは思った。
「君は朱姫を知っているんですね 」
「はい 少しだけですが 」
タダユキは答えたが次の女性の言葉の意味が分からなかった。
「”澪”ではなく、”朱姫”を知っているんですよね 」
「ええ 僕が知っているのは”朱姫”さんですが 」
タダユキが言うと女性は険しい顔になる。そして、その鋭い目で真っ直ぐにタダユキを見つめる。
「何があったか話してください 」
「えっ 」
「”朱姫”と名乗ったと云う事は何かあったに違いありません 君はそれを見ていたのではないですか 」
ずばりと女性に言われタダユキは、あの夜にあった出来事を話した。とはいえ自分は朱姫に投げられ倒れていたので細かい所は分からないと前置きするのは忘れなかった。タダユキが話し終わるまで口を挟まず聞いていた女性は、ベンチから立ち上がりその鋭い目で辺りをぐるりと見回す。
「その、クロという猫はどこに? 」
「クロは昼間は出てきませんよ 夜には必ず居ますけど…… 」
タダユキの言葉に、それでは今夜また会って下さいと言い、女性はタダユキの返事も聞かず公園を出て行った。
・・・こちらの都合は聞かないところが朱姫さんに似ているな ・・・
名前も何も聞いていないけど、信用していいものだろうか、タダユキはベンチに座り女性が去った方を向きながら考えていた。
朱姫があの夜から行方不明というのも気にかかる。あれだけの怪我をしていたのだから良くない事が起こったのではと考えてしまう。
今の女性は朱姫について色々知っていそうなので、話しを聞く事にメリットがあるだろう。タダユキはそう考え、名前も素性も知らない女性と今夜会う決心をした。




