悪役令嬢の処刑前の話
わたしはミリヤム、侯爵家の令嬢だった。
今はもう違う。
わたしの実家は不慮の事故が重なったことでわたし以外の近しい親族は全員亡くなってしまい、女系を認めない国なので実家は取り潰された。
そうして寄る辺がなくなったわたしは、幼いながらに婚約者だったアイレット、この国の王子に引き取られた。
わたしにはアイレットしか頼る場所がなかったのだ。
だからだろうか
未来のアイレットの婚約者になるだろうクリスティーナが彼の前に現れたときに、わたしはこの身を割かんばかりの不安感に襲われた。
身分こそ下級貴族の出身ではあるけれども、魔法の才能があって学業も優秀、極め付きは妖精かと見紛うほどの端麗な容姿
遠い昔に聞いた、アイレットの好みの容姿とクリスティーナの容姿はぴったりだった。
あの子にアイレットが恋をしてしまったらわたしはどうなるの?
あの子とアイレットが愛し合ってしまったらわたしは誰を頼りに生きていけばいいの?
それよりも、わたしや今は亡き母を慕って付いてきてくれたわたしの侍女、執事たちはどこに行くの?
アイレットに縋って生きてきたわたしには一人で生き抜く術などないし、そもそも貴族としての生き方しかしたことのないわたしはアイレットから離れれば行き場を失って路頭の塵になるだろう。
だからわたしはアイレットとクリスティーナが相思相愛にならないように、彼女を遠ざけようと思った。
最初は虐めるつもりなんてなかったのに、気づいたら思い返したくもないほどの凄惨な仕打をしたことになっていた。
寮にある彼女の部屋にゴミや汚物を撒くことから始まり、彼女の侍女への暴行、着ていたドレスに細工をして公衆の面前で破けるようにしたり、わたしの知らぬ間に恐ろしいことになっていたのだ。
当然、王子は介入した。
クリスティーナを助けて、犯人探しを始めたのだ。
わたしにも捜査の目は及んだ。
友人たちにも当然のように事情聴取が行われて、数々の証拠をもとに犯人として捕らえられそうになっていた。
わたしは彼女たちの代わりに主犯であると自白した。
あの子たちは自分はやっていないと口々に言っていたけど、陰謀に巻き込まれていたにせよ、アイレットがやったと判定してしまえば彼女たちの命はない。
王族が白だと言えば黒いものも白くなるし、無実であっても有罪に、それも死刑にだってなってしまうのだから······
良くも悪くも王族とはそういうものだ。
わたしも彼女たちと過ごしてきて、多少いじめることはあったとしても報告されたような悪行をするような人物には見えなかったし、泣いている彼女たちを見ていると居ても立ってもいられなかったのだ。
それに、彼女たちには家族がいる。
わたしにはもういない。
それなら、わたしが罰を受けた方がいい。
彼女たちは幸せに生きていくだろう。
そうしてわたしは捕まった。
後日、王子から聞かされたことによると、使用人たちはわたしがこのようなことをするはずないと言って助命嘆願を行い、遂には脱獄の手引き計画を立てて、反逆罪で処刑されたらしい。
心が痛んだ
家族が死に絶えて独り身になったとき、わたしが貴族として生きられるように王子に手を回してくれたのは使用人たちだ。
みんないい人で暖かくわたしを包んでくれた。
もしもわたしに本当の家族が生きていたなら、あの人たちのようなものだと思う。
そうこうしているうちに市中を引き回され終わり、真実を知っているのか分からない群衆から一通りの罵声を浴びたわたしは処刑台へと足を踏み入れた。
「罪人ミリヤムは王子の婚約者でありながら学園の生徒に乱暴狼藉を働き、学園の秩序、ひいては王国の秩序を乱した罪で処刑する」
処刑人のよく通る声が響いた。
わたしは彼に先導されて上った斬頭台には、比較的新しい血の痕が滲んでいる。
使用人たちのものだろうか。
確かめる術はないから考えても無駄
「ミリヤム、お前には失望したよ。魔力が豊富で優秀な子を産めそうだったから引き取ってやったのに。その恩を忘れて我が婚約者になるべき女性に暴行するとは。地獄の底で悔いるがいい」
王子は冷淡な表情で言った。
ああ、この人はわたしのことではなくて、わたしが持つ魔力を欲していたんだな
そう直感する。わたしを愛しているから、そうでなくとも好いているからわたしを助けてくれたのだと思っていたが、違ったみたいだ。
「始めろ」
王子の号令によって、断頭台は起動した。
痛みを感じる間もない。未練もない。
でも、ひとつだけ願うならば、わたしを本当に愛してくれた使用人たちだけは救ってあげたいな。
神さま、どうか·······
わたしの意識は、断頭台の刃に割かれて離れて行く胴体を見つめながら途絶えた。
新作をやっております。
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