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9.夜会  男の闘い

今度はレイモンドの番。

 

 オリヴィアとレイモンドが合流する少し前。

 レイモンドは気の置けない友人たちと談笑していた。


「おい、聞いたぞレイモンド」

「何が?」

「何がじゃないだろ?あのオーウェル卿がついに婚約したんじゃないかって噂だ」

「ああ、俺も妹から聞いたぞ。本当なのかって聞かれて煩いったらないよ。実際どうなってるんだ?」

「ああ、その話か。そんなに噂になっているのか?」

「なってる、なってる。仲良く女性と二人で出掛けているって聞いたぞ?」


 特に隠してはいなかったが、そんなに目撃情報が上がっているのかとレイモンドは半ば感心していた。

 ご令嬢方の噂話も馬鹿に出来ないものだ。


「お前は女に笑いかけない方が良いと言ったのは俺だが、女性と二人で楽しそうにしているレイモンドなんか想像つかないんだが」


 そう言ったのは学生時代からの友人のギュンターだ。

 レイモンドの結婚観を知り、女性の前ではなるべく笑わないようにしたほうが良いと助言したのがこのギュンターだった。

 それがどれだけ効果があったのかは分からないが、オリヴィアからは的確な助言だったと思うと言われたので、従っていて正解だったのだろう。


「酷いな。私だって好いた相手と一緒なら笑いたくもなる」

「お!ということは……」

「ああ、正式に婚約を結んだ」

「そうか!おめでとう。相手はどこのご令嬢だ?」

「テルトン侯爵令嬢か?それともスチュアート侯爵令嬢か?」

「なぜその二人なんだ?他にもご令嬢はたくさんいるだろう?」

「ばっか、お前知らないのか?その二人はレイモンドにご執心だったじゃないか。地位も名誉もある美貌のオーウェル卿~ってな」

「……じゃあ絶対違うだろ。レイモンドが避けたいタイプの女性じゃないか」

「安心しろ。その二人じゃない」

「じゃあ誰なんだよ」

「コリンズ伯爵家のオリヴィア嬢だ」


 レイモンドが告げた名前に一瞬皆がしんとなる。

 なぜなら言われてすぐにパッと思い浮かぶ女性ではなかったからだ。


「どうした?」

「いや、すまん。あれか、学園始まって以来の才媛……」

「ああ、その子か!え?本当にそのコリンズ伯爵令嬢?」

「そうだ。オリヴィア嬢が私の婚約者となった」


 羨ましいだろうと言わんばかりにレイモンドが頷いた。


「ええ~、意外。いや、本当に意外だ」

「なぜだ?」

「いや、だってなあ」


 そんな話をしていたところへ別の男性陣がやってきた。

 こちらはレイモンドの友人ではなくただの知人、レイモンドとは合わないタイプの人間たちだ。

 特に一際態度の大きいボブ・ゴブレスという男が。


「やあ、オーウェル卿」

「どうも」

「聞いたよ。最近女性と歩く姿を目撃されたとか。今ちらっと聞こえたがご婚約の噂は本当だったんだね。しかも相手はあのコリンズ伯爵令嬢とは。おめでとう」

「ありがとう」


 おめでとうと祝いの言葉を口にしているのに、どこか馬鹿にされている気分になるのはなぜだろとレイモンドは固めた表情の下で思う。


「それにしてもコリンズ伯爵令嬢か。何とまあ」

「……何か?」

「いや、オーウェル卿ほどの方ならばもっと良い相手がいたのではと思ってね」

「どういう意味かな?」

「だってコリンズ伯爵令嬢だろう?賢いようだがそれ以外は地味で目立たないじゃないか。大体女は賢さよりも愛らしさだろう?」


 オリヴィアを馬鹿にするようなゴブレスの発言にレイモンドは怒りを覚えたが、そこは大人なレイモンド。

 怒りを隠し、何事もないように会話を続ける。


「好みは人によって違うからね。私は婚約者のことを得難い人だと思っているよ」

「そうかい?……ああ、女性としては面白みが無くても女主人としては良いかもしれないな。跡取りさえ生んでもらえればいいのだから、あとは美人な愛人でも囲えばいいもんなあ。コリンズ伯爵令嬢なら大人しそうだし、大体格上の公爵家に嫁げるんだから何をやっても文句は無いだろう」

「お、おい」

「もうその辺にしとけよ」


 周りの男たちがゴブレスを止めるが遅かった。

 普段は争いを好まないレイモンドではあったがここまで愛する人を馬鹿にされて黙っていられるような男ではなかった。


「いい加減にしてくれないか」

「へ?」

「ずいぶんと私の婚約者のことを好き勝手言ってくれる」


 レイモンドに睨まれてゴブレスは一歩後ろに下がった。

 普段温和な者ほど怒った時は怖いものだ。


「何だよ。本当のことだろう?」

「君の女性の好みなど心底どうでも良いが、オリヴィアのことを馬鹿にするのは許せない。彼女は私にはもったいないくらい素晴らしい女性だ。愛人など私には必要無い。愛するオリヴィア一人いればそれで十分だ。しかもオリヴィアが地味だって?馬鹿なことを。君には目が二つ付いているのか?オリヴィアは美人だし、あれほど可愛い女性を私は他に知らない」


 半分くらい惚気だった。

 怒っている以上にレイモンドのオリヴィアへの想いがよく伝わってきた。

 ここにいる誰もが「ああ、こいつ婚約者のこと大好きなんだなあ」と思ったのは間違いない。

 しかし、ゴブレスだけは自分が馬鹿にされたことが許せなかったのかさらに口を開いた。

 人を馬鹿にしておいて自分が馬鹿にされるのは許せない、典型的なダメ人間の見本だ。


「オリヴィア・コリンズが可愛いだと?っは!君の目こそ曇っているんじゃないか?私はあの女に声を掛けてやったことがあるがつまらない返事しかしない奴だったぞ。それに私の弟はあの女と同じ学園に通っていたが、賢さしか取り柄の無い鼻持ちならない奴だと言っていたしな。強がるのはよせよ。家の為にあんな頭しか取り柄のない女と結婚することになるとは可哀想になあ」


 そう言ってゴブレスは決まったとばかりにビシィっとレイモンドをに人差し指を突き付けた。

 この男は本当に馬鹿だった。

 人様の婚約者をあの女呼ばわりするだけでもどうかと思うのに、さらに貶めようとするその姿勢に彼と一緒にいたものですら呆れた顔をしていた。

 そんな中レイモンドだけはその美しいと言われる顔に笑みを乗せていた。

 怖い。

 怖すぎる。

 その笑みが陽の感情から来るものでないことくらいこの場にいる誰もがわかっていた。


「そうか、オリヴィアに声を掛けたことが」


 レイモンドは自分を指していたゴブレスの人差し指を思い切り握り潰した。


「ぎゃあ!い、痛い!何をする!」

「ああ、すまない。人を指差すのは失礼なことだと知らないようなので教えてあげようかと」

「わかった、わかったから放せ、いい痛い痛い!」

「それととりあえずオリヴィアのことをあの女呼ばわりしたことを謝ってもらえるかな?そして今後一切彼女について語るのをやめると約束してくれ。ああついでに半径5m以内に近づくのもやめてくれ。君のような男が彼女の視界に入るだけでも迷惑だ」

「っな!い、い痛い痛い!……わかった私が悪かった!約束する!だから放してくれ」


 その言葉を聞いてレイモンドはゴブレスから手を離した。


「理解してくれたようで嬉しいよ。ああ、そうだ。君の弟さんはオリヴィアと同じ学年だったのかい?」

「そうだが……それがどうした」

「ふふ、いや。ということは君の弟さんは一度もオリヴィアに勝てなかったということだね。彼女はとても優秀だから彼女に勝てない男子生徒たちから生意気だとやっかまれていたようだね」


 オリヴィアの調査書では彼女は首席で卒業したが、入学試験と一年の初めの試験だけは二位であったと書かれていた。

 しかしその時負けた相手の名前は少なくともゴブレスという姓でなかったことだけは確かだ。


「弟を馬鹿にするのか!」


 先にオリヴィアを馬鹿にしてきたのはそちらだろうが、どの面下げてと大体の人は思った。

 当然レイモンドも。


「先に私の婚約者を馬鹿にしたのは君だろう。いいか、先ほどの約束を忘れるなよ?今後オリヴィアを貶めるような発言をしてみろ。その時は私だけでなくカティーニ公爵家からも正式に抗議が行くと思え」


 カティーニ公爵家を敵に回したらこの国ではかなり不味いことになる。

 それはこの愚かなゴブレスにすらわかることだった。

 ゴブレスたちが慌ててその場を立ち去ったことにより、また和やかな雰囲気に戻る。

 レイモンドたちはソファに座り直し、先程までのやりとりを振り返った。


「あいつ馬鹿だなあ」

「まあ馬鹿でなければ途中で止まっただろ」

「人の婚約者を馬鹿にするとか……しかも相手はレイモンドだぞ?」

「まあ、あいつが自分の婚約者のことを馬鹿にしているからな」


 ゴブレスは自分の婚約者のことを他人に話す時、常に自分の方が上の立場であるかのように話すらしい。

 完全なる政略的な婚約な上に、相手があのゴブレスでは上手くいくはずもなく、婚約者との関係は冷え切ったものであるらしい。


「ほらゴブレスって、妙に自分に自信があるせいか従順な可愛らしい子が好みなわけだ。だが、お相手は派手なものを好まないご令嬢らしくてな。それに態度も可愛くないとよく言っているようだ」

「……馬鹿馬鹿しい。本当に愚かだなゴブレスは」


 相手のご令嬢のことが可愛くないと思うのは、好みの問題もあるだろうが、それ以上にゴブレスに問題があるからだとレイモンドは言う。


「どういうことだ?」

「初めから愛している女性と婚約を結ぶことなど稀だ。私だって婚約者のことを最初から愛していたわけではない」


 好感は持っていたがとレイモンドは言う。

 オリヴィアだって初めからレイモンドを愛していたわけではないだろう。


「愛とは歩み寄り、相手のことを考えて行動し、同じ時間を共有する中で育まれていくものだ。自分の為を思ってしてくれたことを嬉しく思いそんな彼女のことを可愛らしく感じる。自分を大切にしてくれる相手を、同じように大切にしたいと思うのは自然な事だろう?」


 そんな風に語るレイモンドを友人たちは口をぽかんと開けてみていた。


「……どうした?」

「いや……どうしたっていうか、なあ?」

「レイモンドが愛を語るとか、明日は大雨か?」

「……失礼な。お前らは私のことを何だと思っているんだ」

「いやいや、俺は知ってたさ。レイモンドは意外とロマンチストだってこともな」


 ギュンターがレイモンドの肩を組んでにやりと笑って言った。


「可愛いとか愛してるとか言っちゃってんの?」


 ギュンターを茶化すようにそう聞いたが、レイモンド予想に反してさも当然だというふうに頷いた。


「もちろんだ。できる限り伝えるようにしている」

「本当に?!よく言えるなあ。俺、無理かも」

「なぜだ?」

「なぜって、恥ずかしいだろ?」


 恥ずかしがる必要などどこにもないとレイモンドは思う。


「婚約者に愛を伝えて何が悪い。お前たちは婚約者から好きだと言われて嬉しくないのか?私は嬉しい。素敵だと言われればずっとそう言ってもらえるように努力しようとも思える。彼女も同じだと言っていた。そしてその言葉通り彼女はどんどん美しくなっていっている」


 堂々とそう言ったレイモンドをギュンターを始めとした友人たちは眩しそうに見つめた。


「それに、気持ちを伝えた時の彼女はまた一段と可愛らしいからな」


 柔らかく微笑むレイモンドが何を思い出しながら話しているかなど一目瞭然だった。

 何か悪いものが一気に浄化されそうな笑顔だった。

 するとそこへ使用人が一人近づいてきた。


「ご歓談中失礼いたします。オーウェル卿、コリンズ伯爵令嬢がご到着されました」

「ああ、ありがとう」


 レイモンドは一言礼を言うとスッと立ち上がった。


「悪いが私はここで抜けさせてもらうよ。また後でな」

「おお。あとでコリンズ伯爵令嬢のことちゃんと紹介してくれよ」

「ああ、それまでに飲みすぎるんじゃないぞ」

「わかってるって。じゃあな」


 レイモンドは軽く手を挙げて去って行った。

 心なしか足取りが軽そうに見える。


「……あれ、婚約者が到着したら教えてくれって言ってあったんだよな」

「だろうな」

「あそこまでレイモンドを虜にするコリンズ伯爵令嬢ってどんな子なんだろう」

「見たことはあるはずなのにあまり印象に残っていないんだよなあ」


 レイモンドに言ったら睨まれそうだが、正直あまり顔は記憶に残っていない。

 世間一般の印象と同じく頭は良いが地味という印象だ。


「まあレイモンドの言い分だと愛した分美しくなるらしいからな。会うのが楽しみだ」


 事実レイモンドは今まで以上に輝かしい男になっていた。

 もしかしたらオリヴィアもと思わずにはいられない。

 実際どんなご令嬢であろうがレイモンドの目には世界一可愛く映っているのだから自分たちは祝福するだけだとギュンターたちは思ったのだった。


オリヴィアを貶すやつは誰であろうと許さん!というレイモンドさんでした。

ある意味ではレイモンドの惚気の回。


可愛い、綺麗だって言われると女の子はどんどん可愛くなるらしいです。

そんでもって自分の為に可愛くあろうと努力する姿を見て、さらに可愛く見えるんだそうな。

これ男性にも言えますよね。

究極のポジティブ循環!みんな幸せ!笑


よく分からないあとがきになりましたが、今日はこの辺で。

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