5.お揃いの色
ブクマや評価ありがとうございます。
後半、糖分過多です。
自分としては砂糖をドバドバ投入したつもりです!
お気を付けください。
オリヴィアには彼女が在学中から婚約の打診がいくつか来ていた。
学園での成績は優秀だったし、顔もまあ地味ではあるが悪くもない。
社交だってしっかりこなせる。
貴族の女主人となるには申し分ない存在だった。
だからこそ上は侯爵家から、下は男爵家まで、嫡子の嫁にと望む家もあったのだ。
けれどコリンズ伯爵はそれらをすべて断ってきた。
「何でもね、オリーを望む家に限って女性にだらしのない方が多かったそうなの」
「……まあ」
オリヴィアであるならそんな男性でも受け入れてくれると思ったのか、はたまた息子を矯正してくれると思ったのかは定かではないが、結婚と恋愛は別だと考える者が多かったそうだ。
「コリンズ伯爵はそんな家に貴女を嫁がせるわけにはいかないとお断りしたそうよ」
実はコリンズ伯爵は娘のオリヴィアが密かに恋愛に憧れを抱いていることを知っていた。
こっそりと一途な恋を題材にした物語を読んでいることも知っていた。
そしてオリヴィアが夫となる人に誠実でありたいと願っていることも。
だからこそコリンズ伯爵はオリヴィアにとって一番良い相手は誰なのかと考えた。
考えに考えた末、カティーニ公爵家に釣書を送ることを決めたのだ。
伯爵位のコリンズ家からすれば、力のあるカティーニ公爵家は雲の上のような存在だった。
駄目で元々という気持ちもあったが、少しでも可能性を上げるため、コリンズ伯爵は娘が学園を卒業する間近まで釣書を送るのを待った。
卒業するより前にレイモンドの婚約が決まってしまったら、それは縁が無かったと諦める気だったそうだが。
けれど、運の良いことにレイモンドの婚約は決まらなかったためコリンズ伯爵はオリヴィアの為に婚約を申し込んだのだ。
学園を首席で卒業するほど自分の娘は優秀である。
学業だけでなく社交もそつなくこなす娘なら、公爵家に嫁いでもその力を遺憾無く発揮できるだろう。
もし足りないところがあったとしても、学ぶ意欲の高い娘ならば、必ず期待に応えるだろう。
身持ちも固く、公爵家の醜聞になるような事には絶対にならない。
「他にもオリーの良い所がたくさん書かれていたわ」
「まさか、父が……」
オリヴィアはこれまで父親は自分にあまり関心が無いのだと思っていた。
蔑ろにされるわけでもないが、成績表を見せた時だって「ああ」くらいの言葉しかもらえなかった。
一々見せに来なくても良いと言われたこともある。
「それは思いがすれ違うわけねえ。オリーを語るコリンズ伯爵の様子から察するに、それは『十分頑張っていることは知っている。そんなオリーが悪い成績を取るはずがないから、見せに来なくても大丈夫だ』ってところかしらね」
それ以外にも幼い頃に「お父様はお母様や私のことを愛していますか?」と聞いた際には、眉間に皺を寄せ固まってしまったことがある。
そんな父を見て「……ではお嫌いですか?」と泣きそうになりながら聞いたのだ。
それに対して嫌いではないという答えは貰えたが、その時オリヴィアは嫌われてはいないが愛されてもいないのだと認識した。
「……モリーと同じタイプだとすると“好き”という言葉がなかなか言えないのよ。良い大人が子供相手に何を恥ずかしがっているのかって話だけれどね」
なんだそれは。
非常に面倒臭い人だ。
「言葉にしなくては、何も伝わらないではないですか……」
オリヴィアは泣きそうだった。
もしセレスティアが今言ったことが本当なら、父親は自分を認めてくれていたということになる。
本当は「愛している」と言いたかったのだろうか。
自分のことを自慢の娘だと思ってくれていたのだろうか。
母を愛してくれていたのだろうか。
今の継母のことも愛しているのだろうか。弟のことは?
聞かなければ分からないことばかりだ。
継母はどうだか分からないが、少なくとも弟は自分と同じような考えだとオリヴィアは思っている。
だからこそ、優しい姉であるオリヴィアをよく慕っている。
自分が愛されてはいないのだと思っていた幼少時代のことを考えれば、もし誤解があるのならそれは早めに解くべきだろう。
「ありがとうございます、セレスティア様。帰ったら父に聞かなければならないことがたくさんありそうです」
瞳に涙を溜めて笑顔を見せるオリヴィアの手をテーブルの下でレイモンドがそっと握った。
大丈夫。
きっとセレスティアの予想通りだ。
レイモンドの温もりを感じただけで不思議とそう思えてしまう自分にオリヴィアは驚きとともに嬉しさを感じた。
「まあまあ、よく親の前でそんなにいちゃいちゃできるわねえ」
にこにこしながら二人に目をやるセレスティアに、オリヴィアは羞恥心から顔を赤くし、レイモンドは邪魔をするなと言いたげな視線を向けた。
「……仲睦まじいと言ってください。どこでそんな庶民の言葉を覚えてくるのですか」
「あら、これが庶民言葉だって分かる時点でレイモンドも大概よ?」
「……ッチ」
オリヴィアは隣から聞こえてきた舌打ちに思わず目を丸くした。
まさかこんな綺麗な顔をしたレイモンドがガラの悪い舌打ちをするなど思いもしなかったのだ。
「レ、レイモンド様……?今……」
「もうリヴィとの会話は十分でしょう?私は彼女を送ってきます。行こう、リヴィ」
そう言ってレイモンドは席を立ちオリヴィアの手を取った。
「え?ええ?レイモンド様?」
「良いのよ、オリー。こんな子だけれどこれからも仲良くしてあげてね」
「は、はい。あの、本日はお招きいただき本当にありがとうございました。今度また私とお茶をしていただけますか?」
「もちろんよ。その時にはぜひ私のことをお義母様と呼んでくれると嬉しいわ」
オリヴィアはレイモンドに手を引かれながらも精一杯丁寧なお辞儀をしてその場を後にした。
セレスティアは席に着いたまま手を振ってにこやかな笑顔で二人を見送った。
コリンズ邸に向けて走る馬車の中で、オリヴィアとレイモンドは二人きりになった。
「うちの馬車がいなくて驚きました」
「送っていくつもりだったから私が返した」
「そうですか……それよりもレイモンド様」
「何だ?」
「何だ、じゃありません!セレスティア様に挨拶もきちんとさせていただけないなんて。しかも何です、先程の舌打ちは。私驚きました」
オリヴィアと向かい合って座っていたレイモンドはオリヴィアの隣に移動するとドサッと座ってそのまま彼女に頭を寄せた。
「レ、レイモンド様?」
「昔、街でお忍びで遊んでいた時に知り合った子らのものが移った。街での一人称は俺だったし行動ももっとガサツだった。本当はそちらの方が楽だし性に合っている。下品ですまない。幻滅したか?」
「……そのような事で幻滅はしませんけれど、意外ではあります。普段からは想像もつかないので」
「癖になると困るから意図的に気を付けてはいた。舌打ちもしたのは久々だよ」
「今後も気を付けていただければ良いですわ」
「もちろん気を付けるよ。それにしても母には参ったよ。あの様子だと私が抜け出して街で遊んでいたことも知っているようだ。どこまで腕を伸ばしているのだか」
はあ、とレイモンドは深い溜息を吐く。
どうやら彼は親には気付かれていないと思っていたらしい。
公爵家の跡取りが護衛も付けず一人でふらふら歩き回れるわけもないだろうにとオリヴィアは思うが、レイモンドのこの言い方を見ると、彼もまたオリヴィアのように家族は自分にそこまで興味を持っていないと思っていたのかもしれない。
それは間違いだったと先程のやりとりで分かっただろうが。
「私、セレスティア様のようになれるでしょうか?」
「ならなくて良いだろう。リヴィには今のままでいてほしい」
オリヴィアは大真面目に言ったのに、すぐさまレイモンドに否定された。
「君は君のままでいい。私も父のようにはならない」
「あら、セレスティア様のお話を聞く限り素敵なお父様だと思いますけれど」
「母にとってはそうかもしれないが……私は子供に誤解を与えるような親にはなりたくない。愛情表現を惜しむつもりはないよ。幼少時代の、僅かばかりだが寂しさを考えれば同じような思いは子供にさせたくはないからね。それに私が君のことを好いているのだと周知させておかなければ、いつリヴィに手を出す輩が来るかと気が気でない」
そう言ってレイモンドはオリヴィアのこめかみに口付けを落とした。
その瞬間オリヴィアの頬が一気に赤く染まる。
「も、もう!」
オリヴィアは隣に座るレイモンドの腕をパシパシと叩いた。
そしてそのままレイモンドのシャツの袖をきゅっと摘まみ、目をぎゅっとつむったまま声小さめに呟いた。
「私だって、私だって婚約が正式に発表されたら、私たちは相思相愛なのだと皆様を牽制します。私なんかがって言われることもあるでしょうけれど、たしかに想いをいただいているのだと、そう言っても良いでしょう?レ、レイ様……」
何だ、この可愛い生き物は。
オリヴィアを見つめながらレイモンドは思った。
きっと少し馬鹿になったと思う。
婚約を結んだ日から日に日に愛しくなっていく婚約者はまだまだ可愛らしさに上があるらしい。
困った、大いに困った。
「レイモンド様……?」
返事が無いことに不安気に顔を上げたオリヴィアのなんと可愛らしいことか。
レイモンドはオリヴィアの肩を抱き寄せ、その耳元に口を寄せた。
「もう一度レイと」
「レイ、様」
「……はあ~、駄目だ。他の男が君の本当の魅力に気づく前にさっさと結婚してしまいたいよ」
「それは、私もそうですけれど。婚姻にはいろいろと準備が必要ですし……」
公爵家の跡取りの結婚ともなれば、それ相応のものにしなければならない。
もちろんドレスを始めとした準備にも時間が掛かる。
「分かっている、分かっているんだが……リヴィ、その可愛い顔を他の男に向けてはいけないよ?」
「可愛い顔?そのような事を仰るのはレイ様だけです。それにもし私がそのような顔をしているのであれば、それは相手がレイ様だからです。貴方が、そうさせているのです」
恥ずかしさから顔を背けていても、耳まで赤くなっているオリヴィアを目にすれば、その表情がどうなっているかなど手に取るように分かる。
(本当に、早く私のものにしてしまいたい……)
「リヴィ、こっちを向いて?」
レイモンドはオリヴィアの頬を親指でなぞるように触れた。
思わずビクッと肩を跳ねさせたオリヴィアにふっと笑い声を洩らすと、顔を赤くしたまま拗ねたような顔をオリヴィアはレイモンドに向けた。
「……悔しい」
「ん?」
「レイモンド様はいつも余裕ありと言うお顔をされているんですもの。私ばかりが情けない顔を晒してばかりです」
「レイだよ、リヴィ。照れた顔も、拗ねた顔も私には魅力的だ。この顔を見ることが出来るのも私だけだろう?」
なおもにこにこと話すレイモンドにオリヴィアはちょっとした反抗心が芽生えた。
「さあ、どうでしょう?レイモンド様だけではないかもしれませんよ?」
「……」
オリヴィアの言葉にレイモンドが笑顔のまま固まる。
自分だけに向けられた特別な表情だと思っていたこの顔を他の男も見たことがあるのかと想像しただけで腹立たしい。
「……他の男もこの顔を知っていると?」
「否定は致しません」
この言葉に笑顔を保っていたレイモンドの顔が歪んだ。
オリヴィアには今まで好いた男も、近しい男もいなかったはずだ。
先ほどの言葉も腹立たしいとは思ったが、オリヴィアが悔しさから言った言葉だと思っていた。
けれど今もオリヴィアは否定しなかった。
本当に自分の他にも彼女にこんな顔をさせる男がいたのかとレイモンドは腹立たしさを通り越して悲しくなった。
「……レイ様?……弟ですよ?」
急に大人しくなってしまったレイモンドに、オリヴィアは恐る恐る声をかける。
「……弟?」
「ええ、弟です。私、弟の前ではそこまで表情を繕いませんから意外と素の感情が出てしまうのです。……ふふ、何ですかそのお顔。可愛らしい」
情けない顔をしているであろう自分を見て、可愛いと言ったオリヴィアにレイモンドは驚いた。
「可愛い?情けないの間違いだろう」
「……ああ、そういうことね。レイ様、私にも分かりました。好きな人であればどのようなお顔をされていても可愛く思えるということですわね。凛々しいレイ様も、可愛いレイ様も、どちらも大好きです」
そのように言ったオリヴィアにレイモンドはたまらなくなって腕に彼女を閉じ込めた。
「レ、レイ様?」
レイモンドは恥ずかしがるオリヴィアの頭、耳、頬と次々と口付けを降らせ、頬にそっと手を添えると二人の視線が交わった。
「リヴィ……」
熱のこもった声でレイモンドはオリヴィアを呼んだ。
じっと見つめられるその目からオリヴィアは逃れる術を知らない。
二人の距離が少しずつ近づいていく。
この先に起こることを想像できても、オリヴィアにそれを拒む理由はどこにもなかった。
「レイ様……」
「リヴィ、私も君のことを愛している」
「レイさ――っん」
レイモンドの名を呼び掛けたオリヴィアの唇にレイモンドのそれが重なった。
唇からでも伝わってしまうのではないかと思うくらい心臓がうるさい。
どうしたら良いのか分からない初めての経験にオリヴィアはぎゅっと目を瞑り身を任せた。
ゆっくりと唇が離れる。
ほんのわずかな時間であったはずなのに、唇はじんじんと甘く痺れるようだった。
(く、口付けをしてしまったわ!ど、どうしましょう!どうしたら良いの?)
頬に添えられていた手が離れ、若干混乱しながらもオリヴィアがそっと目を開けると、目の前には目を手で覆い、顔を耳まで赤く染めたレイモンドがいた。
自分ももちろん赤くなっているだろうが、レイモンドまで同じような状態になっているとはオリヴィアには信じられなかった。
「レイモンド様……真っ赤です」
「言うな、いや、見るな。見ないでくれ」
これまで手の甲や手の平、指先、頭、頬と色々な箇所に口付けをされてきたが、このように赤くなったレイモンドをオリヴィアは見たことがなかった。
見るなと言われれば見たくなる。
好いた相手の貴重な表情だ。
けれど見ないでほしいと言われたものをじっと見つめるのもいかがなものか。
自分だったら止めてほしい、そう思うかもしれないとオリヴィアは視線をレイモンドから前方へと変えた。
横並びに座るオリヴィアとレイモンドに沈黙が訪れる。
けれど悪くない静けさだとオリヴィアは思う。
ドキドキして、ふわふわして、恥ずかしくて、幸せで。
ちらっと横を見れば、レイモンドが必死にいつもの自分に戻ろうとしているのが見て取れた。
思わずオリヴィアはふふっと笑ってしまった。
「……笑わないでくれないか」
それをレイモンドにしっかり見られていたようだ。
「だって、私だけだと思ったらレイモンド様まで真っ赤なのですもの」
「仕方が無いだろう。私だって初めてだったんだ。こんな、こんなにも他の場所と違う気持ちになるなど……分からないだろう」
オリヴィアからすれば、場所はどこでも恥ずかしいことに変わりはない。
まあ唇はその中でも特にアレだが。
先ほどの口付けを思い出し、オリヴィアはついニマニマと頬を緩めた。
「リヴィ、だから笑うなと」
「い、いえ、あの、お揃いだなと」
「お揃い?」
「ええ、いつだってレイ様は余裕がおありでしたでしょう?でも今回は、私たちお揃いです。ここを許したのですから、責任を持って私をもらってくださいね?」
そう言ってオリヴィアは頬を染めながら微笑んで自分の唇にそっと触れた。
「そんなもの、そんな責任など無くても私はリヴィを離したりしないよ。私には君だけだ」
「私も貴方だけです」
見つめ合って微笑む。
馬車の中には何とも言えない甘い雰囲気が漂っていた。
いかがでしたでしょうか?
ニマニマしてもらえたら良いなあと思います(*ノωノ)
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