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4.本当の姿は妻のみが知る

 

「母上、リヴィだけは駄目ですよ。それは私だけが呼ぶ名です。諦めてオリーにしておいてください」

「レイモンド様!」

「やあ、リヴィ。母に何か意地悪なことは言われてないかい?」


 サンルームに姿を現したレイモンドはごく自然にオリヴィアの隣の席に座りながら彼女に笑いかけた。


「あら、酷い言い様ね。そんなことするわけないじゃないの。愚息の馬鹿げた発言を心配していただけよ?ねえ、リヴィ?」

「は、はい。あの」

「……母上、わざとやっているでしょう」


 レイモンドは髪をかき上げながら溜息を吐く。

 その横顔を見ながらそんな仕草までも素敵だとオリヴィアは感心した。


「もう一度言います。リヴィだけは駄目です」

「……ふっふふ、ふふふふ」

「セ、セレスティア様?」


 またしても肩を震わせ笑い始めたセレスティアを前に、オリヴィアはどうしたら良いのか分からない。

 レイモンドといえば、そんな母親を白けた目で見ていた。


「ふふふっ、あーもう、おかしいったら!貴方いつからそんなに面白い子になったのレイモンド」

「私は昔からこうです」

「あら、じゃあずいぶんとこの母に隠し事も多いのではない?暴きたくなってしまうわ」

「探られて困るような秘密はありませんのでどうぞご自由に」

「……つまらない子ねえ。本当にこの子で良いの、オリー」

「……っ!はい、レイモンド様が良いのです」


 オリヴィアのことをオリーと呼んだセレスティアはその答えを聞いて嬉しそうに笑った。


「嫌だと言われても今さら手放してなどやれないけれどね」


 ふっと笑ってレイモンドはオリヴィアの髪を愛おしそうに撫でた。

 それだけでオリヴィアの頬は赤く染まるのだ。


「いやだわ、本当に愛の言葉を口に出来るのね」


 セレスティは感心したように言うと、その後に「そこはモリーとは違うのね」と続けた。

 モリーというのはカティーニ公爵モルディアスの愛称だ。


「私はリヴィを愛していますから。……父上には無理でしょう」


 レイモンドは父親のモルディアスの顔を思い浮かべながら呟いた。

 モルディアスとセレスティアの間には、自分とオリヴィアのような愛情は無いとレイモンドは思っている。

 加えてモルディアスはどちらかと言うと寡黙な部類に入る男で、セレスティアの名前すら呼んでいるのをあまり聞いたことがなかった。

 呼んでいたとしても大体は「おい」とか「君」とか、そういった感じだ。

 そんな父親が愛の言葉を囁いているところなんて想像するのも難しい。

 けれど、レイモンドの呟きを拾ったセレスティアは、不服そうな声を上げた。


「レイモンド、あなた自分の父親のことを何だと思っているの。それに……オリーから話を聞いた時も思ったのだけれど、貴方少し私とあの人について誤解をしているわよ」

「誤解、ですか?」

「ええ、そう」


 オリヴィアはこの時、先程のセレスティアとの会話を思い浮かべていた。

 セレスティアはレイモンドが妻となる人以外に恋人を作るなんて不誠実なことはしたくないと言ったと伝えた時、たしかに「あの人そっくり」と言っていた。

 つまりそれは、モルディアスも過去に同じような事をセレスティアに言ったということではないのだろうか。


「モリーは貴方と同じよ。妻以外に女性を傍に置くなんて不誠実だと思う人なの。私のことも、家族としてだけではなく女として愛してくれているわよ」


 やっぱり、とオリヴィアは思うのだけれど、ずっと二人を見てきたレイモンドは納得がいかない様子だ。


「……母上の思い込みではなく?」

「失礼ね。その頬捻りあげるわよ。モリーは貴方と違って恥ずかしがり屋なの。ペラペラと愛の言葉なんて吐けないのよ」

「私の言葉が軽く思われているようで心外なのですが」

「私が愛されていないと思われていたなんて心外なのだけれど?」


 レイモンドとセレスティアが笑顔のまま睨み合う。

 オリヴィアは成す術無くおろおろと二人に視線を向けていた。


「……たしかに母上を大切にはしていますが、名前すら呼ばないではないですか」

「ふっ、まだまだ青いわねえ。目に見えているものだけが全てではないの。言ったでしょう?恥ずかしがり屋だって。二人きりの時はちゃんと呼んでくれるんだから。ティアって呼んでくれるわ」

「……嘘でしょう?」

「やっぱり一回その頬貸しなさいな。いえ、両頬寄こしなさい」


 セレスティアはわざとらしく両手を開いて見せた。

 そしてレイモンドに謝らせた後、セレスティアはモルディアスとのことを語りだした。


 噂通り、モルディアスには元々婚約を結ぶはずだった女性がいた。

 侯爵家の令嬢だったその女性は1歳年下のモルディアスの幼馴染で、幼い頃から仲が良く、女性が学園を卒業したら婚約を結ぶはずだった。

 モルディアスは確かに彼女を好いていたし、彼女もモルディアスのことを良く思っていたはずだった。

 けれど、モルディアスが先に卒業した後、その女性は学園で声をかけてきた男と恋人関係になった。

 モルディアスは一人の女性を誠実に愛したい男だったが、女性の方は恋愛を楽しみたいタイプだったのだ。

 モルディアスが学園からいなくなり、彼の目が届かなくなったことで欲望に忠実になった女性は恋愛を存分に楽しんでいた。

 そして、開放的になり過ぎた彼女はまた別の男性と身体の関係を持ち、子を宿してしまったらしい。


「……それは、まあ、何と言うか」

「酷い話よ。しかもモリーはその時初めてその女性に他に恋人がいたことを知ったのだから、ショックも大きかったでしょうね」


 子供の父親の男は隣国からの留学生で、家柄も容姿もモルディアスには劣っていた。

 女性は子を産んだら里子に出す、結婚したいのはモルディアスだと言ったらしい。


「信じられない……理解できません」

「恋愛と結婚は別。子を産めることが分かったのだから、貴方の子をたくさん産んであげるとまで言ったそうよ」


 セレスティアは当時を思い出しているのか非常に不愉快そうな表情を浮かべた。


「もちろんモリーはそんなの受け入れられなかった。それはそうよね。そもそも考え方が違うのだもの。彼からしたら同じ人間とは思えない発言だわ」


 モルディアスと婚約を結べなかった女性は、そのまま隣国の男へと嫁ぐことになったらしい。

 そして同じ頃、王宮にて大規模な夜会が開催された。

 そこに傷心のモルディアスも参加していた。

 気分転換にと連れて来られた夜会だったが、とても楽しむことなど出来なかったモルディアスは、一人会場を抜け出し、庭園の奥にある噴水の前のベンチに腰掛けていたそうだ。


「私はまだその時王女で、面倒事から逃げるために会場を抜け出して噴水の所まで行っていたの。そこでモリーと出会った。その時あの人ね、泣いていたのよ。その姿に、恋に落ちたの」


 声を押し殺し、静かに涙を流すその姿にセレスティアは釘付けになった。

 モルディアスの幼馴染の女性の所業は周囲には知られていなかったし、彼より7歳も年下のセレスティアはその男性がカティーニ公爵令息であることすら知らなかった。

 けれど、好きになってしまった。


「どうしようもなく胸がときめいて、いてもたってもいられなくて思わず声をかけてしまったわ。モリーは私のことを知っていたみたいで、名前を聞いたら答えてくれて、会場に戻るまでのエスコートもしてくれたの」


 セレスティアはすぐに動いた。

 彼から聞いた名はモルディアス・カティーニ。

 何と運の良いことだろうとセレスティアは喜んだ。

 あんな場所に一人でいるくらいなのだから婚約者はいないはず。

 そしてカティーニと言えば、力のある公爵家だ。

 もしも自分が彼に嫁ぎたいと言っても許される家であることは明確だった。

 セレスティアは夜会の翌日には父である国王に婚約者を決めるのであればカティーニ公爵家のモルディアスにしてほしいと嘆願したのだ。

 セレスティアを溺愛していた国王は娘の頼みを聞き入れた。

 もちろん相手がカティーニ公爵家の者だったことが良い方向に働いたのは言うまでもない。

 ただし、まだセレスティアが若かったこともあり、まずは顔合わせだけで正式な婚約は1年経ってもセレスティアの気持ちが変わらなければという、カティーニ公爵家にとっては非常に迷惑な物であった。


「横暴が過ぎるわよねえ。もし1年後に気が変わっていたら相手の1年を無駄にさせるんだから。お父様にも困ったものだわ」

「そこは母上が強く止めるところでしょう」

「もちろん言ったわよ。絶対に気持ちは変わらない。何が何でも結婚するわって。けれどモリーがねえ……」


 裏切られたことによりすっかり自信を失っていたモルディアスは、その提案を嬉々として飲んだ。

 そして初めて顔を合わせた時、セレスティアはモルディアスから彼が泣いていた理由を聞いた。

 そして言われたのだ。


「私は妻となる人以外を愛することはありません。その一人に対して誠実でありたいのです。そして妻となる女性にもそうであってほしいと思っています。そういう女性でなければ私は愛せない。互いに不幸になることは目に見えています。ですから王女殿下もこの一年でよくお考え下さい。一人の男で満足できるのか、本当に私だけを愛せるのか、もしできるなら……その時は私と婚約を結びましょう」


 その言葉を聞いてセレスティアはどう思ったか。

 彼女は喜んだ。心の底から歓喜した。

 モルディアス一人を愛すれば、彼のたった一人の女性になれるのだ。

 喜ばない訳が無い。

 そもそもなぜ皆ああも恋人を作るのかセレスティアには理解出来なかった。

 政略結婚だから?自分で決めた相手ではないから?

 馬鹿げている。

 たとえ人に決められた相手だとしても、その相手となぜ愛を育もうとしないのか。

 そう思っていたセレスティアだからこそ、モルディアスの提案は嬉しかったし、ますます彼のことが好きになった。

 そして一年後、その気持ちは変わることなくセレスティアとモルディアスは婚約を結んだのだ。


「事情を知らない周りからは色々と言われたけれど、どうってことなかったわ。モリーは言っていた通り、私だけを見てくれたし、私もモリーだけしか見なかった。彼は口下手だったからレイモンドのように愛の言葉をくれたりはしなかったけれど、結婚式の時に初めて愛しているって言ってくれて泣いてしまったわ」


 ふふっとセレスティアが笑う。

 その顔は本当に幸せそうだ。


「つまり私たちはしっかり愛し合っているの。それなのに、なーんでこの子には伝わっていないのかしらね。不思議だわ。もう少し心の機微を感知できるようになりなさいな」


 セレスティアはじとっとレイモンドを睨んだ。

 その視線を受けたレイモンドは不服そうだ。


「そんなの、私でなくても分かりませんよ。一緒にいるところすらあまり目にしませんし」

「それはあの人が忙しいのがいけないのよ。それにモリーは人前でくっつくと恥ずかしがって逃げるのだもの」

「分かりようがありません。もっと早く教えてくれれば良かったものを」

「レイモンド、貴方親の惚気話を聞きたい?まさか異性としての愛情が無いと思われているなんて思いもしないのに自分から話すわけがないでしょう?」


 親の惚気話。

 聞きたいような、聞きたくないような。


「まあそのせいで拗らせて、レイモンドがオリーにあんな発言をしてしまったことは少し申し訳なく思うけれど」


 怒って話を聞かず、すれ違ってしまっていても不思議ではなかったのに、レイモンドの話を最後まで聞いてくれてありがとうとオリヴィアは感謝された。


「たしかに、言われた時には驚きましたけれど……けれど、あれがあったからこそレイモンド様のお考えを知ることが出来たので良かったのだと思います。最初にがっかりしたからこそ、その後のお話もとても素晴らしいものに感じましたし」

「……がっかりしたのか?」


 オリヴィアの言葉にレイモンドは驚いたような視線を向けた。

 そんなレイモンドに対しオリヴィアは同じように驚きの視線を向けた。


「まあ!がっかりしなかったとお思いでしたの?婚約が決まって初めてきちんと話す相手に恋愛結婚がしたかったのだと言われたら、この婚約を不服に思っているのだと考えるのが普通です。私とは結婚はするが恋愛は他の方とすると言われたのかと思いました」


 少し拗ねたようにオリヴィアは話す。


「レイモンド様はお顔も能力も素晴らしいものをお持ちですし、とても人気があることも知っていました。ですから私のような地味な女ではお気に召さなかったのだろうと――」

「君は地味なんかじゃない」


 レイモンドはオリヴィアの言葉を遮って彼女を見つめながら言った。


「ええ、そうね。貴方は地味なんかじゃないわ、オリー。内面から滲み出る美しさがあるもの。レイモンドにはもったいないくらいよ」

「その通りです、母上。よく分かっておられる」


 セレスティアの言葉にレイモンドは深く頷いた。

 彼女は素晴らしい女性なのだとレイモンドは思っている。


「リヴィが他の誰かの物になる前で本当に良かった」

「必要の無い心配です。何の自慢にもなりませんが、私は婚約のお申込みすら受けたことがありませんもの」


 多くの女性は在学中に婚約が決まっていくが、オリヴィアにはそのような話は一度もなかった。

 オリヴィア自身も声をかけられたことはないし、父親からもそのような話を聞いたことがない。

 コリンズ伯爵家には爵位を継ぐ男児がいる。

 オリヴィアが家に残り、伯爵家を継ぐことは有り得ない。

 とすれば、オリヴィアがいつまでも嫁ぎもせず家に残ることは迷惑でしかないはずだ。

 にもかかわらず、卒業するまで婚約者が出来なかった自分は誰からも申し込まれず、誰にも受け入れてもらえなかったのだろうとオリヴィアは思っていた。

 だからこそ、今こうしてレイモンドの婚約者としていることが奇跡のようにも感じられるのだ。


「あら、それは違うわ。貴女もしかして何も聞かされていないの?」


 そんなオリヴィアの考えをセレスティアが否定した。


「いやだわ。コリンズ伯爵もモリーと同じで口下手な方なのかしら」

「え?どういう意味でしょう?」

「そうねえ、別に話さないでくれとは言われていないし……オリーもレイモンドのように勘違いしているのなら話してしまっても良いかしらね」


 そう言ってセレスティアが教えてくれたことは、オリヴィアには寝耳に水な話だった。



今回はレイモンドの両親のお話メインになってしまいました。

甘さが、甘さが足りん……щ(゜Д゜щ)))

というわけで次は砂糖ドバドバにしたいと思います。

出来るかな。

……やってみせる。

私はにやつくくらい甘い話が書きたいし読みたいのです。

これを読んでくださっている皆さんならきっと同じ思いのはず!

というわけで頑張りますo((>ω< ))o


ブクマ、感想&誤字報告などありがとうございます。

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