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16.最後の贈り物

 

 約2週間ほど前からオリヴィアはカティーニ公爵邸で生活をしている。

 結婚式の準備の最終確認など色々忙しくしていたが、それももう終わり、後は本番を迎えるだけとなった。

 そして今日は結婚式の前々日。

 オリヴィアは生家のコリンズ伯爵邸に戻ることになっていた。

 結婚式当日は朝早くから準備があるため、前日から再びカティーニ公爵邸に泊まることになっている。

 つまり今日がオリヴィアがオリヴィア・コリンズとして実家で過ごす最後の日になるということだ。


「楽しんでくるんだよ。明日の夕方には迎えに行くから」

「ありがとうございます。けれど、無理なさらないでくださいね?レイ様だってお忙しいのですから」


 馬車の前で、たった一日実家に戻るだけのオリヴィアの手をレイモンドは離れがたいといった様子で握っていた。

 昔からレイモンドを知っている古い使用人は、オリヴィアと婚約を結んでからの彼の様子を「坊ちゃんはこんなにも愛情深い人だったのだな」と思いながら見ていた。

 恋愛結婚をする者もわずかにいはするが、まだまだ政略結婚が当たり前の貴族の婚姻において、これだけ愛情を注げる人と巡り会えたことは幸運だろうと思っている。


「無理なんかしないさ。私がただ早くリヴィに会いたいだけだ」

「たった1日だけですわよ?」

「そうなんだけれどね。ここ最近はリヴィが屋敷にいるのが当たり前になってしまっていたから。……なぜ笑う」

「ふふ、可愛らしいなと思いまして」

「……可愛いなどと言われても嬉しくないのだが。君は夫となる私を子ども扱いする気かい?」


 レイモンドが不満げにそう言えば、オリヴィアはまたくすくすと笑って「こんなに素敵な方を子ども扱いなどどうしてできましょう」と言った。


「お義母様曰く、『殿方を可愛く思えたらそれはもう愛ね』だそうですよ?」

「母がそんなことを?……ちょっと待ってくれ、ということは母にはあの父が可愛く見えているのか?」


 セレスティナはモルディアスが愛を囁いた後、わずかに照れるところが可愛いのだと言っていた。

 オリヴィアがそう言うと、レイモンドが難しい顔をしながら「駄目だ、私には理解できない」と言ったのでオリヴィアは笑いを堪えるのに難儀した。


「私は何となく理解出来ますわ」

「……まあこの歳になった私のことを可愛いなんて言う人はリヴィくらいだろう」

「まあ嬉しい」


 それはオリヴィアにとって嬉しい言葉だ。

 レイモンドの嫉妬心や拗ねたり甘えたりする表情はオリヴィアを愛し、心を許しているからこそ向けられるものだと知っているから。


「そろそろ行きますわ」

「ああ、気を付けて」


 レイモンドはオリヴィアの頬に軽く口づけると、そのまま流れるように唇をかすめ取ろうとした。

 しかしオリヴィアの手によってそれは阻止されてしまった。


「レイ様!ここはお外ですよ!」

「……明後日には夫婦となるのだから良いだろう」

「人目があるではないですか。人前でするわけがないと仰ったのはどのお口でしたかしら」


 オリヴィアは顔を赤くしながら周りにいる使用人を見回した。


「何だ、そんな事か」


 レイモンドが目配せすると、使用人たちはわざとらしく視線を逸らす。


「これで問題ないな」

「~~っ、そういうことではございません!」

「問題ない。ここはうちの敷地内だ。人の目ももうない。それに王女殿下からのお言葉もあるしな」

「お、王女殿下はレイ様の欲の免罪符ではありません!」


 以前王女殿下が言っていた「二人の間に入り込める隙が無いとわかるように見せつけろ」という言葉をダシに迫ってくるレイモンドの胸をぐいぐいと押し返した。

 しかし、その手をレイモンドの大きな手に掴まれて、少しバランスを崩したオリヴィアをレイモンドは受け止めると、すかさず無防備になった彼女の唇に自分のそれを重ねた。


「レイ様!」

「ははっ!本当に結婚式が待ち遠しいよ。ではリヴィ、気を付けていっておいで」


 結婚式を目前に控え、明らかに浮かれた様子のレイモンドを使用人たちは生暖かい目で見守る。

 オリヴィアのような女性が女主人となるならこの公爵家の未来もまた明るいものになるだろう。

 他家の侍女たちから耳にするような、貴族令嬢にありがちな傲慢で我儘なところなどこのオリヴィアには一切ない。

 現時点でも働きやすい職場だとは思っているが、この二人なら代替わりをしても誠心誠意お仕えすることができるだろうと皆安心しているのだ。


「言われなくてももう行きますわ!」


 プリプリと怒りながら馬車に乗り込んだオリヴィアは、出発直前に小窓から顔を出し「……私だって待ち遠しいんですからね」と言い残し去っていった。

 レイモンドは遠くなっていく馬車を笑顔で見送りながら、側にいた使用人に「私の婚約者は可愛すぎやしないか?」と真剣な声音で言ったのだった。






「おかえりなさい、姉上!」


 馬車から降りるなり、アスランがオリヴィアに勢いよく抱き着いた。


「あらあら。いつものアスランはどこにいったのかしら」


 アスランはまだ幼いながらも非常にしっかりとした子だ。

 きちんとした教師がついてからはこのような行動はしたことがなかった。


「今日は良いのです。だって姉上はもうすぐ義兄上のものになってしまうでしょう?」


 そう言ってぎゅっと抱きついてくるアスランをオリヴィアも抱きしめ返していると「おかえりなさい、オリヴィア」と声を掛けられた。


「エレナお母様、お父様。ただいま戻りました」

「アスランったらずっと門の側で待っていたのよ。さあさあ、中に入りましょう」


 こうして家族に迎えられると以前あったいざこざなど無かったかのような錯覚に陥る。

 家族間の溝を作ったのも父親なら、その溝を壊す最初のきっかけとなったレイモンドとの婚約を打診したのも父親なのだから、何がどう作用するかはわからないものだ。


「どうした、オリヴィア」


 過去を懐かしみながら考え事をしているとジョナサンに話しかけられた。


「いえ、いろいろあったなと」

「そうね。ジョナサンの言葉が足りないせいでいろいろありましたものね」

「……」


 オリヴィアの含みを持たせた言葉にジョナサンが固まると、すかさずエレナから追撃がかかった。

 どうやらエレナは子供たちとジョナサンの仲を取り持ちたいと何度も言っていたのに、当のジョナサンから自分が言うから何もするなと言われていたため、長い間わだかまりが解けなかったことにひどく腹を立てているらしい。


「それは、反省している。もう同じ失敗はしない」

「お父様」

「そうです、姉上。最近の父上は以前と違って僕ともよくお話しをしてくれるのです!それに、どうしても言葉で言えなかった時はあの日記帳を見せてくれるようになりました」

「まあ、あの日記帳を?」


 オリヴィアやアスランのことを天使だ妖精だ天才だと記したあの日記帳。

 普通に言葉で褒めるよりもよほど恥ずかしいと思うのだが。

 ちらっとジョナサンを見れば、ばつが悪そうな顔をして「もう誤解されるのはこりごりだ」と言った。


「まったく。オリーとアスランでなければもっと捻くれた性格の子になっていたでしょう。本当にあなたたちのような優しい子が私たちの子供で良かったわ。ねえ、ジョナサン?」

「ああ。自慢の子供たちだ」

「ふふ。きっとオリーのご生母のシャナン様もそう思っているわ」

「お父様、エレナお母様……ありがとうございます。これからもそう思っていただけるよう、精いっぱい努力してまいります」

「僕も!僕も姉上に負けないように頑張ります!」


 とても温かい、優しい時間だった。

 そして今までのすれ違っていた時間を埋めるように、家族4人でゆったりと時間を過ごしたのだった。


 その日の夜、オリヴィアは一人ジョナサンのもとを訪れた。


「お父様。あまり遅くまでお酒だなんて感心しませんわよ?」

「……今日はそういう気分なんだ。こんな時間にどうした?」


 グラスの氷をカランと鳴らし、ソファにゆったりと腰を掛けたままジョナサンが聞いた。


「お父様にお礼を、と思いまして」

「お礼?私に?……まあ、とりあえず立っていないでオリヴィアも座りなさい」

「いえ、すぐ済みますので」


 そう言ってオリヴィアはジョナサンの側に来ると、口を開いた。


「お父様。カティーニ公爵家に婚約の打診をしてくださり、本当にありがとうございました。あの頃も、お父様は私のことを考えていてくださったのに……そのことに私は気づきもしませんでした。けれどお父様のおかげで、レイモンド様という素晴らしい婚約者を得ることができました。私今とても幸せなんです。至らぬ娘ではございましたが、今では心からお父様とお母様、そしてエレナお母様の娘であれたことを嬉しく思います。本当に今までありがとうございました」


 オリヴィアは笑顔でそう言って、スカートの裾を摘まみ完璧なカーテシーをしてみせた。

 突然そんなことを言われたジョナサンは最初は目を瞠っていたが、手にしていたグラスをテーブルに置くとゆっくりとオリヴィアの前に立った。


「……お前はこの父のおかげだと言ってくれたがそれは違う。私はただ打診をしただけだ。オリヴィアがカティーニ公爵家に認められたのも、オーウェル卿に選ばれたのも、全てはお前の努力の賜物だ」


 そこまで言うとジョナサンはオリヴィアの両肩に手をおき、ふうっと深い息を吐いた。


「何事にも挫けず、腐ることなく自分を高めることができたオリヴィアだからこそ今があるのだ。……この愚かな父のもと、よくぞここまで立派な女性に育ってくれた。お前は私たち家族の誇りだ。この先、家格が上の家に嫁ぐことで大変なこともあるだろう。だがきっとオリヴィアなら乗り越えられる。オーウェル卿は私と違い、言葉でも態度でもお前を支えてくれるだろう」


 そう言ったジョナサンの顔は今までに見たことがないほど穏やかな、慈しむような笑みを浮かべていて、オリヴィアは父親からの今までにないほどの愛情を感じた。

 ジョナサンはオリヴィアをそっと抱きしめ、そして絞り出すように言った。


「オリヴィア、どうか幸せに。嫁いでも私たちはいつまでもお前の家族であることに変わりはない。ずっと、ずっとオリヴィアのことを想っている」

「……はい……はい、お父様。私もずっと想っています」


 ジョナサンを抱きしめ返したオリヴィアの目には大粒の涙が滲んでいた。



遅くなりました…。

活動報告に「8月中にもう1話」と書いたのに間に合わんかった…(´・ω・`)

不定期更新なのにいつも読んでいただきありがとうございます!

いただくコメントやメッセージも嬉しく拝見しています。

のんびり更新ですがこれからもよろしくお願いします。

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