14.オリヴィアの価値
久々にお砂糖成分出てきました(*´V`*)
「コリンズ伯爵令嬢、ちょうど良かったわ。こちらにいらして」
主催者のソル夫人がオリヴィアたちに声を掛けて手招きした。
オリヴィアが傍に行くとレイモンドは「やあ、リヴィ。楽しんでいるかい?」と優しく問いかけた。
「ええ。素晴らしいお庭で見ているだけで心まで華やかになりました」
「それは何よりだ。こちらの庭園は一年通して素晴らしいと名高いからね。時間さえ合えば私も参加したかったよ」
「次回はオーウェル卿も参加なさってくださいな。愛しの婚約者様とご一緒に花を愛でればまた格別でしてよ」
「ソル夫人の仰る通りですね。ぜひそうさせていただきます」
“愛しの婚約者”という部分をするっと肯定し、レイモンドはにこやかに返す。
オリヴィアだけがわずかに頬を染めてちらっとレイモンドを見れば、その視線に気づいたレイモンドはまた愛し気に目を細めた。
「あらあら、まあまあ!お二人が仲睦まじいという噂は本当のようですわね。ほほほ」
「ええ、彼女と巡り会えた幸運を神に感謝したいくらいですよ」
「……っ、それはそうとレイモンド様。なぜこちらに?」
居たたまれなくなったオリヴィアは話を変えようとレイモンドの腕にそっと手を添えて声を掛けた。
「ああ、王城で王女殿下から君宛にお茶会の招待状を預かってね。なるべく早く渡してほしいからこれを持って君を迎えに行って来いと言われたんだよ」
「まあ、王女殿下から?コリンズ伯爵令嬢は王女殿下とも親しくしていらっしゃるの?知らないだなんてお恥ずかしいわ」
王女殿下から直々に手紙をもらうことは貴族としては大変名誉なことである。
しかもその手紙を婚約者であるレイモンドに託したとなれば、王家が二人の婚約を快く思っているということを表しているようなものだ。
「オリヴィアは以前、王女殿下の側仕えにならないかと声を掛けていただいてたのですよ。その時にはすでに私との婚約が決まっていたので丁重にお断りさせていただきましたが」
レイモンドの言葉にさらに周囲がざわめいた。
レイモンドの母のセレスティナは王妹であり、つまり王女殿下はレイモンドの従兄妹に当たる。
その関係で招待状をもらうことは有り得る話で羨ましい限りだと皆思ったが、実際はそれだけではなかった。
レイモンドの婚約者というだけでなく、オリヴィア自身も高く評価されているということが今の会話からわかったのだ。
「まあ、まあ、まあ!そうでしたのね!オーウェル卿からも王家からも望まれるなんて素晴らしいことだわ!」
「いえ、そんな。まだまだ勉強が必要な身ですので」
オリヴィアがそう言えば、ソル夫人は苦笑して「本当に貴女は謙虚ねえ。もっと自慢しても良いことでしょうに。ねえ、オーウェル卿?」と言った。
「ええ。ですがこの謙虚さもまた彼女の美点と言えるでしょう」
「本当にお熱いこと。今は春だというのにここだけ真夏のようですわね」
そうして始終和やかに会話をし、挨拶をして一足先に会場を出ることになった。
「申し訳ない、カナン子爵令嬢。君まで一緒に帰らせることになってしまって」
「ごめんね、ベティー」
オリヴィアが帰るので、当然一緒にやってきたベアトリスも帰ることになる。
レイモンドとオリヴィアが申し訳なさそうに言うと、ベアトリスはカラッと笑った。
「私ももう十分楽しみましたので。気にしないでください。それに本日の最大の目標は達成いたしましたので」
「目標?」
「ええ。気になるならオリーから聞いてくださいませ。私はこれ以上お二人の邪魔をしないよう退散いたしますわ。オリー、またね」
「また近い内に会いましょうね」
ベアトリスと別れたオリヴィアたちはレイモンドの馬車に乗ってカティーニ公爵家へと向かっていた。
「このままうちで夕食を取って行ってくれ」
「ぜひご一緒させてください。我が家へは――」
「すでに使いの者をやってあるよ」
オリヴィアが誘いを断ることなど想像もしていないらしい。
まあ断らないが。
「それはそうとレイ様、よろしかったのですか?」
「何がだい?」
「もう、わかってらっしゃるくせに。王女殿下の招待状をあの場で出されたことと、側仕えのお誘いを受けていたことを皆様に知られたことです」
特に、王家からの誘いを受けたにもかかわらず断ったことを言ってしまって良かったのかとオリヴィアは不安に思った。
「ああ、いいんだよ。むしろ王女殿下からわざと人の集まるパーティー会場で言ってこいと急かされて来たんだから」
「どういうことでしょう?」
「弁えない者たちの排除に一役買ってくださろうとしたようだね」
レイモンドの話によると、あの夜会以降、王女殿下の耳にも二人の婚約に対して、というよりオリヴィアに対していろいろと言う噂が届いていたらしい。
「王女殿下は『レイモンドが言われる分にはどうでも良いわ。けれど一度は私が側仕えとして選んだコリンズ伯爵令嬢を馬鹿にするなんて許さないわ。彼女がどれほど価値のある人間なのか愚か者たちに教えてあげなさい』と言ってこの招待状を私に託したというわけだ」
「まあ……それは、あの、光栄ですわ。私への評価が高すぎて恐ろしいくらいですけれど」
「高すぎるということもないだろう。リヴィはそれだけ優秀だし魅力的だ」
今日も当たり前のように隣に座ったレイモンドはオリヴィアの髪を弄りながらそう言った。
「ありがとうございます」
優秀であると言われたオリヴィアは否定しなかった。
否定したところで、それをさらに否定する言葉が返ってくることが目に見えていたからだ。
なにせこのやりとりはこれまでにも何回もしたのだから。
その度にオリヴィアはレイモンドに言い負かされた。そして「あら?誰からも認められているレイ様が言うのなら本当にそうなのでは?」と自分を見失いそうになるのだ。
だからオリヴィアはレイモンドからの言葉は素直に受け取るようにしている。
「レイ様にとって魅力的な女性でいられるのならば嬉しいことですわね」
「リヴィは出会った時からいつだって素敵な女性だよ。さて、そんな可愛い私の婚約者殿は今日のパーティーを楽しめたのかな?」
「ええ。カティーニ公爵邸とはまた違った趣のお庭で美しかったです。ただ、いろいろとレイ様にお話しなければならないこともありますけれど」
「いろいろ?……もしかしてアレ、使ったのか?」
レイモンドはわずかに眉をしかめ、オリヴィアを心配そうに見つめた。
「いいえ。使用せずに撃退いたしました。けれど、レイ様とカティーニ公爵家の名を使用してしまいましたの」
オリヴィアはゴブレスやアトリスたちとのことを事細かく話した。
特にアトリスたちからは自分を通してレイモンドやカティーニ公爵家を侮辱していると取られても仕方のない言われ方をしたことから、公爵家の名を出したことを告げた。
「……彼らは馬鹿なのか?」
「申し訳ありません。ゴブレス様はともかくご令嬢方のほうは内容が内容だけに公爵家の名を出させていただきました」
「リヴィが謝る必要などない。きっとそういう輩は我が家の名を出さなければ君に何を言っても公爵家が口を挟むことはないのだと都合の良いように取りそうだからな。助長する前に各家には正式に抗議しておいた方が良いだろう」
レイモンドは腕を組んで呆れたように言った。
「まったく……、ご令嬢のうち二人は私の婚約者候補に挙がっていた者だと思うと頭が痛いな」
「だからこそ、だと思いますよ?今まで気にも留めていなかった私がレイ様の隣に立つのが許せないのでしょう」
だからと言ってオリヴィアを侮辱して良い理由にはならないだろうとレイモンドは思う。
そんな人物が二人も残るなんて婚約者候補の選考基準に性格は入っていなかったのか、もっと総合的に判断するべきだろうと言いたい。
「あの方たちは今まではほとんどがご自分の思い通りになってきたのでしょうね」
せいぜい同格のご令嬢と牽制し合うくらいだったのだろう。それゆえ誰かに対してそこまで攻撃的になる必要も無かったのではないだろうか。
初めての挫折。
常に選ぶ側であったのに、選ばれずに自分よりも下だと思っていた者に負けた悔しさをオリヴィアのせいにしたいのだろう。
「ちなみに、もしリヴィだったらどうする?」
何かの勝負に負けて自分が選ばれなかったとしたらどうするかとレイモンドはオリヴィアに聞いた。
「そうですね。まず敗因を考えます。自分の何がいけなかったのか、何が足りなかったのかを考察し、改善できるように努めます。そして可能なら再び挑みますわ。まあレイ様はお一人しかいらっしゃらないので再挑戦は却下ですけれど。もし挑まれても負けませんけれど」
オリヴィアは胸の前で拳を握って笑顔でそう言った。
その答えにレイモンドは「リヴィのそういうところ、好きだよ」と笑ったのだった。
「しかし、こうなると王女殿下の招待状は非常に良いタイミングだったな。感謝しなくては」
今日は数多くの貴族があのガーデンパーティーに参加していた。
そこからオリヴィアが王女殿下の側仕えとして声が掛かっていた過去や、お茶会の招待状を直接もらうような間柄だと広まるだろう。
そんな事があったパーティーで、まさにその話題の人物を侮辱し、行き過ぎた言動から抗議文が届いたとなれば、さすがに彼らの親も黙ってはいられないだろう。
少なくともオリヴィアに対する態度を改めるようにきつく言われるはずだ。
元々面と向かって厭味やちょっかいを掛けて来ていたのは彼らを中心とした一部の者だけだったので、今後はそういったことに煩わされる心配も少なくなるだろう。
「王女殿下にはお礼を申し上げなければいけませんね」
「その招待に応じることがお礼になるだろう。側妃を交えた茶会にしたいと言っていたからね。デルタ語での茶会になるんじゃないかな?」
「そ、側妃様もですか?さすがに王族の方がお二人ともなると緊張します。心臓もつかしら……」
「安心材料になるかはわからないが、私も招待状をもらっている」
レイモンドは自分がもらった招待状をオリヴィアに見せた。
「まあ、レイ様も?」
「ああ。『王宮の一番目立つ門から公爵家の馬車でオリヴィアをエスコートしてきなさい』ってね」
「それは、どういう……」
「リヴィを蹴落とそうとしたり、私の愛人になろうという愚か者がこれ以上出てこないように、いかに私が君を愛し大切にし、仲睦まじいのかをわかりやすく見せつけろということだそうだ」
「み、見せつけ?」
レイモンドの方がオリヴィアに惚れていて、二人の間に割り込む隙間など無いのだと、わずかな期待も持たせるなということらしい。
オリヴィアが顔を赤くしながら驚きに目を丸くすると、レイモンドはそんな彼女の肩を抱き寄せ、「十分愛情表現をしているつもりだがまだまだ足りないようだ」と言ってオリヴィアの頭に自分の頭を寄せた。
その声色はとても甘い。
レイモンドは頭を上げてオリヴィアを見つめると、ゆっくりとその顔を近づけてきた。
オリヴィアがあっと思い目を瞑ると、すぐに唇に軽く触れるような口付けをされて頬を赤く染めた。
その姿をレイモンドはとても愛しく思う。
「こんなに可愛い姿をなるべく他の者に見せたくないんだが……加減が難しいな」
「レイ様!人前では絶対に駄目ですからね!」
こんな事を人前でされてはオリヴィアは恥ずかしさからしばらく家に閉じこもるしかない。
レイモンドからの口付けはいつだって恥ずかしくて嬉しいが、結婚式でもないのに他人に見られるなんて羞恥心でどうにかなってしまうだろう。
「するわけないだろう。そんなことをしたら私の可愛いリヴィが減ってしまう」
さも当然と言わんばかりにレイモンドがそんなことを言うものだから、オリヴィアは両手で顔を覆ったのだった。
ブクマ、感想&評価にいいねをありがとうございます!
だいぶ終わりが見えてまいりました。
最後までしっかり書き上げたいと思います(・∀・)