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12.負けないオリヴィア(2)

 自分の方が上だと思っているゴブレスはオリヴィアに見据えられて苛立ちを感じていた。

 こんな可愛げのない女が貴族令嬢の憧れの的であるオーウェル卿に愛されているなんて嘘に決まっている。

 良好な関係性をアピールするための作られた噂だと本気で思っていた。

 なのになぜだろう。

 ゴブレスはオリヴィアを前にするといつだって自分が負けているような感覚にさせられる。

 何を言っても反論もせず、泣きもせず、媚びさえせず、ただ無言で頭を下げて終わり。

 それがまたゴブレスを苛立たせいたが、こうして反論されると余計に腹が立った。


「いい加減になさいませ。あなたが私のことを下に見るのは勝手ですけれど、ご自分の行動がゴブレス伯爵家に悪影響を与えるかもしれないことをご自覚なさった方が良いと思いますわ」

「なんだと?お前ごときが……!少し頭がキレるからといって調子に乗るな!伯爵令嬢ごときに何ができるというんだ!」

「まだ分かりませんの?悪意を持って私を侮辱するような発言をしたら、レイモンド様が黙っていない、そう申し上げているのです」

「なんだと!?」


 カティーニ公爵家の権力をちらつかせることはオリヴィアの本意ではなかったが、これ以上この男が騒ぎ続けるというのも面倒だ。

 レイモンドやセレスティア、モルディアスにも「地位や容姿、性別といった外身だけで上から物を言ってくる輩には遠慮なく公爵家の力を使うべし」とオリヴィアは言われている。

 なるべく自分で対処したかったし、婚約者と言ってもまだ嫁いだわけでもない自分がカティーニ公爵家の権力をちらつかせるのは違うと考えていた。

 けれどレイモンドたちは、そういう輩の相手をするのは時間の無駄だと言った。

 よく考えずにそういう振る舞いをするということは根本的に話が通じる相手じゃないので、権力が大好きならそれで押し潰されても本望だろうということらしい。

 オリヴィアは苦笑いするしかなかったが。


 ただ、ゴブレスはオリヴィアが何を言っても気に食わないのだろうし、これ以上絡まれるのも遠慮したい。


(私がわざわざ、あなたの行動はこういうことに繋がって、それが影響してああなって、終いにはこうなる可能性があるから気を付けて、なんて諭す必要もないのよね)


 幼子でもあるまいし、オリヴィアがそこまでしてやる必要はない。

 まあ、もし諭したところで生意気だなんだと罵られるだけだろう。

 たしかに時間の無駄だ。

 オリヴィアにはこの後もう一戦交えなければいけなさそうな相手がいるのだから。


「もうよろしいでしょうか?お友達も行ってしまわれたようですし。ゴブレス様からお声を掛けられない限り私たちが話すこともございませんわ。目障りだと言うのならどうぞ無視なさってくださいませ」


 オリヴィアが笑顔を乗せてそう言えば、ゴブレスは忌々し気にオリヴィアを睨んだ。


「地味女のくせに生意気な……!お前のせいで俺は2の教室に甘んじていたというのに。今まで通り大人しくしていればいいものを、オーウェル卿の婚約者になった途端に図々しくなりやがって!」


 2の教室というのは学園での2番目のクラスということだ。

 もちろん1の教室が学年で最も優秀な生徒たちが集まる教室である。

 オリヴィアは当然ながらずっと1の教室だった。

 ゴブレスも1の教室だったこともあるようだが、最後の方はずっと2の教室だったとオリヴィアは記憶している。

 常に上位のオリヴィアと、2の教室のゴブレス。

 成績には差があり、たとえオリヴィアがいなかったとしてもゴブレスが1の教室に戻れたわけではない。

 きちんと話したこともなかったが、そんな理由で疎まれていたとは、逆恨みも甚だしいとオリヴィアは思う。


 怒りの形相でオリヴィアに手を伸ばしたゴブレスを、オリヴィアは持っていた扇で叩き落とした。

 ここまで静観していた給仕の者が、さすがに慌てたようにオリヴィアを見たが、オリヴィアは大丈夫だと言うように首を緩く振った。


「何をする!」

「それはこちらの台詞です。怒りで我を忘れていらっしゃるのでしょうか?この際ですからはっきりと申し上げますわ」


 オリヴィアは冷たい視線をゴブレスに送る。


「私学園にいた時からあなたのことが大嫌いでした」

「……なんだと?」

「口を開けば女のくせにとうるさいですし、面白みの無い女、地味だなんだと罵られましたからね」

「事実を口にして何が悪い」

「あら。では私がゴブレス様のことを悪く言ってもお怒りになられないのですね?女であるオリヴィア・コリンズを目の敵にしているようだが一度も成績で勝ったことはなく、美男子というほどでもないのに女性の容姿については自分の好みに合わなければこき下ろす幼稚で残念な方。……あら、嫌ですわ。何をそんなにお怒りになっておられますの?ゴブレス様の言い分ですと真実ならば口にしてよろしいのですよね?」

「きっ、さま……!」

「私が今まで何を言われても大人しくしていたのは、そのほうが楽だったからです。私が我慢すればそれですみましたし、実際ゴブレス様の仰るように私は地味でした。勉強以外に自信を持てるものも多くはありませんでした」


 目立たず、揉め事を起こさず、知識を生かして生きて良ければそれで良かった。

 誰かと結婚することはなかったかもしれないし、出来たとしても愛のあるものにはならないかもしれない、そう思っていた。

 いや、心のどこかで期待しつつ、諦めていたのだと思う。


 ――レイモンドに出会うまでは。


「けれど今の私は違います。私はもう自分のことを勉強しか出来ないつまらない女などとは思いません」


 レイモンドは面白味が無いと言われていたオリヴィアのことを素晴らしい女性だと言ってくれた。

 知識が豊富で話していて楽しいと言ってくれた。

 薄化粧のオリヴィアを可愛いと、しっかりと化粧を施したオリヴィアを綺麗だと言ってくれた。

 オリヴィアのことを愛していると言ってくれた。

 カティーニ公爵夫妻もレイモンドの相手がオリヴィアで良かったと言ってくれた。


「カティーニ公爵家に嫁ぐ者として、私はもう不当な罵りを許す気はありません。そしてそれは私を伴侶にと望んでくださっているレイモンド様やカティーニ公爵家も同じだということをお忘れなきように。ゴブレス様も学園を卒業したのですからご自分の発言には責任を持ちませんと」

「オリヴィア・コリンズの分際でこの俺を脅す気か!?」

「まあ、脅すだなんて……。これは単なる忠告ですわ」


 自分を侮辱したせいでゴブレス伯爵家全体に被害が及ぶのは可哀想だと思ってオリヴィアは言っただけだ。

 ちなみにジョセフ・ゴブレスの兄のボブ・ゴブレスもレイモンドから同じようなことを言われていたことをオリヴィアは知らない。


「お互い好ましく思わないならそれでも良いと思うのです。生理的に受け付けないということもあるでしょう。ならば関わらなければ良いことだと思いませんか?幸い私たちがお互いを視界に入れないようにすることは容易いことでしょうし」


 そもそもゴブレスから絡んで来なければ良いだけの話なのだ。

 そんなに嫌いなら無視すれば良いだけ。もう大人なのだからそれくらいの感情コントロールは身に付けてほしい。


「もう子供ではないのですから、それくらいは出来ますでしょう?」

「……失礼する!」


 まるで子供に諭すように言ったオリヴィアにゴブレスは唇を噛み締めて背を向けて立ち去った。

 本当に癇癪持ちの子供のような人だったとオリヴィアは思う。

 仮にも伯爵家の次男があれで大丈夫なのだろうか。

 年若い弟のアスランの方がよほど自分を律することができているように思える。


(まあ、何はともあれこれ以上の騒ぎにならなくて良かったわ。これも使うことがなかったもの)


 そう思いながらオリヴィアは扇の飾りに目をやった。

 扇の持ち手に付いた飾り紐に輝く宝石の付いた小さな筒状の物。

 これはカティーニ公爵家がオリヴィアのために用意した特注品だった。


(こんな小さくて綺麗な物がまさか笛だなんて誰も思わないわよねぇ)


 いざとなったら思い切り吹けと言われて手渡された物を見た時はオリヴィアも驚いた。

 試しに吹いたときにはその音の大きさにさらに驚かされたが。

 いくらオリヴィアが大丈夫だと言ったところでレイモンドの心配は尽きないのだろう。

 信頼されていないわけではなく、心から自分のことを考えてくれているのだとオリヴィアもわかっている。

 真剣な表情でこの笛を渡された時のことを思い出しながらテーブルの上の軽食を摘まんでいると、視界の端にこちらに向かってくるご令嬢たちが見えた。

 テルトン侯爵令嬢アトリスとスチュアート侯爵令嬢ソフィア、そしてその取り巻きのご令嬢たちだった。


(やっぱり来たわね。一難去ってまた一難ってところかしら)


 オリヴィアが心の中で溜息を吐いていると彼女たちはオリヴィアと同じテーブルに着いた。


「コリンズ伯爵令嬢、ご一緒させていただくわ」


 同席の許可を問うものではなく、同席の決定を告げるもの。

 形ばかりの確認すらしないとは、いくら自分よりも上の候爵家のご令嬢といえど非常識なものだとオリヴィアは思う。


(まあ、この方たちは私のことが気に入らないのだものね)


 レイモンドに選ばれるのは自分たちのどちらかに違いないと信じて疑わなかった彼女たちにはオリヴィアの存在は疎ましいものなのだろう。

 今まで気にも留めなかった相手がレイモンドに選ばれただけではなく、このまま婚姻を結べば自分たちよりも上の存在になってしまうのだから、忌々しいに違いない。

 オリヴィアからしてみれば、将来的に自分よりも上になるかもしれない相手に厭味を言ったりして目を付けられることのほうが後々面倒だと思うのだが。

 そんな簡単な事に考えが及ばないほど自分に絶対の自信があるのか、それともお馬鹿さんなのか。


(今のこの国でレイ様以上に身分の高い未婚の男性はいらっしゃらないはず。王太子殿下もご結婚されているし、他の公爵家のご子息はまだ幼くていらっしゃる。同年代だと候爵家のご子息がまだいらっしゃるけれど……)


 上手いことその者たちと縁を繋いだところで公爵家に嫁ぐオリヴィアを小馬鹿にできる存在には到底なれない。


(やっぱり何も考えていらっしゃらないのかしら)


 国内の高位貴族のご令嬢がこれで大丈夫なのかしらとオリヴィアはまた一人心の中で溜息を吐いた。


「――爵令嬢、コリンズ伯爵令嬢、聞いていらっしゃる?」

「え?あら、すみません。少し呆けてしまっていたようですわ」

「まあ、そんな様子で公爵家でやっていけるのかしらねぇ」


 くすくすと広げた扇の下で笑いながらオリヴィアへの攻撃が始まる。


「それに先程もご覧になりました?婚約者がいらっしゃるのに他の男性の方と二人きりでお話をなさっているなんて」

「はしたないですわ」

「いったい何をお話されていたのやら」

「不貞を疑われても致し方ございませんわね」

「オーウェル卿に捨てられた時の準備でもしているのかしら」

「あら、捨てられるだなんてお可哀想よ」

「でもその可能性もありますでしょう?いくらオーウェル卿がお優しくても、こんな華やかさに欠ける方がお相手ではねぇ」

「ええ、ええ。きっとすぐに我慢できなくなるはずです」

「アトリス様やソフィア様のようにお美しくて華やかな方でなくては何の自慢にもなりませんもの」

「まあ、あなたたち。いくら本当のこととはいえ、ご本人を前にそんなことを言うものではないわ」

「ソフィア様はお優しいのですね」


 なんだこの茶番は。言いたい放題である。

 あまりにくだらなすぎて口を挟む気にもならない。

 いろいろ言われている間もオリヴィアは微笑んだままその内容に耳を傾けていた。

 その姿は、オリヴィアを悪し様に言うご令嬢たちにとっては予想外のものだった。

 顔も上げられないくらい俯かせてやりたかったし悔しがらせたかった。

 涙を流すようならこれしきのことでとさらに罵り、怒りで手を挙げればこちらのものだと思っていた。

 暴力沙汰を起こす令嬢などカティーニ公爵家に相応しくないと言ってやるつもりだった。

 それなのにオリヴィアは笑っている。

 なぜ。

 アトリスやソフィアは自分たちの方が強者であるはずなのに、目の前の微笑むオリヴィアになぜか心がざわついた。


兄弟そろってロクでもないゴブレスでした。

セリフの端々から滲み出る小物感(笑)

さあ、次は嬢ちゃんたちをやっつけるぞ~。


だいぶ暑さが和らぎ、溶けることなく頑張れました(・∀・)

次も早く更新出来るように頑張りまっす!

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