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11.負けないオリヴィア

 王家主催の夜会での二人の姿はなかなか衝撃的なものだったらしく、あの後から茶会やパーティーへの招待が絶えない。

 正直面倒だなと思いつつも、これも公爵家に嫁ぐ者としての社交の一環だと様々な所にオリヴィアたちは顔を出した。

 二人一緒に参加することもあれば、都合がつかなければそれぞれ友人たちと参加することもあった。

 そんなある日、カティーニ公爵家のいつものサンルームでオリヴィアとレイモンドは会っていた。


「すべて私が一緒に行ければいいのだけれど、さすがに女性だけの茶会はな」

「あら、ではレイモンド様が女装なさいます?」

「リヴィ……嫌に決まっているだろ」


 レイモンドはオリヴィアのまさかの返答に苦笑を洩らす。

 苦笑を洩らしつつもこういった冗談まで言い合える仲になっていることを嬉しくも思うのだが。


「ふふ、もちろん冗談ですわ。そんなに心配されなくても私は大丈夫です」

「わかっている。君ならどんな相手でも対処できるだろうね」

「では何をそんなに心配していらっしゃるの?」


 オリヴィアは本当に不思議そうにレイモンドを見返す。


「対処できるからと言って、傷つかないわけではないだろう?心無い言葉がリヴィを傷つけやしないかと心配なんだ」

「レイ様……」


 きっとオリヴィア一人の時を狙って、レイモンドに相応しくないだの自分の方が勝っているだの何だの言われるだろう。

 けれどオリヴィアにとってそんな言葉は何の意味もなさない。


「もし私を貶める方がいらしても、大丈夫です。どんなことを言われても、レイ様が私を望んでくれているんですもの。いくつもの心無い言葉より、レイ様が私にくださるお気持ちの方がうんと心に響くのです」


 そう言って照れたように笑うオリヴィアの可愛いことといったら。

 オリヴィアのこの表情を曇らせるような輩がいたらどうしてくれようかと内心考えながらも、レイモンドは笑顔で座っていた席を立ち、椅子に座るオリヴィアの後ろに回った。


「レイ様?」


 そしてそのままオリヴィアを後ろから抱きしめた。


「好きだよ」

「きゅ、急にどうされたのですか?」


 あたふたするオリヴィアの耳に口付けて「好きだ、リヴィ。愛している」とレイモンドは続けた。

 すぐさま耳まで真っ赤に染めたオリヴィアだったが、自身に回されてレイモンドの腕をきゅっと掴むと「おまじないのようですわね」と言った。

 おまじないなど子供っぽいとは思ったが、本当にレイモンドのこの言葉だけで何にでも向かって行けると思うのだから仕方がない。

 振り返ったオリヴィアは「私も、愛しています」と告げた。

 その顔があまりにも可愛らしく、レイモンドは思わず自分のことを愛していると言ってくれたその唇を奪ったのだった。



 ◆◇◆◇◆



「オリーったら本当オーウェル卿に愛されているわよね」


 そう言ったのはオリヴィアの友人であるカナン子爵令嬢ベアトリスだ。

 先日の夜会でレイモンドがやって来た時にオリヴィアと一緒にいた令嬢だ。


「なあに、ベティー」

「オリヴィアをよろしく頼むってオーウェル卿からお手紙をいただいたわよ」

「……本当に?」

「本当よ。オーウェル卿からのお手紙が来た時うちの家族は腰を抜かしたわよ。お父様なんてお前一体どんな失礼をしたんだいなんて言って。失礼しちゃうわ」


 カナン子爵の慌てぶりが目に浮かぶ。

 あまり親交もない目上の貴族から娘への手紙。驚いたことだろう。


「それは……ごめんなさい?」

「ふふっ、何でオリーが謝るのよ。まあ私なんかにまで言ってくるくらいオリーのことを気に掛けているんだなって嬉しくなったわ」

「ふふ、ありがとう」


 今日オリヴィアたちはガーデンパーティーにやって来ていた。

 女性だけのお茶会とは違い、今日は男性もやって来ている。

 男女のペアで来ている者もいれば、オリヴィアたちのように友人同士で来ている者も多いので特に目立つことはない。

 ないはずなのだが、オリヴィアがレイモンドの婚約者ということはもう皆が知っているためほどほどに目立っていた。


「まあ必要な方たちに挨拶をして楽しみましょう」

「そうね。ベティーもレイモンド様のお手紙のことは気にせず楽しまなきゃ駄目よ?お目当ての男性がいらしてるんでしょう?」


 ベアトリスの気になる人がこの会場に来ているということは先ほど聞いたばかりだ。

 オリヴィアに指摘されたベアトリスは頬を赤らめながらも嬉しそうに頷いた。

 二人は開催者の夫人に挨拶を済ませ、色とりどりの花を見て楽しく過ごした。


「あっ!」

「ベティー。あの方?」


 ベアトリスが明らかに1人の男性を視線で追っていた。


「おひとりのようよ。行ってきて」

「でも……」

「私は少し休憩しているから、ほら!」

「ありがとう!行ってくるわ。何かあったらお腹の底から叫ぶのよ!」

「ふふ、わかったわ」


 オリヴィアの記憶によれば、ベアトリスが目で追っていた男性は騎士団に所属している青年だ。

 友人の恋が実れば良いと思いながら、オリヴィアは軽食を取って会場の端にある休憩スペースに移動した。

 そしてそれを待っていたかのように二人組の男が近づいてきた。

 実はずっとこの者たちの視線を感じていたオリヴィアは、ベアトリスを巻き込まないように対処できる機会を窺ってた。

 この休憩スペースは会場の中でも目立たない位置にはあるが、側には給仕の者も待機しているし、オープンスペースなので男性と二人きりになる心配もない。

 すべて考えた上でオリヴィアは何も知らない振りをしてここに来たのだ。

 そうとは知らない男たちはにやにやと厭味ったらしい笑みを浮かべながらオリヴィアの前にやってきた。


「やあ、コリンズ伯爵令嬢。久しぶりだな。こんな所で一人とは相変わらず寂しい人生を送っているようだ」


 悪役よろしく登場したのはジョセフ・ゴブレス。

 先日の夜会でレイモンドに食って掛かった愚かなボブ・ゴブレスの弟で、オリヴィアの学園での同級生だ。


「あら、お久しぶりです。ゴブレス様も相変わらずのようで」


 にっこりと笑って余裕の態度でオリヴィアは返す。


 このゴブレスという男、学園時代何かとオリヴィアに突っかかってきていた男だ。

 枕詞のように「女のくせに」と言うような嫌な人だったなとオリヴィアは思い出す。

 女のくせに男と同様に勉学に励んでどうする、ああ、それしか能が無いのかと何度言われたことか。

 オリヴィアに成績で負け続けていたことがよほど悔しかったのだろうと思われるが、そんなものはただの八つ当たりに過ぎない。


「オーウェル卿と婚約したと聞いたが、もう飽きられたのか?」

「あの方は今日はお仕事ですの。とても有能な方なのでお忙しくしていらっしゃるんです」


 あなたと違ってねと言外に匂わす。


「っは、相変わらず可愛げのない女だ。お前みたいな女と婚約を結んだオーウェル卿が可哀想でならないよ。愛されていると噂のようだがそれもどうせ嘘だろう。女のくせに男を立てることもしないお前なんかすぐに放置されるに決まっているさ。オーウェル卿ほどの人物ならもっと美しい恋人もすぐできるだろう。ああ、もうすでにいるかもしれないなあ」

「まあ、余計なご心配は無用ですわ」


 あの人はそんなに器用な人ではないとオリヴィアは思う。

 それにオリヴィアはレイモンドの気持ちを全く疑ってはいない。


「そう強がるな。そんな哀れなお前でも相手にしてくれる男を紹介してやろう」

「やあ、初めまして」


 ここで初めて口を開いたのがゴブレスと一緒にやってきた男だった。


「どちら様でしょう?」


 聞きはしたが、オリヴィアはもちろんこの男のことを知っていた。

 オリヴィアの情報収集能力を舐めないでほしい。


 アンリ・トレバーズ。

 トレバーズ男爵家の三男坊だ。

 家督を継ぐことができないこの青年はとにかく見た目が良い。

 まあレイモンドには負けるが。

 彼はその美貌を武器にどこかの家に婿入りするか、気楽な愛人枠を狙っているらしい。

 どうやら全く光栄でないことにその相手に選ばれたのが自分らしいとオリヴィアは笑顔の下で溜息を吐いた。

 たしかに公爵夫人となるオリヴィアの愛人になれば自由気ままな生活が送れるだろう。

 ただしそれは絶対に実現しないことだが。


「初めまして、レディ。ジョセフの友人のアンリと申します」

「良い男だろう?こいつが寂しいお前の相手をしてくれるってよ」


 誰も頼んでないのだが、とオリヴィアは思う。

 オリヴィアが扇をスッと開くと持ち手の飾りがシャランと揺れる。その扇で口元を隠し、やれやれといった表情を浮かべた。


「あら、ゴブレス様は地味で頭でっかちでつまらない女なんかをご友人に紹介するのですか?とんだ友情ですわねぇ」

「ふん。学生時代よりはいくらか見られるようになったみたいだからな」


 余計なお世話だとオリヴィアは思う。

 なぜここまで馬鹿にされなければいけないのかは甚だ疑問だが、学生時代に特に反論もせず受け流していたのがいけなかったのだろうか。


「ジョセフ。お前は相変わらず口が悪いな。こんな可愛らしいレディに向かってなんて酷いことを言うんだ」


(その酷いことを言っているのはあなたのご友人ですけれどね。類は友を呼ぶこういうことかしら)


 容姿の良いトレバーズに可愛いと言われても何も響かない。

 口先だけの言葉はこうも心に届かないものなのかとオリヴィアはむしろ感心した。

 誰にでもこのような言葉を囁き、実際これで女性を落としてきたのだろうが、本当に心を通わせた相手のいるオリヴィアにとってこれほどときめかない言葉もない。


「お世辞は結構ですわよ、アンリ・トレバーズ様」


 告げなかったはずの名前を呼ばれたトレバーズは目を見開いた。

 その顔にはなぜと書いてあるようだ。

 オリヴィアにフルネームを知られていることに驚きを隠せずにいる。


「ゴブレス様も本当に私のことを勉強しか出来ない女だと思われているようですわね」

「実際その通りだろう。夜会や舞踏会などでもほとんどお前の姿は見たことがないぞ」

「私、有意義な時間が過ごせるものにしか今まで参加しませんでしたから。それに女の社交のメインはお茶会ですわ」


 ゴブレスやゴブレスと付き合いの深い令嬢たちの出る夜会などにはほとんど出ていなかったかとオリヴィアは思う。


「それにね、私少し上の年齢のご婦人方とはよくお会いしますのよ?ですからあなたのこともよく知っておりますの、トレバーズ様」


 オリヴィアはちろりとトレバーズを見る。


「……それはどういう?」

「つい最近商家のご夫人との関係を切られたらしいですわね。何でも相手の旦那様に偉ぶった態度を取ってご夫人ともども追い出されたとか」

「なっ……!どうしてそれを」


 それで新たなパトロンを探していたというところだろう。

 ゴブレスなんかに与するあたり頭の程度も知れているというものだが。


「ゴブレス様も、あなた方がどう思おうが勝手ですが、私は確かにレイモンド様に愛されております。このような事を彼が知ったら、ねえ?どうなると思います?」

「ぼ、僕はこれで失礼する!」

「あ、ちょっ!アンリ?!」


 分が悪いと思ったのかトレバーズは瞬時にその場から逃げた。

 ゴブレスよりも少しは危険察知能力があるらしい。


「まあ、ネズミも驚きの逃げ足ですこと。ただあの方のほうがゴブレス様よりもよほど頭がよろしいようですわね」

「なんだと!」


 オリヴィアはパチンと扇を閉じ、ゴブレスを見据えた。



最近更新が月1ペースになっていますな…。

デスクトップのパソコンを使用しているのですが、置いてある部屋にはエアコンが無いので暑くて暑くて溶けそうですι(´Д`υ)

皆さまも熱中症等にはお気を付け下さいねー。

次はもっと早く更新できるように頑張りたいと思います!

気が向いたら感想いただけると嬉しいです。

よろしくお願いしまーす!

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