10・譲ってなんかやらない
後半に行くにつれて砂糖の量が増えます。
どばどば追加してあま~くしたつもりです。
皆さんをニヤつかせることができれば本望です(n*´ω`*n)
「まあ、オリー。とっても素敵よ!誰かさんの執着が目に見えるようだわ」
挨拶に訪れたオリヴィアたちに、セレスティアは揶揄うように言った。
誰かさん――もちろんレイモンドのことである。
二人で行ったメゾン・トリヴァータで選んだ淡いグリーンのドレスに使用されたリボンやレースの色、そしてレイモンドから贈られたであろうと思われるアクセサリー。
「ありがとうございます。お義母様もとってもお綺麗です」
「執着とは何ですか。愛と言ってください」
執着でなければ独占欲ねと目を細めたセレスティアだが、それを嬉しそうに受け入れているオリヴィアを見ればこれ以上揶揄う気も起きない。
「あらやだ、ちょとした冗談じゃないの。ふふ、でも素敵と言ったのは本当よ?今日のオリーはいつも以上に綺麗だわ」
「ありがとうございます。お義母様が寄こしてくださったメイドのおかげです」
セレスティアはオリヴィアをより美しく仕上げるために、自分のメイドを数人コリンズ伯爵家に送っていた。
そのメイドたちはオリヴィアの肌を整え、髪を整え、化粧を施した。
コリンズ伯爵家にももちろんそのようなメイドはいたが、圧倒的な腕前と手際の良さは彼女たちにとっても良い勉強の時間になったようだった。
あまりの仕上がりの良さにオリヴィアは鏡の前で何度も本当にこれが自分なのかどうか確認したほどだ。
オリヴィアの家族も素敵だと言ってくれた。
父親であるジョナサンも珍しく「似合っている」と言ってくれたことがオリヴィアはとても嬉しかった。
母親のエレナはそれを聞いて笑いながら、オリヴィアに「きっと今日の日記には“私の娘は可憐な天使のようだった”と書くに違いないわ」と耳打ちしたのでオリヴィアも笑ってしまった。
「珍しく父からも褒めてもらえたのです」
「ああ、先ほどコリンズ伯爵ご夫妻にもお会いしたわ。自慢の娘でしょう?って聞いたら静かに頷いていらしたわよ」
「……お父様ったら」
「少しは正直になったようね、ふふふ」
ジョナサンは先日オリヴィアや弟のアスランとの間に大きな溝が出来ていたことを少しは反省しているようで、以前よりは言葉数も多くなった。
良い傾向だと家族全員が思っている。
「お義母様のおかげですわ。それにレイモンド様も。以前よりも邸内の雰囲気が良くなって居心地がとても良くなりました」
険悪ではなかったものの、何となくぎくしゃくしていた親子間の雰囲気が改善され、息がしやすくなった。
皆の笑顔も増えたようにオリヴィアは思う。
「居心地が良くなりすぎて嫁ぎたくなくなってしまったんじゃない?」
「いえ、そんなこと――」
「馬鹿なことを言わないでください。オリヴィアは予定通り私の妻になりますから」
オリヴィアが否定するよりも先にレイモンドが否定した。
それを呆れたように見て「冗談に決まっているでしょう、この馬鹿息子。余裕の無い男は嫌われるわよ」とセレスティアは言った。
嫌われると言われた瞬間、レイモンドがオリヴィアを見たことで「本当に余裕が無いわねぇ」とセレスティアは呆れ、オリヴィアはくすくすと笑う。
「嫌いになどなりません。私はレイモンド様のことが大好きですもの」
言葉とともにレイモンドの腕に添えていた手に少し力を込めて顔を見上げれば、レイモンドは嬉しそうに目を細めた。
その姿を見てレイモンドはなんて可愛い人なのだろうとオリヴィアは思うのだ。
その様子に、オリヴィアたちを窺っていた周りの者たちは「まあ、お熱いこと」「ご婚約されたと言うのは本当のようね」「あの様子では婚約を解消されることもなさそうだ」と口々に言った。
その後は知人との会話を終えて合流したモルディアスによって、レイモンドが正式にオリヴィアと婚約をしたことが告げられたり、王族が入場してレイモンドと二人で挨拶に行ったりと、今までの夜会では経験できないようなことをオリヴィアは経験した。
「ふう」
挨拶回りやダンスを一通りこなし、オリヴィアたちは人気の少ない庭園にやって来ていた。
噴水前のベンチに並んで座る。
「ごめん。さすがに連れ回し過ぎてしまったね」
「大丈夫です。普段お会いできないような方々には少し緊張しましたけれど」
公爵家ともなると知人友人もなかなかの大物揃いだった。
今までの生活では会うこともないような人たちと言葉を交わすことはさすがのオリヴィアも緊張した。
けれど、皆から婚約を祝う言葉を掛けられその緊張すらも良い思い出になりそうだ。
「緊張していたの?そんなのまったく感じさせない素晴らしい振る舞いだった。少しくらい助けが必要かとも思っていたのに問題無かったな」
どんな大物が来てもオリヴィアは動じることなく挨拶をし、小難しい話を振られてもそれに対しすらすらと受け答えをしていた。
もちろん、レイモンドが何も言わなくてもやってきたのが誰であるかもすべて把握しているようだった。
「以前こちらに来た時に、どなたに会っても失礼があってはいけないと必死に貴族名鑑と姿絵を照らし合わせたことが役に立ちました。努力って無駄にならないものですわね」
「……ちょっと待って。こちらに来た時って、リヴィは王宮に来たことがあるのかい?」
「ええ、だいぶ前のことですけれど」
「それは――」
そこまで言いかけて、レイモンドは先ほど王族に挨拶をした時のことを思い出した。
レイモンドの母、セレスティアは王妹だ。
よって、国王陛下の子供たちはレイモンドの従兄弟にあたる。
王太子殿下はレイモンドたちよりも10歳以上も上だが、末の子である王女殿下は7歳年下であった。
レイモンドは子供の頃からこの王女殿下の遊び相手になることもあり、比較的仲は良い方だと思っていたのだが、今日のオリヴィアを伴った挨拶の際にぎっと睨まれたのだ。
自分が何かをした記憶は無かったので不思議に思っていると、去り際に「レイモンドなんか嫌いよ。私のものになるはずだったのに」と言われた。
聞く人が聞けばレイモンドが王女殿下のものになるはずだった、つまり結婚相手になるはずだったと取られるかもしれない発言だ。
幸い一緒にいたオリヴィアと王女殿下の隣にいた国王の側妃――王女殿下の母親以外には聞こえていないようだったが。
誤解があってはいけないとオリヴィアに弁明しようと思ったレイモンドだったが、当のオリヴィアが「大丈夫です。きっとレイ様が考えているような事ではないと思いますから」と言ったのだ。
その後は挨拶回りが忙しくその言葉の意味を追求できずにいた。
「もしかして先ほどの言葉に関係がある?」
「おそらく。王女殿下のあのお言葉は私を指すものだと思うんです」
「私のものになるはずだった、ということが?」
「ええ、そうです」
詳しく聞きたいというレイモンドにオリヴィアは苦笑を浮かべて話し始めた。
元々婚約者もいなかったオリヴィアは学園を卒業したらどうするべきかと考えていた。
普通ならばすでに婚約者がいて、結婚と同時に家を出るものだが自分はそれが叶いそうにない。
とすれば、一人で身を立てる術を考えなくてはとオリヴィアは思っていた。
そして卒業が近づいたある時、王宮からの使いが学園にやって来て、1週間後一緒に王宮に来るようにと言った。
なぜ王宮に行くのかなどの詳細は教えられず、訳が分からなかったが、とりあえず失礼があってはいけないと一生懸命貴族名鑑を暗記したのだ。
そして一週間後、迎えに来た馬車に乗って王宮に行くと、そこに現れたのはまさかの王女殿下だった。
「どういうことだ?」
「それがですね、王女殿下は私に側仕えとして王宮に上がれと言ったのです」
「側仕え?君が?」
「ええ。驚きでしょう?」
王女殿下の側仕えになるのはとても名誉なことだ。
基本的には誰かからの推薦の上、王宮の調査が入り選ばれる。
けれど、オリヴィアは誰かに推薦されたわけではなかった。
あまりにも急なことだったので考える時間が欲しいと言って一旦屋敷に帰ったが、念のため父親にも確認したがそんな事はしていないと言われた。
そして断るようにと言われたのだ。
この時オリヴィアはまだ父親に対して誤解していたこともあって、自分のような者が王女殿下の側仕えなど相応しくないと言われているのだと思った。
だから少し反抗的になって「それ相応の理由が無い限り、お断りすることなど出来るはずがありません」と言ったのだ。
「そこで初めて、レイ様との婚約のお話を聞きました」
王女殿下からの話にも驚いたが、父親からの話にも驚いた。
嘘のような話が同じ日に2回もあったのだ。
もしかしたら今日の出来事は全て夢なのかしらとオリヴィアは思ったほどだ。
「……つまり、王女殿下よりもこちらの返事が早かったから」
「はい。大変ありがたいお話だったのですが辞退させていただき、レイ様の婚約者となりました。あの時すぐに返事をしないで本当に良かったと思います」
「危なかった……そのタイミングで返事を送った父に感謝しよう。リヴィが私の隣にいないなんて今では考えられないよ」
もしも王女殿下の側仕えに内定してしまっていたら、それを無理やり覆してまでオリヴィアと婚約を結ぶのは難しかったかもしれない。
絶対と言うわけではないが、側仕えになる者は結婚を遅らせる者も多いのだ。
きっとオリヴィアが駄目ならば残りの二人の候補者の中から選ぶことになっていただろう。
テルトン侯爵令嬢とスチュアート侯爵令嬢。
今までの自分に対する態度や先ほどのオリヴィアに対する態度を見る限り、あまり心を許せる相手ではなさそうだとレイモンドは思う。
まして、オリヴィアにしたような提案をすれば内心馬鹿にされるか、それを社交の場で自分に有利なように面白おかしく話されそうだとも思えた。
そんな気を使う伴侶など欲しくはない。
かつての自分であれば家の為にしかたなしと受け入れていたかもしれないが、オリヴィアと今のような関係を築けた後では耐えられそうにもないとレイモンドは溜息を吐いた。
「なるほど。だから王女殿下から君を奪った私のことが嫌いだということか。しかし何だってリヴィを欲しがったんだ?他に自ら名乗りを挙げる者も多いだろうに」
「あら、レイ様。私こう見えて意外と優秀ですのよ?」
くすくすと笑いながら自分の肩に頭を預けてくるオリヴィアを可愛く思いながら、レイモンドは膝の上のオリヴィアの手に自分のそれを重ね、ぎゅっと握った。
「知っているよ。君がどれほど素晴らしい人かなんてこの私が一番知っている」
レイモンドは空いている手をオリヴィアの頬に滑らせる。
「レ、レイ様」
何度触れても可愛らしい反応を示してくれる婚約者をレイモンドは心の底から愛している。
結婚に関して自分と同じ感覚を持ち、それだけでも嬉しいことなのにそれに加えてオリヴィアはとても優秀だ。
彼女になら公爵夫人としての役割を何の心配もなく任せることが出来る。
努力家で、懐が広くて、自分を理解し支えてくれようとする女性。
こんなにも素晴らしい女性と出会えたことは得難い幸福だとレイモンドは思う。
「だから、誰にも君を譲ったりなんかしてやらない」
「……もし譲ったりしたら、レイ様のこと嫌いになります」
「はは……それは困る、困るなあ。私はこんなにもリヴィのことが好きなのに」
レイモンドは熱のこもった瞳をオリヴィアに向ける。
見つめ合う二人の耳に入るのは遠くに聞こえる会場の音楽と、噴水の水の音、風で擦れる葉の音。
そしてまるで耳元で鳴っているかのような自分の心臓の音だけだ。
「好きだよ、リヴィ。愛している」
「私も、愛しています。レイ様、大好きです」
互いに引かれ合うようにして唇が重なる。
ゆっくりと唇が離れ、お互い照れるように笑いまた口付けを交わす。
そんな幸せいっぱいの二人を邪魔するものは何も無かった。
「きっと私が選ばれたのは王女殿下のお優しい御心からだと思うのです」
帰りの馬車の中、オリヴィアはなぜ自分が王女殿下の側仕えとして名が挙がったのかの考えを話した。
「王女殿下のお母君――側妃様は西のデルタ国のご出身でしょう?」
王太子殿下の母君である王妃が亡くなってから、国同士の友好を深めるために嫁いできた側妃は自分をあまり主張しない控え目な女性だった。
連れてきた侍女の数も多くなく、その侍女たちもこの国の者と婚姻を結び傍を離れたという。
「王女殿下は開口一番、デルタ国の言葉が話せるのは本当かと私に聞かれました。そして私がそれにはいと答えると、『祝福の雨』を歌えるかと。側妃様がお好きな歌だと仰っておいででした」
「『祝福の雨』?」
「ええ、『祝福の雨』はデルタ国で貴族から庶民にまで親しまれている祝いの歌だそうです」
「君は本当に博識だな。読み書きだけでなく話せもするとは恐れ入る」
デルタ国は間に国を二つを挟んだ西の国だ。
正直なところ大きな交流もなく、この国でデルタの言葉を話せる者はほとんどいないと言っていいだろう。
「以前我が家に勤めていたものがデルタ出身の者だったのです。その者が歌う『祝福の雨』の旋律がとても美しくて、自分でも歌いたくなってしまって教えてほしいと強請ったんですよ」
昔を思い出したようにオリヴィアは笑う。
歌を習ったら、その言葉の意味も知りたくなった。
読み書きができるようになると今度は会話をしてみたくなった。
オリヴィアの知的好奇心が存分に発揮された結果、デルタ語を話せるようになった。
「――神々の祝福はきらきらと輝き 雨のように人々に降り注ぐ その雨は心を潤し未来を照らす光となる――♪――神々は見ている あなたの努力を 神々は知っている あなたの強き心を――」
歌を口ずさむオリヴィアの横顔をレイモンドは優しく見つめていた。
「ふふっ、下手ですけれど、良い歌でしょう?」
「ああ、リヴィが歌っているから余計にそう思う」
「まあ!」
レイモンドもオリヴィアほどではないがデルタ語を理解できる。
だからこそ歌っている歌詞も聞き取ることが出来た。
「王女殿下は側妃様にこの歌をお聞かせしたかったのだと思います。そして王女殿下だけでなく側妃様の話し相手にもなれば良いとお思いだったのではないでしょうか」
男のレイモンドでは側妃の話し相手としては不適切だ。
王女殿下が母である側妃と一緒に過ごすことには何の問題もないし、オリヴィアならば王女殿下に知識を授け、側妃の故郷を懐かしむ心にも寄り添えると踏んでの打診だったのではないかとオリヴィアは考えている。
「あの小さかった子が母親を気遣えるまでになったか」
「ふふっ、まるで妹を見る兄のようですわね」
「幼い頃は年の離れた王太子殿下に代わってよく遊び相手になっていたからね」
今のレイモンドはとても格好が良いが、幼い頃の彼もさぞ可愛らしかっただろうとオリヴィアは想像が膨らむ。
「何を考えているんだい?」
「幼い頃のレイ様は可愛らしかっただろうなと」
「……」
「レイ様?どうかなさって?っきゃ」
レイモンドはオリヴィアをぐいっと抱き寄せると、彼女の耳元で「リヴィが私に似た男の子を生んだら、私の幼い頃がどのようなものだったのか分かるだろうね。楽しみだな」と言って耳にチュッと口付けを落とした。
真っ赤になって口をはくはくするオリヴィアに「ああ、もちろんリヴィに似た女の子でも大歓迎だ」と続けた。
「もう、もう!レイ様ったら!もう!」
顔を赤く染めながらぽかぽかとレイモンドを叩くオリヴィアを再び腕の中に閉じ込めて、レイモンドは幸せを噛み締めるのであった。
完全に二人の世界♡なレイモンドとオリヴィアでした。
仕事の出来る御者はいつもよりも馬車をゆっくりと走らせていることでしょう(笑)
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私の書いている『王立騎士団の花形職』が書籍化させていただくことになりました。
発売はまだまだ先になりそうですがよろしくお願いいたします!