表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

魔法召しませ

うせものや

作者: 黒森 冬炎

 黄色いお屋根の小さなおうちには、失せ物屋(うせものや)が住んでおりました。

 なにかを失くしたときには、みんな失せ物屋を訪ねて来るのです。


「へい、なんぞお探しですかい?」


 失せ物屋は、御免下さいと訪ねてくるお客に、必ず同じ言葉を掛けるのでした。

 軽い調子で言う失せ物屋に、お客様の探し物を、気軽にポロリと話して欲しいからでした。


 お客様は、失せ物屋へと訪ねてくる癖に、すぐにもじもじし始めるのです。



「へい、なんぞお探しですかい?」

「形見のペンダントが見つからないのです」


 蒼い顔をした熊が、大きな体を縮こまらせながら、声を絞り出しました。


「そいつぁ、大事(おおごと)だ」


 失せ物屋は、真面目な顔で懐に手を入れます。熊が訝しそうに見ていると、失せ物屋は真っ白い陶器の小皿を取り出しました。


「こいつを枕元に置いて寝て御覧なせえ」


 熊は半信半疑でお金を払うと、大きな背中を丸めて帰って行きました。


 次の日、朝早くに失せ物屋の粗末な木の扉がノックされました。


「お早うございます、失せ物屋さん。ありがとう、見付かりましたよ。形見のベンダント!」

「そいつぁ良かった」

「朝起きたら、小皿にペンダントがあったんです」


 熊は首にかけたペンダントを、大切そうに撫でながら報告しました。そして、白い小皿を返そうと差し出します。


「お客さん、ご返却は不要ですぜ」

「おや、そうでしたか」


 熊は小皿をポケットにしまうと、丁寧にお辞儀をして帰って行きました。




 汚れたサロペットパンツの男の子が、半べそで入ってきます。しばらくべそべそと口を歪めておりました。


「へい、なんぞお探しですかい?」

「昨日のおやつを食べ損ねちゃった」

「そいつぁ、残念だねえ」


 失せ物屋は少しの間、天井を睨んで思案顔。それから、戸棚の中をガサゴソし、茶色い小箱を取り出しました。


「こいつを持ってお家に帰んな」


 子供はきょとんといたしましたが、小箱を持たされると、お金を払って出て行きました。


 しばらくすると、失せ物屋の扉が勢いよく開きました。


「ありがとう!小箱の中に、昨日のおやつが現れたよ」

「そいつぁ良かった」

「うん!」


 子供は小箱を返そうと差し出します。


「お客さん、ご返却は不要ですぜ」

「そうなの?」


 男の子は茶色い小箱を手に持って、家に帰るのでした。



 気持ちよく晴れた日の夕方、猫婦人が優雅にやって来ました。

 失せ物屋の粗末な木の扉を音もなく開き、するりと中に入ります。ですがやっぱり、何も言い出しません。

 ちらちらと上品な目付きで、失せ物屋の様子を伺っています。


「へい、なんぞお探しですかい?」

「落としたハンカチを探せます?」

「勿論でさあ」


 失せ物屋は、自信満々宣言しました。

 それから、丸窓の前に置かれた緑色の机から、細い金属の棒を持ち上げました。


「これを鞄に入れて、コーヒーを飲んでみなせえ」


 猫婦人は、鼻に皺を寄せながらも、お金を払って帰りました。


 翌日、失せ物屋の扉が再び音もなく開きました。猫婦人が、今日も優雅に入ってきます。


「見付かりましたわ。銀の棒に巻き付いておりましたのよ。なんて不思議」


 猫婦人が差し出す棒を、失せ物屋は受けとりません。


「ご返却は不要ですぜ」

「あら、そう?」


 猫婦人は、茶色い斑点がついた白い頭をゆらりと下げて、するりと外へ出て行きました。



 そんなある日、記憶を失くした兎がやって来ました。

 たまたま通りかかったのです。看板に惹かれておずおずと入ってきた兎は、青いチョッキの裾を伸ばしたり擦ったりしながら、なかなか用件を切り出しません。


「へい、なんぞお探しですかい?」


 失せ物や屋が、いつものように軽い調子で声をかけると、兎は、ほっとしたように口を開きました。


「名前とそれから、僕のこと全部」

「そいつぁ難儀だねぇ、お客さん」

「でも、旦那さんは、失せ物何でも探します、なんでしょ?」

「おうよ、任しとき」


 失せ物屋は、心配に成る程簡単に引き受けます。

 そして、疑わしそうに眺める兎の前で、怪しい薬品を調合し始めました。


 緑になったり紫になったり、黒くなったり青くなったり。赤い煙や黄色い火花が、目まぐるしく出ては消えていきます。

 やがて、透明な液体になった怪しい薬を、失せ物屋は、素朴な木のコップに注ぎました。


「さあ、召し上がれ」


 兎はじっと液体を見つめます。ですが、なかなか器を受けとりません。記憶を取り戻す勇気が出ないのです。



「取り戻した記憶を、また消すことは出来ますか」


 失せ物屋は、悲しそうに兎を見つめると、丸窓の前に置かれた緑色の机にことんと木の器を置きました。


「そりゃ出来ますがね」

「それなら」


 兎が器に手を伸ばします。


「そんなことしたら、あたしゃ失せ物屋で居られませんや」


 兎は伸ばした手を引っ込めました。

 そのままお辞儀をして帰ろうとすると、


「お代がまだですぜ」


 薬を飲まなかったのは、兎の決めたこと。失せ物屋は、依頼を受けて薬を作ったのです。

 兎は不満そうにお金を払うと、そそくさと出て行きました。



 その夜、失せ物屋は、寝心地のよい青い縞の布団にくるまって、月を見上げておりました。


「せっかく見付けたものを、また捨てようだなんて、変なお客さんだったなあ」


 世の中には、色々なひとがいるものだ、と思いながら、失せ物屋は夢の世界に旅立ちました。

 明日は、どんな探し物と出会うでしょうか。

 月は、銀青の光を失せ物屋のおうちに注ぎます。黄色いお屋根がぼんやり光り出し、失せ物屋は、青い縞の布団の中で、ころんと寝返りをひとつ、打ちました。

お読み下さりありがとうございます

冬の童話祭参加作品です


冬童話2021には、他に以下を投稿しました

お時間ありましたら、併せてお楽しみ下さい


・冬の谷間(歌を便りに吹雪の中で人家をさがす)

・魔法使いの就職(仕事を探す不器用な魔法使い)

・豪雪師匠の名前(失われた名前)

・お転婆姫と暗闇の部屋(愉しいことを探す)

・歌う暖炉(探される側)

・谷間の佳人(亡き妻の面影)

・トーベ・ニコルソンを探して(探しものは偶然見つかる)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 失くしたものを確実に見つけてくれるお店、素敵ですね! いやー、最近何かを忘れている気がするのですけど、思い出せなくてですね(汗。 ご近所にあればぜひに利用させていただきたいお店でした。
[良い点] 最後に考えさせられる、ほっこりしたなかにも哲学的な引きがあってよかったです。続きが気になる感じですね♪
[良い点] 失せ物屋の台詞言い回しが好きです。 [一言] この話に続編はないのかしら?とても面白い内容でした。失せ物屋さんの正体が気になります。(^o^)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ