うせものや
黄色いお屋根の小さなおうちには、失せ物屋が住んでおりました。
なにかを失くしたときには、みんな失せ物屋を訪ねて来るのです。
「へい、なんぞお探しですかい?」
失せ物屋は、御免下さいと訪ねてくるお客に、必ず同じ言葉を掛けるのでした。
軽い調子で言う失せ物屋に、お客様の探し物を、気軽にポロリと話して欲しいからでした。
お客様は、失せ物屋へと訪ねてくる癖に、すぐにもじもじし始めるのです。
「へい、なんぞお探しですかい?」
「形見のペンダントが見つからないのです」
蒼い顔をした熊が、大きな体を縮こまらせながら、声を絞り出しました。
「そいつぁ、大事だ」
失せ物屋は、真面目な顔で懐に手を入れます。熊が訝しそうに見ていると、失せ物屋は真っ白い陶器の小皿を取り出しました。
「こいつを枕元に置いて寝て御覧なせえ」
熊は半信半疑でお金を払うと、大きな背中を丸めて帰って行きました。
次の日、朝早くに失せ物屋の粗末な木の扉がノックされました。
「お早うございます、失せ物屋さん。ありがとう、見付かりましたよ。形見のベンダント!」
「そいつぁ良かった」
「朝起きたら、小皿にペンダントがあったんです」
熊は首にかけたペンダントを、大切そうに撫でながら報告しました。そして、白い小皿を返そうと差し出します。
「お客さん、ご返却は不要ですぜ」
「おや、そうでしたか」
熊は小皿をポケットにしまうと、丁寧にお辞儀をして帰って行きました。
汚れたサロペットパンツの男の子が、半べそで入ってきます。しばらくべそべそと口を歪めておりました。
「へい、なんぞお探しですかい?」
「昨日のおやつを食べ損ねちゃった」
「そいつぁ、残念だねえ」
失せ物屋は少しの間、天井を睨んで思案顔。それから、戸棚の中をガサゴソし、茶色い小箱を取り出しました。
「こいつを持ってお家に帰んな」
子供はきょとんといたしましたが、小箱を持たされると、お金を払って出て行きました。
しばらくすると、失せ物屋の扉が勢いよく開きました。
「ありがとう!小箱の中に、昨日のおやつが現れたよ」
「そいつぁ良かった」
「うん!」
子供は小箱を返そうと差し出します。
「お客さん、ご返却は不要ですぜ」
「そうなの?」
男の子は茶色い小箱を手に持って、家に帰るのでした。
気持ちよく晴れた日の夕方、猫婦人が優雅にやって来ました。
失せ物屋の粗末な木の扉を音もなく開き、するりと中に入ります。ですがやっぱり、何も言い出しません。
ちらちらと上品な目付きで、失せ物屋の様子を伺っています。
「へい、なんぞお探しですかい?」
「落としたハンカチを探せます?」
「勿論でさあ」
失せ物屋は、自信満々宣言しました。
それから、丸窓の前に置かれた緑色の机から、細い金属の棒を持ち上げました。
「これを鞄に入れて、コーヒーを飲んでみなせえ」
猫婦人は、鼻に皺を寄せながらも、お金を払って帰りました。
翌日、失せ物屋の扉が再び音もなく開きました。猫婦人が、今日も優雅に入ってきます。
「見付かりましたわ。銀の棒に巻き付いておりましたのよ。なんて不思議」
猫婦人が差し出す棒を、失せ物屋は受けとりません。
「ご返却は不要ですぜ」
「あら、そう?」
猫婦人は、茶色い斑点がついた白い頭をゆらりと下げて、するりと外へ出て行きました。
そんなある日、記憶を失くした兎がやって来ました。
たまたま通りかかったのです。看板に惹かれておずおずと入ってきた兎は、青いチョッキの裾を伸ばしたり擦ったりしながら、なかなか用件を切り出しません。
「へい、なんぞお探しですかい?」
失せ物や屋が、いつものように軽い調子で声をかけると、兎は、ほっとしたように口を開きました。
「名前とそれから、僕のこと全部」
「そいつぁ難儀だねぇ、お客さん」
「でも、旦那さんは、失せ物何でも探します、なんでしょ?」
「おうよ、任しとき」
失せ物屋は、心配に成る程簡単に引き受けます。
そして、疑わしそうに眺める兎の前で、怪しい薬品を調合し始めました。
緑になったり紫になったり、黒くなったり青くなったり。赤い煙や黄色い火花が、目まぐるしく出ては消えていきます。
やがて、透明な液体になった怪しい薬を、失せ物屋は、素朴な木のコップに注ぎました。
「さあ、召し上がれ」
兎はじっと液体を見つめます。ですが、なかなか器を受けとりません。記憶を取り戻す勇気が出ないのです。
「取り戻した記憶を、また消すことは出来ますか」
失せ物屋は、悲しそうに兎を見つめると、丸窓の前に置かれた緑色の机にことんと木の器を置きました。
「そりゃ出来ますがね」
「それなら」
兎が器に手を伸ばします。
「そんなことしたら、あたしゃ失せ物屋で居られませんや」
兎は伸ばした手を引っ込めました。
そのままお辞儀をして帰ろうとすると、
「お代がまだですぜ」
薬を飲まなかったのは、兎の決めたこと。失せ物屋は、依頼を受けて薬を作ったのです。
兎は不満そうにお金を払うと、そそくさと出て行きました。
その夜、失せ物屋は、寝心地のよい青い縞の布団にくるまって、月を見上げておりました。
「せっかく見付けたものを、また捨てようだなんて、変なお客さんだったなあ」
世の中には、色々なひとがいるものだ、と思いながら、失せ物屋は夢の世界に旅立ちました。
明日は、どんな探し物と出会うでしょうか。
月は、銀青の光を失せ物屋のおうちに注ぎます。黄色いお屋根がぼんやり光り出し、失せ物屋は、青い縞の布団の中で、ころんと寝返りをひとつ、打ちました。
お読み下さりありがとうございます
冬の童話祭参加作品です
冬童話2021には、他に以下を投稿しました
お時間ありましたら、併せてお楽しみ下さい
・冬の谷間(歌を便りに吹雪の中で人家をさがす)
・魔法使いの就職(仕事を探す不器用な魔法使い)
・豪雪師匠の名前(失われた名前)
・お転婆姫と暗闇の部屋(愉しいことを探す)
・歌う暖炉(探される側)
・谷間の佳人(亡き妻の面影)
・トーベ・ニコルソンを探して(探しものは偶然見つかる)