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極夜の空  作者: 鯖波久志
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極夜の空 無辺解釈(Alea iacta est.)9


     9


 それから俺はレイを連れて家を出て、ヴァルデとは別れた。たとえ俺が同席していたとしても、たとえ仮面を被っていようとも、根本的な苛烈な性格は変わらない。全能でなくとも全知である彼女はその知見を使って、レイを惑わす危険が高いからだ。

 これから共に仕事なのだ、余計な思考はせずに集中してほしい。

 それになにより俺がそんな嫌な雰囲気にいたくなかった。

 朝食を取ろうと思っていたが(時計の針は既に十一時を回っているので昼食かもしれない)、しかしそんな剣呑な二人を前にしては、喉に通るものも通らないというものだ。多分だがヴァルデもこうなると予期していたのだろう、普段とは異なり俺の帰宅時に合わせて料理を作っていなかった。

 そういうわけで俺は近所の気心知れた中華料理屋でラーメンを食べた。

 レイは何も言わなかった。珍しく親切心で俺が頼んでやったチャーハンにも手に付けなかった(代わりに俺が食った)。ヴァルデに言われたことを考えているのは明白だった。時すでに遅し、だったのかもしれない。

「レイ、今テレビに出てるダイアナ・ロスだけどよ、自身のワールドカップでの経験をもとに、パラリンピックで演説したのは聞いたか?たとえ私たちには足りないものがあっても、こうして精一杯生きていることは素晴らしいと、我々は己が括り付けられた柱を壊しているのだと、ありがたくもそう車椅子姿で説いたらしいぜ」

「・・・」

 変な顔をしていたが、まあ俺のジョークで何とか気が紛れたと思いたい。元ネタを知っていたかどうかは知らないが。

 ともあれ、それから彼女もラーメンを食べた(好評だった)。

 食事の間、レイは自身の首に掛けられた十字架のネックレスを時折弄っていた。あまり似合っている感じではないが、気に入ってんのかな。

「あのホテルであった時も付けてたよな、それ。似合ってるんじゃないか」

 平気な顔で思ってもないことを話す俺。一応こいつの気分を少しでも良くしてやろうという配慮なので、いつもの反射的なあれではない(残念なことに反応はよくなかったが。色々あるのだろう)。

 そうしている間にも時間は過ぎる。無情にも、あるいは有情にも。仕事の時間である。


「・・・」

 標的の魔術師の根城を俺は遠方から見据える。

 しかしその庭が広すぎて、どこに根城があるのか分からなかった。レイの言が真実ならば敷地面積は100ヘクタールを超えるらしい。一応木々や自然はみられたが、そこに広がる連中のせいもあって風景の美観は完全に損なわれていた。

 連中。予想していた通り、異形人間共が庭には闊歩していた。しかも餌は与えられていないらしく、異形の体を駆使して殺し合い、そして共食いをしている。

 共食い。異形であっても、人の顔をした奴が人を食っている。

 とてもじゃないが、この世のものとは思えない。地獄のそれとしか思えない。

 今しがた食ったラーメンを吐きそうだ。吐かないけど。

「うへぇ・・・」

 その数はざっと見る限り五十はいる。庭全体を含めれば、これの十倍はかたいだろう。とてもじゃないが俺では処理しきれないほど膨大な数である。

 もっとも俺では、であるが。レイからすれば、そうではないだろう。

 俺は視線を遠くに遣る。木々が邪魔でここからでは見えないが、衛星写真によればこの奥に館が建っているとのことだった。

 女魔術師ナタリア・ナザーシャ。

 ブラスクに氾濫する実に九割もの異形人間を作り出した悪逆の魔術師。それほどまでの人間を材料にして実験を繰り返す狂気のマッドサイエンティスト。

 ブラスクにおける一番の大物。それを打ち倒すことで被害を最小限に留めるのが今回の目的である。

「宗弥。ここからは別行動だ。私が道を作ってやる。さっさと済ませるぞ」

「了解。再会は仕事が終わった後だな」

「そうだ。前も言ったが、連中を駆逐し終えたとしても、私は人命救助に掛かりっきりになる。頼んだぞ」

「任されるのは嫌いだな。気持ち悪い」

「・・・お前の仕事、そういうのだろ」

「俺は自分で仕事選んでんだよ。あくまで選択権は俺の側だ。だからまあ仕事はやるけどよ、誰かにやれって言われてやるのは嫌なんだよ。たとえ同じことでもな」

「面倒な奴だな・・・」

 うるせえ。ヴァルデに色々言われていたのをみるに、お前も大概だろうが。

 そんな風に思うも、ぐっとこらえる。喧嘩をしに来たのではないのだ。

 俺は仕事をしに来たのだ。

 女魔術師ナタリア・ナザーシャを適度に殺すために、俺はここに来た。

「宗弥、始めるぞ」

「おうよ。織碕宗弥、推して参るぜ」


 圧倒的な爆撃の雨が降っている。降り続けている。止む兆しはみえない。

 レイは庭を囲う十メートルはある鉄柵の上で、まるで指揮者になったかのように腕を振るっている。彼女の指揮に従って、規律だった音楽のように爆音が鳴り響く。単純な威力も恐ろしいが、何よりも規格外なのは100ヘクタールの敷地内全てで爆撃が常に振るわれていることだ。一人で爆撃機の師団を築いている。しかもピンポイントで俺を避ける精度を伴って。冗談も大概にしてくれ。

 俺は既に爆撃の範囲から出ていた。そう、この百ヘクタールの敷地面積の中、唯一何重にも結界が張られたそこ。

 女魔術師ナタリア・ナザーシャが住まう館である。

 館は庭の中心に、まるでポツンと忘れ去られたように立っていた。周囲に生活感を感じるものは皆無だった。庭の面積に比べて意外な事にも館は小さかった。いや標準と比べれば明らかに大きくはあるのだが。四階建てで、横幅もかなりのものがあった。

「・・・疲れた」

 この程度で疲れはしないが、何となくそう嘯いてみる。

 軽く屈伸し、それからストレッチ。悪路を走ったが、足は痛んでいない。

 ここまで直線距離では十キロ程度だったが、なんと一時間もかかってしまった。ランニング初心者くらいのタイムである。異形人間が邪魔で正面から向かうことが出来ないし、いちいち相手にする気にもならないので結構な遠回りをくらったのだ。庭の中央付近が森林地帯で走りにくいという事情もあった。

 今いる場所は四階建ての二階。本が所狭しに並んでいるので図書室かと思われる。照明は点いていないが日中である、問題にはならない。

 結界に覆われたこの館に入った手法は簡単、レイに貰った規格外の威力を誇る長銃で普通に撃ち抜いて、あとは手でびりびりに破いたのだ。普通は手で壊れるものではないだろうが、銃のあまりの威力で防衛能力が消失したのだと思われる。すげえな。

 そしてサイレンサー付きの銃で二階の窓を割り、勢いを付けてから駆けあがるように登ることで突入して、現在に至る。窓を割った際は爆撃の爆音に合わせる形でやったので多分だが聞こえなかったはずだ。

 もっとも敵は魔術師、そんな常識を外に追い遣った人外である。この館に危害が加わればすぐに知覚できる、というのはありそうだ。今はまだ襲撃はないが、態勢を整えていたり様子見をしていたりもあるので決して油断はしない。というか結界を壊したのだ、そうでない可能性が低いだろう。

 ここは敵の根城。住処であり、本拠地。

 そして人を異形に変える実験場。どんな怪物がいるのか。

「・・・はっ、笑うぜ」

 俺は割れた窓から外を見る。レイの爆撃は一時間経っても留まることを知らず、異形人形を駆逐していた。数をみるに、完全な殲滅にあと三十分は掛かるだろう。それが終わり次第、こちらでの救助活動、だったか。

 流星のように降り注ぐ爆撃だが、しかし俺が今いる館には例外として落ちてこない。

 館の主、女魔術師ナタリア・ナザーシャの力によるものでは、ない。魔術の腕の程は知らないが、戦闘専門で実戦部隊のレイの爆撃を凌ぐだけの力が、それだけの戦闘力があるはずもない。

 これはレイが意図的に爆撃を館から逸らしているためだった。館を爆撃したせいで、おそらくは今も実験台にされているだろう無辜の人々を殺すわけにはいかない、ということだった。見ず知らずの人間なんてどうでもいいと思うが、彼女はそうではなかった。残念ながらというべきか。

 そしてもう一つ理由がある。

 レイの爆撃は威力が高い。際立って殺傷能力が高い。それは実戦部隊の彼女からすればいいことなのだろうが、そうでない一面もあった。二面性である。

 魔術師、この場合はナタリア・ナザーシャを殺すほどの威力となると、直撃した場合、まず確実に肉の一片すらも残さない。それが問題なのだ。肉の一片もない、つまりは死体が残らないということは、彼女を生きたまま牢にぶち込むことが出来なくなることだし、最悪それが出来なくとも彼女の死を確認できなくなる。

 それはよくない、ということでレイは俺に依頼を頼んできた次第だった。もちろんそこには俺が実際の魔術師と戦うとどうなるか、という試験的な意味合いもあるのだろう。

 この無双の爆撃にも、弱点でなくとも欠点は存在するということだ。

 まったく、スケール感が違う奴だ。

「どっちが怪物か分かったもんじゃねえな・・・いや明らかにこっちか。ははっ」

 聞かれていたら確実に光弾の礫を食らうようなことを言いつつ、俺は図書室を出る。

 もちろん陰気な雰囲気が嫌で出たのではない、考えなしに行動を移したのではない。まあそれを差し引いても、迂闊といえるほどに敵の基地を堂々と歩くのは、烈陽を除けば俺くらいだろうけど。隠れる気はまるでなかった。

「おっ」

 廊下を進んでいくと、すぐに二人組のマフィアらしき男共と鉢合わせた。予定調和というか、案の定である。体を異形に染めている風には見えない。アサルトライフルを装備した異形人間なんているわけがない。番犬をさせるなら異形人間共でいいが、秩序だった警備なら人間の方がいいと、マフィアの方がいいと、この館の主は考えたのだろうか。

 彼らは襲撃の犯人を、つまりはこの俺を探しているのだろう。

 そして見事に目的を果たしたわけだ。

 その目的のもう半分、俺を殺すという所までは達成できそうにもないが。

「なっ・・・」

「っ。構えろ!」

 うろたえながらも彼らも魔術師の館の警備兵である、アサルトライフルの銃口を俺に向けようとするが、遅い。あまりにも遅い。

 俺は出会いがしらともいうべきそのタイミングで反射的に拳銃を抜いており、そして既に彼らが声を出した瞬間には引き金を引いていた。

 一人目の頭が撃ち抜かれる。血潮が弾け飛ぶ。

 自動照準もかくやという滑らかさで俺は二人目を狙い撃つが、しかし銃弾は届かない。

 突然、男の掌から出現した炎がそれを阻んだのだ。

 危険度からアサルトライフルを先に構えた方から殺したが、それがよくなかったかもしれない。銃を構えきれないということは、それ以外の可能性を許容することに繋がるのだから。たとえば回避行動とか、たとえば魔術の行使とか。

 なるほど敵は未だ異形に届かずとも、その領域に片足を踏み込んでいるらしかった。

 もちろん、その程度で俺は何を思うわけでもない。そういうのは見慣れた。続いて俺の顔目がけて放たれた火炎は膝を畳んで躱し、そしてそのまま射撃。

 今度は火炎に阻まれることはなかった。その大きさから当たり易い胴体にまず一撃、そこで体勢が崩れた所で心臓を撃ち抜く。一応は警戒しての二撃だったが、最初の一発で仕留めてもよかったかもしれない。それほど呆気ない幕切れだった。

「・・・」

 俺は殺した二人を見下ろす。愉快にも組み合うような形になった二つの死体を。

 魔術が使えたらしいが、そのレベルはまあ低かった。アサルトライフルを装備していたことからも分かるように、彼らもそれを自覚していたのだろう。

 レイは言っていた。身に余る力を欲したら代償がどうとか。

 こいつらが魔術を餌に食いついた馬鹿共ということか。どうなるかも知らず魔術なんていうゲテモノに手を出すなど、愚か極まりない。

 さて。さてさて。

 普通に発砲して、普通に戦闘を行ったのだから、ここに普通に人が集まるのは自明の理である。死体を隠す時間はないし、やはり普通に見つかるだろう。

 そして残された手掛かりから俺を探し出そうとするだろう。

 つまりは警戒するだろう。それこそが俺の狙いだった。

 警戒は必ずしも良い方向に事を運ばない。俺のみに集中し、それ故に虚を突かれた異形の怪物プレジデントの例を挙げるまでもなく。

 警戒は緊張を招き、緊張は思考の単純化を促す。

 その裏をかくのは、そう難しいことではない。

 相手が魔術師ではない、俺が殺し慣れているマフィアであるなら尚更である。

「・・・情報は大事だけれどよ、やっぱり“知る”ことより“知らない”事で得られる利の方が大きいよな。一番よくないのは中途半端だけどさ。ははっ」

 俺は胸元からライターを取り出した。改造されているため、その火力は殆ど火炎放射器といってもいいほどの強さを誇る一品である。

 当然、煙草を吸うためではない(そもそも俺は煙草を吸わない)。

 当然、人殺しのためだ。

「なんでも煉獄じゃ魂は業火に晒され、浄化されるそうじゃねえか。けどよ、別にそれが煉獄じゃなくとも、地獄じゃなくとも、まあお前らに天国はないだろうが、この世でも問題ないと俺は思うんだよ。そういうわけで、ちょいとばかし俺がお化粧してやるよ、元の顔が分からなくなるレベルでな」


元ネタ解説 ダイアナ・ロスは94年サッカーワールドカップの開幕式にて巨大なゴール、普通よりも至近距離にも関わらずシュートを外しました。織碕宗弥のジョークはそれを揶揄してのものです。

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