極夜の空 無辺解釈(Alea iacta est.)6
長い部分は飛ばして大丈夫です。
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「んぁ・・・」
翌朝、俺はベッドから身体を起こした。見る限り時計は見えないが、体内時計では午前九時十三分を指している。プラスマイナスは二分くらいだろう。
あれから家に帰ってベッドに直行したのが三時前だったので、まあ睡眠時間は適切に取れたのではないだろうか。これから重要な仕事があるので睡眠は特に重要だった。
「・・・」
そして、いつものごとく部屋の電話が鳴り響く。俺は面倒くさりながらも、しかし電話を無視するような無粋な真似はせず、それを手に取る。
電話を掛けてきたのは織碕烈陽。腹違いではあるが、俺の姉である。
以下、取るに足らない内容なので俺は殆ど聞き流した。
もしこれを盗聴している不埒な輩がいるなら、時間の無駄なので読み飛ばしてほしい。
「あ、宗弥?うんうん、アタシ。元気?その様子からして寝起きってところか。いやいやこっちは七時だからさ、時差でね、もっと早く電話出来れば良かったんだけど、時差のこと忘れちゃってさ、ごめんね。宗弥、愛してるよー。アイラブユー。
うん、それでね、朝食というか夜食?どっちでもいいや。さっき食べたんだけど、こっちの料理って濃いの多くない?食文化が進んでるとか色々言うけどさ、やっぱり好みだと思うんだよね、アタシは。
まあそういうアタシの生まれは南米辺りなんだけどね。南米といえばリオだね。リオは好きだなぁ。いったことある?ない?いや本当におすすめ!色んな人が出し物を出してパレードして、そういう上で踊ったりとかね。お祭り好きとしては最高!ホント。有名人も多いんだよ、寄付を募ったりしてね。税金対策、あとは善行で心を満たすためだろうけど、偽善でも良い事には変わりないからな。アタシも、そこだけは評価したいと思う。やらない善よりやる偽善とはよくいったものだよ。
そういえばヴァルデのやつは元気してんの?いや分かる、愚問だね、絶対に元気にしてる。どうせ今日も機嫌悪いんでしょ。また怒られるぜ、宗弥。
ヴァルデのやつにパレード参加させたいなぁ。思わない?見たことあるだろうけど、凄いナイスバディじゃん。絶対映えると思うんだよな。怒りと恥ずかしさを堪えた無表情、想像するだけで最高!女もいけるアタシでも基本ヴァルデはターゲット外だけどさ、それ見たら襲う自信あるなぁ。
うちのとこの坊やも・・・そうだな、適当に言って女装させようかな。女顔だから似合うこと請負だぜ。
そういえばヴァローナってやつ、知ってる?ドラマとかじゃなくて。よく分かんない連中だったんだけど、久し振りにアタシに近い奴に会ってさ。多分だけどロシア語でしょ。アタシそっちの言葉分かんないからさ。いやこっちも何とか受け答えできるレベルなんだけど。
え、なに。カラス?ヴァローナってカラスって意味なの?頭いいけどゴミ漁るアイツらかぁ。ははっ、やってたこと思い出すと、確かにカラスっぽかったな。上位者の物を卑しく漁って、盗人風情のくせいにイキリやがってよ。宗弥も気を付けろよ、雑魚のくせに声高らかに言う輩がいたら、もう照準を合わせるレベルでいいからな。アタシは最強レベルにつええが、無敵じゃねえ。そういう連中に掻き回される事も少なくねえからな。
そういえば最近ロシアで色々あるけど大丈夫か?気になるあの娘が地割れに巻き込まれたとか、そういうのは?あ、地割れじゃなくて地震か。ははっ、それもそうだ。そんなのよりブラスクの治安の方が悪いよな。
つーか、そんなごみ溜めから出て、またアタシと一緒にラブラブしながら冒険しようぜ!毎日爛れきった生活送りながら馬鹿騒ぎしようぜ!そっちの方が楽しいって。あ、そうだった。勝手にアタシが出て行っただけだったな。
ははっ。いやー、いくつになっても道が覚えるのが苦手でさ。そういえばアタシって今幾つだっけ?随分と前から二十七な気がすんだよなぁ。宗弥がミジンコみたいにちっこい頃からずっと。
いやあ不思議だなぁ、いや別にいいけどさ。女性の年齢は不詳でこそだもんな。でもアタシ自分で二十七って言っちまったな。衝撃のカミングアウト!織碕烈陽は永遠の二十七歳だった!女性誌の一面間違いなしだな、こりゃ。
ていうかよ、モスクワにいたと思ったらよ、気付いたらスコットランドにいたんだぜ。流石のアタシもびっくりしたぜ。いつ海を渡ったのか、これっぽっちも分かんねえ。まあ珍しくないんだけどよ。多分寝ぼけてたんだろうな。アフリカで黒魔術だって言って悪ふざけしてたら、いつの間にかエッフェル塔の頂上にいたこともあるし。いやぁ、さしものアタシもあの時は驚いたぜ。
そうだ、エッフェル塔といえばフランス、フランスといえば自転車とサッカーだとアタシは思うんだが、そうだサッカー今度教えてやるよ。アタシ最強だから、その辺りも完備だ。ポイントはな、どうやって審判を欺いて敵をぶちのめすかってところだ。
これはどのスポーツにもいえることだな。試合をする人数が成立しなけりゃ相手は試合放棄で負けになる。個人的には糸状の暗器がお勧めだ。狙うべきは瞼の上辺りだ。ああ、分かってるとは思うけど、これは対審判用の武器だ。血を目に入れるようにして上手く視界を遮れ。副審とかも同様にやって、あとは隠れて削りまくればまず勝てる。上手くやれずに試合が成立していても、人数差でゴリ押しするんだ。言葉だけでは分からねえよな、うんうん。アタシが手取り足取り教えてやるぜ。ちょっとエッチな感じでな。
そうだな。その日。問題はいつやるかだな。いつできるか・・・難しい。こっちでの用件終わったら、さっさと帰るよ。もしくは適当に拾ってくれ。
用件ってのはたいしたことじゃねえよ。多分二週間くらいで終わるから。ああ、相手の用意もしないとな。前に殺した奴らがいるんだけど、それでいいかな。うん?ゾンビじゃねえ、ゾンビじゃねえよ。そんなのホラーじゃねえか。アタシは怖いの苦手なんだ、乙女だから。生き返ったわけでもなくてな、ただ殺したけど生きてるってだけだ。殺して死んだわけじゃないのさ。
そういえば実はアタシこの前までアメリカンフットボールをアメリカでやるサッカーだと思ってたんだけど、あれ違うんだな。フットボールとサッカーって字体は違うけど同じ意味じゃん。それでも例外はあるんだなあと思ったが、思い過ごしだったぜ。まさかラグビーのパチモンだとは・・・アメリカンパチモンだとは思わなかったぜ。バイクが英語で自転車って意味って知ったくらい驚きだったぜ、マジでよ。いやだってバイクって自転車じゃねえじゃん。自転車がバイクなら、バイクは何て言うんだよ。アタシは今も分かんねえぞ。なんだ、サイクロン号とでも呼べばいいのかね、分かんね」
朝っぱらから織碕烈陽は、こんな調子だった。
まあこんな調子でなかった時なんてないのだが。機嫌が良い時はこれだけに留まらず、それだけで本が一冊完成するレベルで淀みなく話し続けるので、とりあえずではあるが、この程度で話が一旦途切れるのは珍しいことだった。
適当に相槌を打ちつつ、そういえばと俺は思いだす。
圧倒的なまでに破滅的で、破滅的なまでに壊滅的で、壊滅的なまでに圧倒的な、マグマに突き落とされようとも、頭を吹き飛ばされようとも、それこそ宇宙空間に追い出されようとも、それでも間違いなく平気な顔で笑っているだろう超越者・・・彼女、織碕烈陽は魔術師のことを知っているのかと。
「魔術師?魔術?別に珍しくなくない?なくなくない?」
そんな風に彼女は、あっさり肯定してみせた。
「いや別に魔術に限ったわけじゃなくてだな、例えば日本では陰陽師が、中国では道術師が、アフリカの方では妖術師が、アメリカでは超能力者が、南米の方はどうだろう、その辺りごちゃごちゃだったが、ともかく、そしてヨーロッパでは魔術師っていうだけで、そういうのは世界にごまんといるぜ」
彼女は「それによ」と言って続ける。
「ウチらの父親、いや血が繋がっただけの男が昔いただろ、殺したけど。後々に気付いたけど、あいつもそういうよく分からんものを調べてたみたいだぜ」
「そんな記憶はねえけどな・・・」
俺は記憶力にそれほど自信がある方ではないので、その辺り不確かだけど。
「無理もねえさ。調べてただけで、少し齧ってただけで、陰陽師でもなければ魔術師でもねえ、ただの半端者だったからな。あんなのはな、宗弥。どうやらお前が最近見聞きしたらしい魔術には遠く及ばない、ゴミに十個ゴミと付け加えても足りないくらいゴミだ。それさえも失敗続きだったみたいだしな。あんなのを見ても、異能のものとは思えねえよ」
「はっ、なるほど」
俺は納得する。
それに彼女、烈陽がその血の繋がっただけの男とは比べるべくもない、訳の分からないものを暴力的に捻じ伏せるさまを見れば、それが異能のものとは思えないだろう。
彼女と一時間でも共にいれば、あらゆる異常は平常と化す。だから俺は奴が魔術なんていうものを調べていたなど、今日この時まで気付かなかったのだ。
「失敗、失敗作。多分、じゃなくて確実にアタシも奴の失敗作だったんだろうな。失敗しかない奴は失敗しかしないわけだし、その最大の失敗作が、アタシってことなのかねえ」
「そんな事言うなよ」
そこには納得しなかった。電話口では分からないだろうが、首を横に振る。
「奴は関係ないだろ。烈陽、俺はお前と出会えて、お前が姉貴で心から良かったと思ってる。成功だと思ってる」
「いやー!いやーだよ!アタシもだよ、宗弥!宗弥は超が付くほど理想の弟で、最高の男だよ!大好き!」
仲睦しい兄妹愛がこれでもかと炸裂していた。ラブラブだった。
こうして俺は烈陽から聞こうと思っていた魔術師に関する詳しいことをついぞ聞くことなく、特に意味もなく逸れていく話を修正することもなく、朝から賑やかに話していたのだった。
まあどうせ烈陽の事だ、大したアドバイスも受けられないだろう。
それだったら楽しく話している方が幾分もマシというものだ。
俺は緩んだ顔をしたまま、そう思うことにした。