表現
あるところに売れない絵描きが居た、あっと驚くようなアイデアも周りより頭ひとつ抜けた画力もないが毎日毎日自分の内から出てくるイメージを絵にし続けてその絵を安い値で売って生活している。
そんな彼のボロボロのアトリエに一人の男が入ってきた、男は部屋中に飾られてる絵を流し見しながら一言だけ呟いた。
「君は絵が下手だ、何もかもダメ」
とても失礼な客人である。
それを聞いていた絵描きが落ち着いた物腰で男に話しかける。
「私の絵は斬新でも無ければ絵が上手いわけでもない、そこで貴方に聞きたいのですが私の絵は何がダメなのだろう。こうも毎日毎日絵を描き続けているとやはり作品も似通った物が増えてくる。私の絵を見てダメだと思った所を是非教えて頂きたい。」
男はやれやれと首を横に振りながら同じ事を言う。
「君は絵が下手だ、何もかもダメ」
これには絵描きも苛立った様子で返す
「そんなにダメというのなら是非貴方の絵も一度見てみたいものですがな」
そう言っているうちに男はアトリエを出て行ってしまった。
「なんなんだあの失礼な奴は」
絵描きは心のどこかにもやもやとした物を残して作品作りに戻る。
次の月、いつものように絵描きが絵を描いているとまたあの男がアトリエに入ってきた、絵描きは少し苦い顔をしながらも男に話しかける。
「やぁ、先日はどうも今日はどうしましたか?まさか私にあなたの絵を見せてくれるのですか?」
話を始めた絵描きを無視して男は言う。
「君は絵が下手だ、何もかもダメ」
男はそれだけ言ってまたアトリエを出て行った
「はぁ...なんだか変な奴に目をつけられたな」
絵描きはため息をつきながらまた絵を描き始める。
そしてまた次の月絵描きのアトリエにまたあの男が入ってくる。今度は入るや否や一言
「君は絵が下手だ、何もかもダメ」
まぁ男が入ってきた時点で予想はついていた、しかし絵描きもこう毎月毎月わざわざアトリエに来て自分の絵を否定されるのは面白くない、言いたい事だけ言い残してアトリエを出て行く男に絵描きは後ろから怒鳴った。
「よくも飽きずに私の絵を否定してくれてるな!よしわかった!次だ!次の作品でお前は私を見直すだろう!!今までに無い斬新で誰もが名画と呼ぶ絵を一月で完成させてみようじゃないか!」
男は聞いているのかいないのか歩く足を止める事なく街へ消えていく。
絵描きは大きな深呼吸をして気合を入れて作品作りにとりかかった。
そして出来た絵はそれはそれは素晴らしい絵になった。見る人が見れば『風神雷神図屏風』のような力強い絵に、また見る人が見ればジャン=フランソワ・ミレーの『落穂拾い』のように哀愁ただよう作品になった。
「やったぞついに完成した」
自分の絵の出来にとても満足した絵描きはこの絵を『表現』という題名を付けて街の画展に出展した。
するとこの絵がいままで見たことのない迫力があるとして街の人々の話題となり大きな反響を呼んだ、絵描きは次にあの男がアトリエに来るのを楽しみにしていた。
そしてまた次の月男はアトリエに顔を出した。
絵描きは言う。
「お、やっと来ましたね正直こんなに貴方が来て欲しいと思ったことは今までにありませんよ。どうですこの絵、あの日から自分に描ける物や感情の全てをこの1枚にしたつもりです。さぁ私の絵はどうです?」
男は顔色一つ変えずに言った
「君は絵が下手だ、何もかもダメ」
絵描きは尋ねる
「何が?どこがダメで下手なのかな?街の人々からもとても評価されている。正直自分でも完璧な絵が描けたと思ってる。」
男は何も言わずにまたアトリエを出て行った。
ここまでくるともう絵が本当にダメなのか、あの男は私自身が嫌いで毎月こんな嫌がらせをしてきているのか分からなかった。
そんな事を思いながら出していく作品は『表現』を出して名前が売れたからかはたまた今までに無い感情を抱きながら描いているからか、次々と売れていき遂には外国の王様にまで絵が気に入られて売れない画家はついに世界的に有名な絵描きとなった。
アトリエも新しくして家のお手伝いさんも雇い絵描きは今までより良い環境で絵を描き続けていた。だがあの男は場所が変わっても作風が変わっても月に一度アトリエに顔をだしていつもと変わらないかんじでこう言う。
「君は絵が下手だ、何もかもダメ」
男の顔を見れば次に何をいうのか大体予想はついている。しかもいままではこの男の言う事に一喜一憂していたがもう他のファン達からの絶賛の嵐があるのでアトリエに男が入ってきても絵描きは正直何も感じない。
「はいはい、わざわざご苦労さん。用がすんだら帰ってくださいね。」
絵描きは男の方を見ることすらなく適当に返事をする。 絵描きが帰ったことすらも確認せずに次々と絵を完成させ、そして高値で売っていく。
そんな生活が続いてる中で悲劇は突然やってくる。
絵描きが絵具を買おうと街を歩いていると突然建物の看板が絵描きの上に落ちてきた。瞬間的に起きた事で絵描きがその事態に気付いたのは落ちてきた看板で切り落とされた自分の両手を見た時だ。急いで病院に運ばれて最善は尽くしたが両手が治ることはなかった。
医者からは「もう一生絵を描くことができない」と言われて今まで絶賛していたファンたちからは悲しみの声と共に「もうあの絵描きの時代は終わった」「可哀想だがもうあの絵は古いと思っていた頃だったんだ」などと好き勝手言われて金も名誉もなくなりまた再び最初のボロボロのアトリエに絵描きは戻ってた。
しかし絵描きは両手が無くなってからも落胆して絵を描くことを辞める事はなかった。
あの頃の栄光や称賛が忘れられずに筆を口に加えて絵を描き続けた。
しかし出す作品出す作品全てが不発。
「なんだこれ本当にあの『表現』を書いた人物と同じ絵描きのものなのか?」「両腕がないから口に筆をくわえて描いているらしいわよ」「普通に下手くそ」「何を書いているのか分からん。これでは私の2歳になる娘が書いた絵と何も違わないじゃないか」「この絵からは何も感じられない」
どう試行錯誤しても世間に絵描きの絵は認められる事はなく遂には長い月日が経ち絵を買ってくれる人どころか新しい作品に興味を示してくれる人すら居なくなってしまった。
だがあの男は毎月やってきていつもの顔でいつもの事を言う...
「君は絵が下手だ、何もかもダメ」
この作品に出てくる「男」は現実世界でのいわゆる「アンチ」と呼ばれる人達をイメージしてみました。 表現者の環境や作品が変わっても同じ言葉で批判し続けるアンチに対しての表現者の反応の変化。 周りが興味を示さなくなって孤独になってもまだ批判し続ける「アンチ」はある意味「ファン」とも呼べるような気がしなくもない曖昧な人種だと思います。読んでくれて有難うございます。お酒飲みながら書いたから誤字脱字が多いかも笑