パーティーはダンスホールで
「ほ、本当にこれを着て? ここを行くのですか?」
桃色で私よりは控えめだけど、レースがふんだんに使われているドレスを着たイザベラが、大きな扉の前でオロオロとしている。
「そうよ、だって私の友人だもの。」
5歳の体で幼児らしからぬ言動をしているが、身近な者達はもう慣れているらしく、イザベラも例外ではなく気にも留めなくなった。
ちなみに今、目の前にある大きな扉は二階のとある部屋に存在する物で、我が家の一階に位置するダンスホールへと繋がる階段がある。
パーティーの主役とそのパートナーが登場する所なんだけど、イザベラはかなり緊張している。
「友人だなんて……私は使用人ですよ。」
「使用人だとしても友人枠に入っているわ。私とペアのドレスを着ているし、お父様とお母様……離れに住むお爺様とお婆様に『イザベラがパートナー』って言っているのよ?」
父の父母である祖父母は、家の敷地内の少し離れた所に小さな……といってもかなり豪邸と呼べる離れで隠居生活を送っている。
イザベラからしたら、決して逆らう事など出来ない人達。
そんな人達に紹介してあるのだから、今ここでグダグダ言っている暇は無いのだ。
「私はなるべく目立たずにいたいので……。」
「大丈夫、私が輝いているから美味しいご飯でも食べてなさい。」
イザベラの顔がパアッと明るくなる……そうだ、細い体をしてかなりの大食いだった。
ダンスホールの隣には、ビュッフェスタイルで食事を取れるスペースがあるから、そこにいれば恥ずかしがりなイザベラも楽しめるだろう。
「お嬢様、そろそろ入場のお時間です。」
「準備は整いましたか?」
扉を開けるためにいる執事二人が、確認を取ってくる。
準備といっても、イザベラに背を伸ばさせる位なんだよね。
「完璧よ、開けて頂戴。」
トランペットが恥ずかしくなる程立派に鳴り響き、大きな扉も執事が少しずつ開けていく。
さあ、幸せに生きるため……完璧なスノーホワイトを演じきるわ。
「お誕生日おめでとうございます。」
白い髭を生やした男爵が語りかけるのは、私ではなくて父のエミールだ。
この男爵こそ、公爵令嬢の誕生日という名の社交界を楽しむ鏡の様な人。
まったく、主役を間違えてるわ。
「お久しぶりですわ。私の誕生日にわざわざ足を運んでくださり、スノーホワイトは本当に嬉しいです。」
「いや~、実に立派な娘さんだ。うちの娘が5歳の頃は、悪戯しかしない駄々っ子だったよ。」
そりゃあさ、本当の5歳と同じ様な事をしていたら、今まで何をしてきたんだ……って話だわ。
こちとら幽霊経験して、何人もの人を殺して、母親助けるためにバスにはねられてるんだよ?
「ハハハ、その位が元気で良いではありませんか。スノーは魔法の勉強ばかりで、玩具にも興味を示しませんからなぁ。」
すみませんね、努力はしているつもりだけど、元女子大生にパペット人形はきついよ。
「お父様、イザベラのいるビュッフェに行ってきても良いですか? なんだか喉が乾いてしまって。」
「ああ、そうだな。付き合わせて悪かったよ。」
「いえ……お母様とお楽しみくださいね。」
父が一瞬驚いた。
もう5年の付き合いなんだし、伯爵夫人と話している母とダンスを踊りたい……なんて考え見え見えなんだから。
私は急いでイザベラの元に……行きたい所だが、一応主役として注目されていない訳ではないので、おしとやかに大理石の床を歩いて向かう。
「お食事中失礼いたしますが、桃色のドレスを着た茶髪の少女を見かけませんでしたか?」
テーブルで軽食を取っている、中年の夫婦に聞いてみる。
「ああ、その子でしたら1番隅のテーブルにいますわ。」
「教えてくださり、ありがとうございます。」
あ……どうしよう。
この喋り方が凄い嫌になってきた……思えば、パーティーというパーティーに出るのは今日で初めてだわ。
いや……こんなにもこの喋り方が鬱陶しくなるとは。
「ムシャムシャムシャ……。」
隅のテーブルに近づく度に、こんな効果音が聞こえてきてもおかしくない程、ローストビーフを食べ続ける少女の後ろ姿がハッキリと見えてきた。
何故ローストビーフと分かるかと言えば、ビュッフェのプレートの『ローストビーフ』と書かれた場所には、肉が一切れも残っていなかったから。
イザベラはローストビーフが好きなので、あらかじめトンリュートに多目に作ってと頼んでおいた。
それを食べきれるのは、イザベラ以外にいないもの。
咀嚼音は出さないけれど、飲み込む際に揺れる背中……なんと良い食べっぷりだろうか。
「イザベラ、来たわよ!」
「ングッ!!」
背中側から声をかけたせいで、イザベラは喉に肉を詰まらせてしまった。
「お水飲みなさいっ! ほらっ!」
「ゴクゴクゴクゴク……プハァっ!」
テーブルの上にあったコップを渡すと、一気飲みして風呂上がりのオジさんみたいな声を出した。
「楽しんでくれているみたいで良かったわ。私の挨拶回りが終わったから、こちらへ来たのよ。」
「お見苦しい所を見せてしまって、申し訳ございませんでした。」
顔を赤くして謝られても、私はイザベラの頬に付いたローストビーフのソースが気になってしまう。
「ナプキンはあるかしら?」
「はい、これでよければ……。」
四人がけテーブルの空席に置いてあるナプキンを貰うと、目をつぶり意識を集中させて……。
「水よ、我の指から水滴となり現れなさい。」
「スノー様! それはっ!!」
イザベラが驚く中、私の体は少しだけ青く光った。
左手に白いナプキンを持ち、右手の人指し指を向けると、透明な液体……水滴がポタポタと垂れる。
そう、これは魔法だ。
水魔法と呼ばれる物で、大抵は高校生(美咲時代と同じ年齢)にならなければ飲料水に出来る程綺麗な水は出せない。
だけど、父の書斎や屋敷の図書室に行ける様になってから、毎日朝から晩まで魔法の勉強を続けた結果、私は使える様になっていたのだ。
「さあ、口元を拭きなさい。美味しそうなソースが付いているわ。」
「スノー様……いつの間に水魔法を習得された……ムグっ。」
喋り続ける口を程良く濡れたナプキンで拭く。
「毎日の勉強の賜物よ。はい……これで綺麗になったわ。」
魔法を使うには自分の体内にある魔力を増やす必要があり、ひたすらそのための訓練を積んだり、書籍を読み込んだり……本当に大変だった。
魔力が増えてもコントロールするために、使う魔法に対しての適当な魔力配分を学ばなければならず、私はここでかなり苦労した。
魔力が多い家系に生まれた事が、この世界で幸せに暮らせるためのハンデだったのかもしれない。
「私も何か食べようかしら。」
「いや、そうではなくて……いつの間に水魔法を習得なされたのですか……。」
「まあ良いじゃない、そんな事は。あら、あのウェイターが持っているブドウジュース美味しそうね。」
「ですから……。」
「もうその話は終わりよ! トンリュートに頼めばここには無い料理を作ってもらえるから、食べたい物を厨房で注文でもしてきなさい。」
普段は使用人なのでトンリュートが作るまかないを食べているイザベラは、この言葉に喜んで厨房へと向かった。
何を頼むのかが楽しみだ。
「ウェイターさん、ブドウジュースをいただけるかしら。」
「はい、搾りたてのブドウで作りました。」
お盆の上には見るだけでよだれが溜まる位、濃くて香りの良いジュースが並んでいる。
中でも1番そそられた手前のグラスを取り、優雅に口へと運ぶ。
「ゴクゴクゴクゴク……あら、とても美味しいわ!」
「その様に言っていただけて、とても嬉しいです……ってそのグラスは赤ワインです!!!」
え? 赤ワイン?
確かに紫色のジュースは半々位の割合でグラスが違うし、紫が強いのもあれば赤紫のもあるけれど。
「気分は悪くなられませんかっ!? 私の失態です、申し訳ございませんっ!!」
ウェイターが私に激しく頭を下げるので、周りの人達がこちらに注目し始めた。
「いえいえ、大丈夫ですよ。これは私と貴方だけの秘密です。赤ワインを私が飲んだ事は、絶対に内緒ですからね?」
このウェイターには、むしろ感謝したい。
レイの世界は18歳から飲酒がOKだったので、仕事を忘れ様と毎晩酒を飲んだものだ。
そこからお酒が好きになったけど、殺されてからは飲める機会がなくて。
酒には強い方だから、ジュースと間違えて飲んで介抱される……なんて事は絶対にない。
あ……殺された時の事が、頭の中に蘇ってきちゃった。
どうしよう……凄い……怒りが……。
「あの……本当に大丈夫ですか?」
ウェイターが心配するのも無理はない。
目の前で人が頭をかかえていたら、声をかけるのが普通だろう。
それにしても、急にこんな事になるなんて……久しぶりだ。
美代以来だろうか……ああ、憎い。憎い。憎い。
私も同じ位憎まれているんだ……殺した人達に…。
……考えたらきりがない…………っああもう!!
「貸してっ!」
「えっ!?」
お盆の上に残っていたワインの方のグラスを手にとって、ゴクゴクゴクゴクっと一気に飲み干す。三杯を続けて。
「ご馳走さま。」
空のグラスをお盆に戻し、頭を冷やすために屋敷の外へ向かう。
コツコツコツと靴音を鳴らして外に出ると、雪がどんどん降り積もっている。
勿論寒いのだろうけど、私は全然寒さを感じなかった。
赤ワインを四杯飲んだはずなのに、体が暖まる訳でもなかった。
ただ……雲の隙間から見え隠れする月を見ているだけ。
「綺麗だなぁ。」
レイは月を見て、兎が餅をつく様に見えたけれど、今日は満月ではないので残念だ。
だけど、それでもとても綺麗。
屋敷の外にはパーティーに来た貴族の馬車やペガサス車が、無数に停めてある。
玄関先に立っていると、ちらほら帰る客も増えてきて。
「スノー様、こんな所でどうされました?」
「男爵……いえ、別に理由はありません。ただ、ぼーっとしているだけですよ……お気をつけてお帰りください。」
「スノー様ぁー!!」
立ち初めてしばらくすると、イザベラの声が聞こえてきた。
私がいなくなって、心配しているのだろう。
指先が赤くなり始めたし、そろそろ戻ろうかな。
「ここにいるわー!!」
私は……スノーはここにいる。