奇襲
涙がテーブルに落ちた時、どうにもならない気持ちになる。
何をしたら良いのか分からない。
こんな、意味の分からない気持ちになった事は、これまでの人生であったのだろうか?
それすらも分からない、記憶の中にはないが……この気持ちは体がむず痒くなる。
居心地が悪い。
自分の知らない気持ちに支配されるのは、何十年も前から苦手でたまらない。
「綺麗事を言うな!!」
私は勢いよく、お母様の少し痩せた手を振り払う。
これしか出来ない、正しくないと分かっていても、この気持ちにはこうする事しか出来ない。
驚いた様で、お母様は尻餅をついてしまった。
それでもなお、私に向かって優しく言い続ける。
「スノーがどんな事をしていようと、可愛い我が子に変わりはないのです。愛している事に変わりはないのです。」
迷いのない目で言われると、こぼれ落ちる涙を止められなくなる。
そんなに真っ直ぐ見つめないで……お願いだから、私から目をそらして。
今……そんな事されたら、我慢できなくなってしまう。
「お……。」
駄目、スノーホワイト。
あなたがそんな事を言う資格はないの。
だけど、もう我慢が出来ないの。
「おっ、お母さ……。」
だが、運命は私達親子の邪魔をする。
私の言葉を遮る、ドーンッ……という轟音が地下全体に鳴り響いた。
それだけで、皆分かる。地下の隠れ家が敵に見つかったと。
「い、いかん!! 民を逃がさねば!!」
王がいち早く反応し、締め切られた部屋を出て行く。
それに釣られて、部屋に残された私達も走る王の後ろを追いかける。
涙なんて、流していられない。
腕で拭うと、それは止まった。
「皆の者、落ち着いて行動するのだ!! 誘導係は脱出口まで誘導し、森の中で人々を守れ!!」
地下で一番広い、広場の様な場所に集まった人達に、少し高い場所から王が声を張り上げて指示する。
ここに集まっているのは、およそ5000人……こんな人数が暮らしているとは思わなかった。
それと同時に、何故これほど広い地下空間があるのか、残りの城下町の住人はどこにいるのか……という二つの疑問が生まれる。
だが、質問をしている場合ではない。
予めもしもの場合に人々を誘導する係の100人程が、先頭を行く者と一番後ろで武器を持つ者の二つに分かれ、森へと繋がる通路に早歩きで進む。
その間、誰もしゃべらない。
大きな音を出して良い事などないからだ。
……しかし妙だな。
何故敵は私達が気付くであろう轟音を出した?
黙って地下牢の壁に開いた穴から、静かに入ってくれば良かったのでは?
「クソッ、魔力こぼれを見つけたか。」
王の後ろで待機する私達には、ソレアの一言が聞こえた。
魔力こぼれ……それは、何かを消す魔法を使った時に、魔力の主張が強すぎて魔法に負けてしまう現象の事。
魔力こぼれは勘が鋭い人なら感知出来る、部屋の角に少しだけ溜まった埃に気づく様な……机の上にある小さな消しゴムのカスに気づく様な……いや、これではただ気が利くという意味になる。
とにかく、残りカスだ。
確かソレアは、魔法で石壁を元に戻していた。
それだけで魔力こぼれは起こさないと思うけど……。
「ごめん、あたしが地下道とここに繋がる扉が閉まる前に、掘った穴を奥から崩したんだ。正確には魔法液をかけて無い事にしていた土が元に戻っただけなんだけど……。」
物体を無い事にする魔法液、かなり高等な調合をしなければ出来ないはず。
そんな物が身近で使われたというのは、かなり驚きだ。
元に戻ったという事は、制限時間がある魔法液……それは、一番安価な物か一番高価な物のどちらか。
この場合は疑う余地もなく高価だと分かる。
「ソレアのせいではない、私達を助けに来てくれた事には本当に感謝している。今は前々からシミュレーションしていた作戦を実行するのに一番最適な瞬間なのだ。」
「その作戦とは……。」
私だけ訳が分からないので、先程までの態度もあり遠慮がちに聞く。
それに対し、王は重々しく口を開いた。
その目には少々涙が溜まっている様にも見える。
「……シエナ……討伐作戦だ。」




