表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/53

暗殺者の子

「レイが生まれた世界はコントラストみたいに石の使われた街並みじゃなく、木で作られた家に道路はどこもかしこも土……これを美咲の世界では『和』と呼ばれていた。」


「その『和』というのは、なんなの?」


ソレアは首をかしげている。

確かにこの世界に『和』という言葉は存在しないから、分からなくても当然だ。


「私も詳しい説明は出来ないけれど……。」


深い茶色の木で出来ている店、藍色ののれん、のれんに書かれている『とうふ』の三文字、販売スペースに並ぶ豆腐、その奥で仕事を頑張るお父さん、手伝うお母さん。


「暖かいの……心が、暖かくなるのが私の中での『和』だよ。」


……いけない、話にずれが生じ始めた。


「それで、ここから先の話……私の事を軽蔑したって不思議じゃない。」


「そんな事する訳ありません!」


バンッと机をたたいてお母様が立ち上がった。


「私が、人殺しでも?」


「……え?」


「私が、沢山の命を奪ってきたとしても?」


「スノー、冗談を言うのはやめなさい。笑えないぞ。」


眉間にしわを寄せ、お父様は震えている。

怒っているところを私は初めて見た。

特に怖いという感情は持てないけれど、代わりに申し訳ない……その気持ちでいっぱい。


「笑えないのは当然、だって冗談じゃないから。レイは表向きは旅館の経営者、暗殺が裏家業の家に生まれたの。」


もう誰も声を出さない。

この空気の中で、誰も声を出せない。


「初めて殺しをしたのは、15歳の時……背後に回って首を刃物で……ね。依頼者が裏に生きる人だろうし、ターゲットも大体は裏の人。それでも若くて十代後半、一番年がいってたのは八十代。使っていたのは主に短刀。」


ポタッ


お母様の額から、冷や汗が落ちる。


「もう、レイ時代は辛かった。殺しは少なくとも半月に一回、多ければ週に二回かな。それを三年間、学校に通いながらこなした。」


王が俯いた。

そりゃあ小さい頃から可愛がっていたスノーホワイトが、転生者だし暗殺者だしで……王としてなんと言ったら良いのかも分からないだろう。


「そんなレイも、18歳の時に結婚を約束していた恋人に殺された。」


息をのむ音が聞こえる。

そして、ライが震える口を開いた。


「……スノー、婚約なんてしてた……のか?」


そこかよ。


「ええ、口約束だったけどね。レイの国では学生結婚も良くあったし、そう珍しくはない。お見合い結婚させられる子もいたから、私は幸せな方だったと思う。」


「じゃあなんで、なんで殺されたんだ?」


「知らない、ターゲットの家でいきなり現れて殺してきたもの。幽霊にはならなかったし、剣を貫通させといて首絞められたから。」


口に出すと怒りも憎しみも思い出す。

だけど私だって人殺しだから、特に言える事はない。


「酷すぎるよ。」


ソレアが顔を真っ赤にしている。


「恋人を殺すなんて、その人……私がぶん殴りたい。」


拳を握り締めて言う姿は、本当にぶん殴る用意が出来ている。


「ありがとう、だけど私も同じ人殺し。」


あくまでも笑顔で、淡々と話す。


「何十人もの返り血浴びて、スノーホワイトでも山賊の返り血浴びて。悪党だった人もいるけれど、それでも人殺しに変わりない。叫び声も噴き出す血液も、私の体に沁み込んでいる。」


笑顔で話すスノーに、話しかける者はいなかった。

母を除いては。


「私は軽蔑出来ません、スノーホワイトが愛しい我が子に変わりはありません。」


顔は冷や汗と涙でグチャグチャ、化粧をしていない綺麗な顔がハンカチを差し出したくなる程に濡れている。

そんな顔でも、瞳には曇りがない。


「スノーが自分から殺しを始めた訳ではないし、楽しんでやっていた訳でもないでしょう?」


「レイはそうだけど、スノーはむさい男……たまに女も殺した。賞金首の山賊殺して、賞金をギャンブルで増やして生活してた。」


「それは悪い人にした事、良い人を殺したりはしていないでしょう?」


「さあね、暗殺した中にはいたかもよ。」


いつも知らされていたのは、ターゲットの名前、住所、行きつけの店、職業、顔、特徴。

職業が同業者だった事もあるし、医者や教職についていた人もいる。

性格なんて、そうそう分かるものじゃない。


「お母様、レイはね自分の命の方が何よりも大事な自己中人間だったの。他人の命よりも、自分が可愛くて可愛くて仕方がなかった。」


「そんなの、当たり前の事です。」


言い切ったその言葉に、私は驚いた。

たぶん、お父様達も驚いた。


「自分が可愛いのは、生き物として当たり前です。」


お母様ははっきりと繰り返す。


「自分が可愛いのは、生きているなら誰もが思う事。不思議でもなんでもありません。」


立ち上がって私の座るイスの横に来て、薄汚れたワンピースを着た女性は床に膝立ちをする。

少し痩せた手で私の手を握り、繰り返す。


「気にしなくたって良いのです、私だって自分が可愛い。そんなスノーホワイトを母は、心から愛しています。」


その言葉を聞いて、私の笑顔は崩れた。

代わりに……涙が頬を伝う。

一粒、また一粒とこぼれ落ちる涙は、しょっぱいパンケーキとはまた違う味がした。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ