山賊刈り part2
火が付いた木から木へ、枝から枝へとみるみる炎は大きくなっていく。
煙も立ち始め、泣く子も黙る山賊が泣きそうだ。
「お頭、逃げましょうぜ!」
「そうだ、この小娘狂ってやすよ!」
言いたい様に言えばいいさ、私は痛くもかゆくもないのだから。
雑魚は放っておくとして、問題は隣で震えている少年の方だ。
「早く山を降りなさい、この火はどうせ消すんだから。私の水魔法を使えばすぐに……。」
「嫌です。」
少年はそれだけ言って、私の傍から離れようとしない。
「さっさと逃げないと、命の保証は無いし……なにより自分がお荷物だって分かってないの?」
この言葉が、言われる側にとって辛いのは承知だ。
だけど、事実なので仕方がない。
「だけど、女の子一人残すなんて……。」
「だけどじゃ無い! 邪魔だって言ってんの分かるだろ!?」
炎がメラメラ揺らめくここは、だんだん熱くなっていく。
日がまだ高いのに、夕方の様だ。
「で、でも……。」
私がこれからする事を子供に見せるなんて出来ない。
早く少年を集落に帰さなければ……。
「このガキ共がぁぁぁあああっ!!」
お頭!?
「危ないっ!!」
今まで大人しくしていたお頭が、私達に向かって長刀を構え突進して来た。
予想以上に迫ってくるスピードが速くて、あっという間に少年の頭上に長刀が振り下ろされる。
その間……一瞬の間に私の脳は、信じられない程のスピードで回った。
……私だけなら、少年を見殺しにすれば逃げられる。
少年を突きとばしたら、私は死んで少年もその後逃げられずに、殺されるか売られるか。
それとも今ここで、剣を抜いてお頭を……いや、この体勢からだとつばぜり合いになれば勝ち目がない。
憑依魔法を剣にかけて……駄目だ、間に合うか分からないし、この炎を消すだけの魔力は残しておかなければ。どのくらい水が必要か分からない以上、下手に魔法を使うのは得策ではない。
考えろ、考えろスノー!!
自分の命と、今日会ったばかりの人間の命……どちらが大事だ!?
もう、切っ先は脳天間近に迫っている。
……あれ、私……何で迷ってるの?
そう、道なんて一つしかないじゃない。
「……やってくれた……わね。」
私はスノーの小さな体で少年を抱き庇った。
少年にこれ以上傷を付けさせないためには、これしかなかったのだ。
……ポタッ
「そ、そんな……。」
少年の命の代わりに、私は右耳の一部と右目を失った。
幸い頭に深い傷は負わなかったが、切られた途端に激痛が襲い、ポタポタと垂れ続ける血が、痛みを余計に煽る。
血は私の甲冑を染め続けるが、ここで立ち止まってしまえば傷を負った意味が無い。
子供に人が死ぬ所なんて、見せたくなかった……だけど、今はそんな考えは頭から吹っ飛んだ。
私が怒った時に、手加減なんて言葉は存在しない。
「私はね、やられたら必ずやり返すの。目には目を刃には刃を。」
私は腰から剣を抜き、お頭の胴を斬りつける。
「何すんだこのガキャ……。」
「バイバイ。」
胴を切り付けられ怯んだ一瞬の隙に、私の剣がお頭の首を飛ばした。
人を殺したなんて何年ぶりだろうか。
「……っ。」
「ん? ああ。」
お頭の返り血は、私にはもちろん……後ろにいた少年にもかかった。
お頭の首無し体が倒れると同時に、少年も気絶してしまった……まあ、健全な反応だわ。
「た、助けてくれぇ!!」
「何でも、何でもするから!!」
雑魚2人が見苦しい命乞いをしてくるので、私は交渉に乗る事にした。
「今からする質問に答えなさい。」
2人は激しく頷いた……この光景を見るのも、久しぶりだな。
「お前らは今までに何人殺した?」
「……2人で4人でっ……。」
ゴトッ
「ひ、ひぃっ!」
……相変わらず、見苦しくて反吐が出る。
ゴトッ
これで首無し死体が、三体出来た……。
「ウッ……。」
久しぶりに殺ったからか、一瞬吐き気がした……一瞬だけ。
後はもう、何も感じない。
それは人殺しを殺したから、何も感じなくなったのか。
それとも、私の耳と目を奪った人だから?
どっちにしろ、ついさっきまで感じていた激痛が、山賊を殺した事で何も感じなくなった。
これは、出血量が多くて感覚が麻痺しているのか……。
「か、母さん……父さ…ん。」
少年は足からの出血が止まっていないので、本で読み見様見真似で習得した治療魔法で止血した。
私の方もしたいんだが、広がり続けている炎を消せば魔力はもう残らないだろう。
「水よ、赤々と揺らぐ炎を全て消せ。」
……天に手を向けて言うと、上から雨の様に水が降ってくる。
私も少年も濡れてしまうが、しょうがない事だ。
「風邪……ひきたくないな。」
そんな事を考えながら、少年を背に抱えて山を降りた。
広場まで戻るのに、行きの倍以上の時間がかかってしまったらしく、本物の夕日が顔を出し始めている。
……私が通ってきた場所には点々と血の跡が付いており、山賊の元までの道しるべの様だ。
「そういえば、家に帰るために道しるべを残す……って童話あったなぁ。」
美咲か美代が読んでもらった、2人の兄妹が出てくる絵本をふと思い出した。
「ニャァー!!」
広場に着くと自分の血は勿論、山賊の返り血を浴びた体を見て、ミシュリーは心配そうに駆け寄ってくる。
私は広場の噴水脇に座り込み、
「私はもう、戻りたくないよ。」
そのまま意識を失った。




