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旅たちの日

私には、破ることの出来ない約束がある。

『天寿を全うする事』だ。


この約束は、今から5年前に柚としたもの。

……柚は、美咲の親友だった。

本名は橋本はしもと ゆず。近所に住んでいた幼馴染で、一番の親友だった。

しかし、私は17歳の時に死んだ。

柚を残して。

これまでの人生の中で、柚よりも仲良くなれた人はいない。

転生を繰り返すうちに、私の性格はどんどん変わっていった。

人を殺した自分が、人と仲良くなっても良いのか?……その事が頭に浮かび、親にですら心は開けなかった。


だけど、スノーとして生まれた年、王に双子が生まれた。待望の第一王子、第一王女の誕生だった。

兄の名前はライ、妹の名前はシエナ。

父同士が仲が良い事もあり、城に遊びに行く機会は多かった。

シエナは子供にしては大人びていて、私ととても話が合った。




そして5歳の時。


「私ね、生まれる前の記憶があるんだ。転生っていって、別の世界から生まれ変わってここに来たの。」


弾みでつい、話してしまった。

所詮大人びていたとしても、五歳の子供だしすぐに忘れてくれる……忘れなくても、冗談として扱ってくれると思った。

だけど……。


「……私もなの、私も前世の記憶があるの。」


最初は信じられなかった。

初めて転生者だと打ち明けた人が、同じ転生者だったなんて。


シエナはこれが最初の転生らしく、いまだにちゃんと信じる事が出来なかったらしい。

そして前世の世界はどんな所だったか聞くと、美咲や美代の世界とそっくりな場所だった。


「名前はなんて言うの?」


「……橋本はしもと ゆずって名前だったよ。スノーちゃんは?」


一瞬、息が止まった。


「私は……西野にしの 美咲みさきが最初の人生だった。柚……もしかしたら、私の事知ってる?」


同姓同名の可能性もあったけど、シエナから『柚』という言葉が出たら、もう柚としか思えなくなっていた。

数十年も前の記憶だが、思い出してみるとシエナと柚はそっくりだったのだ。


そこから、互いに一問一答を繰り返し続けた結果、私達は同じ世界で同じ時間を共に過ごした親友であると判明した。


柚は23歳の時に、お惣菜を食べて食中毒になり死んだ様で、てっきり幸せに暮らしていたと思っていたので悲しかった。

だけど再会できた事は嬉しかったし、転生について新しく分かった事もあった。

スノーとシエナは5歳で、美咲は17歳で死に、柚は23歳で死んだ。

柚は私が死んでから6年生きていたが、その6年間に私は37年過ごしていた……つまり、世界によって時間の流れが全く違う事になる。

実に興味深かったが、それ以上に再会できた事が嬉しかった。

柚も同じ気持ちの様で、それからはもっと頻繁に会うようになっていった。




しかし……それから3年後、柚は死んだ。

コントラストでの流行り病『石化病』に感染したのだ。


石化病とは原因不明の病で、治ったという例は存在しない。

感染すると、身体機能が徐々に働かなくなっていき、足の先から石化していく病。

柚は感染後、わずか2ヶ月で死んでしまった。

頭の先まで完全に石化すると、体は粉々に崩れ落ち、さっきまで存在していた体の元に、灰色の砂だけが残っていく。


王女の死は、国中が悲しんだ。

柚は海が好きだったので、残った砂を海の見える原っぱに埋葬し、十字架を建てた。

私は初めて、残される側の気持ちを知った。

そしてこの気持ちを……知りたくなかった。


シエナが柚だと分かった時、もう離れないように『二人で天寿を全うする』という、約束をした。

しかし、柚が石化病にかかってから「一人でも天寿を全うして」と頼まれた。

柚はもういないから、私はなんとしてでもこの約束を守らなければならないのだ。

もしかしたら、この世界に再び柚がやって来るかも……と、期待して。

可能性としては、あり得なくは無いはずだ。


だから私は勇者にはなれない。

まあ、元々詳しい話どころか、簡単な話もされずに任された厄介事だし。

剣は捨ててしまったけれど、甲冑は役に立ちそうなので貰っておこう。


「ああ、もうすぐ夜が明ける。」


夜空がひいていき、次第に明るくなってきた。

この一晩で、私は決心した……この国を出る事を。

世界は広いが、コントラストの外に出た事は一度もない。

この世界で、柚と絶対に再会できるとは限らない。

でも、世界を旅したら、柚を見つけられる可能性が上がる気がした。

それに、私と柚がコントラストで転生者として出会えたのだから、この世界には他にも転生者がいると思った。

その様な人達と会う事が出来れば、人生についてのアドバイスを貰えるかもしれない。

スノーの道は、決まったんだ。




私は旅の支度をするために、こっそりと家へ戻った。

玄関先を上空から見ると、両親とイザベラが毛布にくるまり座っていた。

おそらく昨夜から、夜通し私の帰りを待っていたのだろう。

そこで、気づかれないように、家には自室の窓から入った。


「ニャ~。」


部屋ではミシュリーが待っており、私に気づくとトコトコ駆け寄ってきた。

この子は私が育てるべきだし、旅に連れて行く事にした……本人(本猫)も置いて行かれるのは望んでいないと……目を見ればそう思っているのは分かった。

戸棚からミシュリーの餌を出し、ペンダントに入れる。

着替えも何着か入れ、貯金箱(信じられない程重い)も入れた。

ペンダントにはかなりの物が入り、重さもまったく変わらないので、これからも重宝するだろう。


……最後に紙に書き置きをして、ベッドの上に置いた。

紙には『心配しないでください。ミシュリーと旅に出ます。今までありがとうございました。スノー・ホワイト』と書いて。

両親には、大事に育てて貰って感謝してる。

心は痛むし、離れるのは辛い……だけど、ここに居るワケにはいかないんだ。

これまでの人生の中で、スノーは一番好き勝手に生きようと思う。


「ミシュリー、肩に乗って……行くよ。」


「ニャァ。」


体が小さくスタイリッシュなミシュリーは、私の肩に十分乗れる。

勿論乗せっぱなしは肩がこるから、途中でほうきの柄に移ってもらったりする。


私は窓枠をトンッと蹴り、ほうきで家を後にした。

海はとても広いので越えられない。

だから、城の後ろにそびえたつ山に向かって飛んだ。

まだ薄暗いが、見つからない様慎重に進む。


「コントラスト……さようなら。ありがとう。」



私の新たな人生が始まった。




「あなた、今……スノーの声がしませんでした?」


「ああ、聞こえた気がする。」


「部屋を見に行きましょう……。」


春の夜は、まだまだ冷えるので、毛布を使っても体はすっかり冷えきっていた。

私と夫は暖かい家の中に入り、急いで階段を上ります。

二階のスノーの部屋へ恐る恐る入ってみると、窓が飽きっぱなしでした。


「ここ、空いてました?」


「分からない……あっ!」


一瞬、外から強い風が吹き……その時、ベッド上から一枚の紙が舞い上がり、私の手元へ落ちてきた。

紙に書かれた言葉を読んで、私たち夫婦は後悔して泣きました。

あの子が選んだ選択肢が正解かは、誰にも分かる事は無いでしょう。

しかし、自分で道を決めた姿は、目に見えずとも立派です。

私達は……そんなスノーを誇りに思います。


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