コントラスト城 part2
「スノー、他に観たい物はあるかね?」
観たい物……あ。
「……そうだ、アレはまだありますか?」
「勿論、1番のお気に入りだからな。」
王は回廊の突き当たりをぼんやりと見る様にして、穏やかな声で私に答えた。
「私も……あの花瓶が、1番のお気に入りです。」
回廊の突き当たりには、展示ケースが置いてあり、その中に飾られている物がとても好き。
ゆっくり、ゆっくり。一歩一歩近づいていくと、隣を歩いている王の目に涙が溜まっている事に気がついた。
……そして展示ケースの目の前まで行くと、作られた当時のまま平たいベージュのクッションの上に乗せてある。
「いつ見ても、これに敵う物なんて無いわ。」
……数ある芸術品の中でも、私と王の一番のお気に入りは……いびつな形の花瓶なのだ。
これは数年前に、スノーとその親友で作った物で、唯一無二の一点物。
初めて陶芸をしたからか、陶芸家の先生がどう感想を言おうか、かなり迷っていた事を覚えている。
「……陛下、今月も『会いに行っても』宜しいでしょうか?」
私は突き当たりにある窓から、少し遠くに見える海を眺めながら聞いた。
「もちろんだ、『あの子』はとても喜ぶだろう。」
現在
広間のテーブルにて、お手洗いを済ませて先に座っていたライと合流し、三人で思い出話に花を咲かせている。
「スノーが来てくれないかと、最近ずっと思っていたよ。」
ライを叱った時と違い、威厳に満ち溢れた顔が、今はとても優しい笑顔になっている。
ほんの少しの悲しさを瞳に宿して。
「すみません、魔法を覚えるのに夢中で。」
「ほう、どこまで覚えたんだね?」
王が興味津々な顔で聞いてくる。
その顔が少し子供っぽく思えたが、そういえば王は32歳……まだたったの32年しか生きてないんじゃない。
子供っぽく思えて、当然と言えば当然だ。
「どうなんだよ、スノー・ホワイト。」
ライが挑発的に聞いてきた。
「炎魔法は苦手ですが……水魔法は得意です。氷魔法と動植物魔法も一般的な部分はだいたい………。」
私は本当の事を包み隠さずに言った。
そう……炎魔法が『苦手』なのだ。
「なーんだ、俺なんか部屋の壁を焦がすくらい炎魔法を使えるんだぜ!」
「お前はコントロールが出来ておらん!すぐ調子に乗るからだぞ!」
ライは張り切って言ったが、すぐさま王に制される。
ここは1つフォローを……。
「私もコントロールは苦手です……。だって、私もライもまだ10歳ですから。」
そう、魔法なんてまだ10年しか使っていないのだ。
今まで魔法が存在する世界に産まれなかったから、大体はライと平等。
ゴーン ゴーン
……雑談を交わしていると、あっという間に正午を知らせる鐘が鳴ってしまう。
「もうこんな時間……今日は午後から予定があるので、これで失礼させていいただきます。」
「もう帰んのかよ、ちっ。」
舌打ちすんなよ、また王に怒られるって。
「帰ってしまうのは残念だが、予定があるのなら仕方がないな。スノー、父さんに今度飲もうって伝えておくれ。」
王が少し寂しそうにしながらも、私に言伝てを頼んでくる。
「了解しました。今度会いに行くって、あの子に伝えておいて下さい。」
「……ああ、伝えておくよ。帰りのペガサス車を用意させよう。」
「いいえ、大丈夫ですよ。ライ、また明日。」
「うげっ、明日も会うのかよ。」
王の気遣いは嬉しかったけれど、私は箒で帰りたかったので断る。
そして、ライの頭に軽いチョップを当てて城を後に。
城門までの長い道のりは、走った。
フォームには自信があるけれど、今日ばかりは崩れてしまう。
時間制限なんてないのに、何かに迫られている気がしてならなかったから。
城門を出た瞬間に、箒で空へ飛んだ。
ザザーンッと、崖に波がぶつかる音が聞こえる。
そう、私は海の近くまで飛んできた。
ペガサス車でも来る事は出来るのだが、それでもここには一人で来たかった。
大切な人に、会うからだ。
「久しぶり。今度って言ったけど、来ちゃった!」
「弟は大変ね、勉強はできても馬鹿だよね。」
「崖の上の原っぱって、地平線まで見えるんだね。」
「ここの草を維持するために、防御魔法で風に乗る塩だけを除けてるらしいよ。」
「ここに住めてるなんて、羨ましいなぁ。」
「ねぇ、少しだけ、悲しんでもいい?」
「あんたと同じ事をするだけだから……いいでしょ?」
「こっち側になるのは辛いね。」
「少し肩を貸して……寂しいの。会えなくて。」
「あんたの肩は、あの時から硬いままだね。」
「もう少し、もたれかからせて。」
私は白い十字架に、頭を乗せ、寄りかかっている。
「また、いつか、会えるって、信じてる。」
「その時は、教えてね。」
返事がない事は、数年前から分かっているけれど、話しかけるのだ。
忘れない為に、覚えている為に。




