新しい人生
なんだろう、体が暖かい……この感覚は、初めてじゃない気がする。
近くから、苦痛が混ざった声がするし……。
「ヴゥ……ァアアアアッ!!」
あっ、もしかして。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
これ、泣いてるの私だ。
嘘でしょ……またなの?
「奥様、よく頑張りましたね!」
「……私の……赤ちゃん……ああっ、やっと会えたわ!」
……転生だ。
これでもう、転生3回目だって……何回赤ん坊を繰り返さなければいけないの……?
「私に顔を見せて……こんにちは、今日から宜しくね。」
今度の母親は、私を抱いて涙を流している。
とても美しい女性だ……こんな人の元に、私みたいな転生者が産まれてしまって、申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。
「さあ、体を洗いましょうね。」
いや、ありがたいけれど、恥ずかしいです。
女性しかいない部屋だけど、ついさっきまでは女子大生だったんだから……。
……って思っても、泣き続けなければいけない私には、拒否権は存在していない。
気桶に張られた丁度良いお湯に、黙って浸かっているしか道はない。
さて、体の滑りを取られている最中だが、ここがどの様な世界なのかを把握しなければならない。
……部屋を見たところ、造りからいって前世とは全く違う世界だ。
病院ではなく、自宅の一室……という線が有力だろう。
助産師を5~6人程呼んでいるところから、かなりの財力を感じる。
「さあ、次はお体を拭きましょうね。」……あら、この子もう目が開いている!」
そう言った助産師と、目が合った。
……目が合ったのだ。
「奥様……この子、もう目が開いていますよ!」
目を見開いているのはそちらでは……?
「それはすごいわ!」
奥様、疲れていると思うのでそんな大声を出さないで……。
「おぎゃあっ、ああぎゃぁっ。」
……泣き声では伝わらないか。
そうだ、転生がこれで3回目となり、その仕様が産まれる度に詳しく分かってきた。
取り敢えず、死んだら1度幽霊化するかしないか、という違いがある。
私の場合は、2回幽霊化と1回死んだっきり……だ。
転生前は必ず意識がなくなり、気がつけば暖かな感覚が芽生えている。
そう、産まれる直前の感覚だ。
それから女性の苦痛を交える声が聞こえ、今までの人生の記憶を持ったまま産まれる。
その後が不思議で、産まれた瞬間は私の意識関係なく泣いてしまうが、少し時間が経つと泣く意識を持たなければ、泣き止んでしまう。
赤ん坊の頃から、怪しまれない程度に泣き真似をするのは、かなりキツい……が、こんな子供を産んだ母のために我慢するしかない。
「綺麗な肌は、奥様譲りですね……。」
「そうね……でも、私よりも何もかもが美しい子だわ。」
母は疲れを感じさせる声だが、とても嬉しそうでもある。あの大声はかなり応えたはず。
そんな母の横で、助産師が私の体を拭く。
拭く際のタオルは、真っ白でふかふか。……いや、質の良い布か?
まあ、そんな事はどうでも良い。
「お嬢様、初めてのお洋服ですよ。」
初めてではないけれど、着せられたベビー服も肌触りと着心地がとても良い……この生地、絶対高いと思う。
すると、ほんわかとした空気の部屋に、木の扉が思いっきり音を立てて開けられる。
「生まれたのか!」
お、部屋の外から男性が入ってきた。
着替えた後で良かった……しかし、タイミングは少し遅いし何より五月蠅いぞ。
「ええ……可愛い女の子ですよ……!」
そうか。
今回の人生も、容姿には恵まれたのか。
それでも、容姿・家庭に恵まれていても、今まで1度たりとも幸せに人生を過ごしきる事は出来なかった。
幸せに死ねない代わりに、毎度何かは恵まれているという事?
「よく頑張ったなぁ……。」
この言い方から、男性は父だと分かる。
うん……今回の親は貴族らしい。
助産師が言った「公爵の初めてのお子様は、とても元気に泣く女の子ですよ。」という言葉のお陰で分かったの。
公爵と呼ばれるだけあって、父の服は凄く立派。
装飾品からも嫌味の無い気品が出ていて、さすが『公・侯・伯・子・男』の最上位である『公爵』だ。侯爵かもしれないが。
貴族の親は初めてだけど、産まれた瞬間から愛情を受けている事から、恵まれた環境に転生したと推測出来る。
今回の人生で『私』を終われれば良いのだけれど。
「ど、どうしましょう! この子、全然泣かなくなったわ!」
ベビー服を着た私を抱いている母が、泣かなくなった事に焦り始めた。赤くなって汗をかいていた顔が、顔面蒼白になってしまう。
申し訳ない、うっかり泣くのを忘れていたよ。
ゲフンゲフン……え~っと「おぎゃあ! おぎゃあ!」……これでいいはず。
「おおっ、また元気に泣き始めた!」
母の言葉で動揺した父の顔が明るくなる。
「ああ、安心したわ……。」
母の顔にも赤みが戻った。
二人とも安心してくれたのだ。
ふ~、危ない危ない。
あくまでも、一般的な赤ん坊として泣いて過ごさなくては。
「この子の名前を決めたぞ!」
父が拳を天(天井)に掲げて、いきなり宣言する。
さて、今度の名前はなんだろうか?
「雪の降る日に生まれ、雪のように白い肌の娘だから『スノーホワイト』だ!」
「まあ、なんていい名前!」
うわっ……本気?
前世だったら、どっかのお姫様の名前と被っている。
だけど、父が言った『雪の降る日に生まれ』という言葉で、今が冬だと分かった。
部屋にはシャンデリアが下がっていて、窓はカーテンが閉まっている。
私は冬の夜に産まれたのだ。
暖炉が赤々と燃えていて、助産師が一度部屋を出た後に……優しく、母から父へとスノーホワイトが手渡された。
ああ、暖かな家庭だ。
……名前は別として、幸せに過ごせる気がする。
私に見合わず、罪悪感を感じる人生がまた始まった。