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青い空

スピーチは噛まずに終えられた、魔法学科の教授も第一印象は良い。

同級生は当たり前だが年上ばかりで、過去に夢見たキャンパスライフなどは到底無理。

それは小学校・中学校・高校も同じ様なものだったから、今の私には慣れたもの。

これから本格的に授業が始まるのは、休日を2日挟んだ後の月曜日。

教授はその日に自己紹介をすると言っていたので、家で開いた社交界に来た事のある貴族の同級生以外の人は全然知らないまま。

平穏で完璧な生活を送るには、少なくとも同学年の人達の名前と顔を一致させられる様にはする。

入学式で読んだスピーチは、緊張したけれど必死に平常心を保ちながら頑張った。

式が終わった後は、各学科の教室ごとに分かれて、自己紹介……のはずだった。

だけど、魔法学科の教授の話が面白すぎて時間があっという間にすぎてしまい、結局自己紹介の時間を取る事は出来なかった。

同級生の名前は知らなくても、ひとまず無事に大学生活初日は終わるところ。

大学生になって生きていられるのは、スノーが初めてだから……少し浮かれていたのかな。




「あいつの……あいつのせいで……。」

「そんなに気にする事ないよ!ライ君!」





私が立っている位置から、10m程後ろで交わされていたこの会話。

これを……私は聞き逃してしまった。




「スノー様~!」


「あら、イザベラ! 魔法学科まで来てくれたのね。」


入学式しかない今日だから、イザベラと別れてまだ数時間。

それなのに、満面の笑みでこちらへ駆け寄ってくる少女。

なんて愛らしく、純粋なのだろうか。


「スノー様はコミュニケーションが得意ですから、早くもご学友がお出来で?」


「いいえ、皆様年上の人ばかりだし、そんな事無いわよ。私が得意なのは『知り合いを作るコミュニケーション』で『友人を作るコミュニケーション』ではないの。」


「そんな事ありませんよ! 私もいますし……って、使用人の分際で申し訳ありません……。」


イザベラは言いすぎた……と反省する表情だが、私はそれがとても嬉しい。

私の、スノーホワイトの友人はイザベラだもの。

ええ、イザベラだけなの。


「頭を上げて頂戴。あなたは私の友人よ、たった一人の大切な友人。私はあなたが居れば、それで十分だわ。」


これは、10歳の少女が口にする言葉では無い……それは良く分かっている。

美咲が10歳の時なんて、夕食のつまみ食いをした記憶位しか残っていない。

普通の子供にはもはやなりきれない、それなら普通ではない子供でいる方が不自然さが消えると分かった。


「さあ、帰りましょう。帰りのペガサス車が待っているわ。」


「はい、スノー様。」


私とイザベラは、長く続く回廊を歩いた。

春うららかな今日、石造りのひんやりとした空気の回廊が、私の余計な感情を抑えてくれている様で心地良い。

昇降口に行くまでに通る中庭では、色とりどりの花が花壇という狭い世界で窮屈に見える程咲き乱れ、受粉の役割を果たす小さな虫達があちらこちらに。


そのうち昇降口を出ると、真上に広がるのは青空。

数点の曇りがあった方が私は好きだが、今日みたいな晴天も嫌いではない。

ただ、私にはどうしても眩しすぎるのだ。

ドレスの裾を揺らす気持ちの良い風が、校舎の周りの春の香りを連れてくる……それすらも、私にはむせかえる程輝いている。

この香りは、どこから来たのだろう。

どんな場所から来ているかは分からなくても、私よりも澄んでいる事だけは分かる。


「今日は綺麗な青空ね。」


イザベラに言った一言は、過去の私への皮肉がブレンドされていると捉えて貰って構わない。

鈍感なイザベラには、伝わらないのだから。


「はい、スノー様の瞳にはかないませんが。」


「ありがとう、あなたの瞳も綺麗だわ。いいえ、あなたの瞳の方が何倍も綺麗よ。」


この言葉は、私が心から思った事。

栗色の瞳に栗色の髪。

健康的な色の肌と、絶える事無く浮かび続ける笑顔。


「お世辞だとしても、頬が緩んでしまいます。」


「緩んだ顔は可愛いわ。あなたの笑顔には、私にないものが含まれているみたい。」


この時、警戒心がかなり薄くなってしまっていた。

レイ時代では、あり得ない程に……警戒心を無意識に解いていたのだ。


ドンッと、背中に衝撃が走る。


「きゃっ!?」


私は後ろから突き飛ばされて、春風に乗ってくる砂がうっすらかかっている石畳に前のめりになって転んでしまった。

膝が少し擦りむいているが、今日のために父がくれたグリーンのドレスに、思いっきり砂が付いた……その方がショックだ。


「ス、スノー様になんて事するんですかっ!」


「へっ、お前が悪いんだよ。俺を差し置いてスピーチなんてしやがって!」


後ろから、生意気な子供の声がする。

地面に手を付き起き上がってみると、私とそう年の変わらぬ姿の男子が立っていた。

くせっ毛が引き立つ金髪に、グレーがかった青い瞳、顔は美少年といった所か。

そして私は、この男子を知っている。


「ラ、ライ?どうしてここに?」


その男子、ライはこの国の王の息子。つまり王子様って事。

父親同士が同級生で仲が良いため、私の幼馴染みでもある。

だけど、少々性格に問題があって。


「お前が首席のせいで、俺が霞むじゃねえか!」


……って感じで、人のせいにしてくる事は多々ある。

その度にスルーも出来るのだが、こいつに限っては黙っていられない。


「は……はあぁぁぁ!? 私はライがここにいるなんて知らなかったし!」


「お前の次に良い成績で、ここに入学したんだよ! 首席じゃないから、父さんに叱られたんだぞ!?」


そんなこと……。


「私が知るわけないわぁー!!」


「おっ、王子に向かって何を言ってんだよ!?」


ライは起き上がったばかりの私の元へ、明らかにイラついている顔で向かってくる。

私の顔にライの開いた掌が近づいてきた……その瞬間。


「てぃやぁぁあああっ!!」


怒りの沸点を超えてしまい、気がづけばライを背負い投げしていた。


「……どうしよう。」


そう思った時には、もうすでに時遅し。

地面に倒れているライを見ずに、私は空をながめていた。

汚れたドレス、王子を投げ飛ばした、周りの野次馬、それらの事柄から目を背けて、綺麗な青空だけを見る事で現実逃避をしていたのだ。

青空を眺めたまま、心底年々育っていった自分の身体能力を恨み、何故突き飛ばされる前に油断をしていたのかと、ひたすら後悔をした。

因みに、反射的に投げ飛ばした事には、後悔の欠片もない。


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