高校生活の始まり
朝食を食べたら、高校で指定されている茶色いリュックサックを背負い、ペガサス車にイザベラと乗り込む。
ブルーのドレスにリュックサックはあまり似合わないけれど、常日頃から公爵令嬢として相応しい格好でいなければならない。
春なのだからほうきで移動したい所だけど、スカートでは乗っては駄目だと父母に言われている。
「じゃあ、出してください。」
「了解です。」
コーチ内に取り付けられている小窓を開けて、御者で馬人のブリアックに頼んだ。
ブリアックがペガサスにかけ声をすると、二頭のペガサスがゆっくりと動き出す。
玄関では入学式が始まる前に来てくれる父母が、私の出発を暖かな目で見守っていた。
ペガサス車は段々速度を上げていき、まるで昔乗った飛行機の様に飛び立つ。
慣れるまでは恐ろしかったけど、今では景色を楽しむ余裕があるくらい。
「イザベラ、私のスピーチ……最後に暗記練習したいから付き合ってくれる?」
「勿論です。」
高校に到着するまでに、私は入学試験主席者が読むスピーチの練習をしていた。
今回は新学期と共に飛び級をしたため、コントラストの中学三年生と同じ時に試験を受けたのだが、普通に首席入学できた。
だって、高校生を三回もやっているのだから、逆に上位でなければ今まで何を学んできたのか……って話。
華々しい高校生活のスタートをこれから切るのだが、それには間違えない様にスピーチを読まなければならない。
暗記は一応しているが、たまにつまずく箇所がある。
子供だと年上の同級生になめられる……そんな事、公爵の長女スノーホワイトとして許される訳がない。
このドレスも身の振る舞いも、何もかもを父母に自慢の娘だと思われるために完璧でいなければ。
「……入学生代表、1年1組スノーホワイト。」
「スノー様、完璧です!」
「ありがとう。」
スピーチの声を聞けば、まるで小学1年生が話しているみたい……自分で思ってしまうのはしょうがない。
あとは胸を張って、背筋を伸ばし、代表に見合う態度を貫くのだ。
「スノー様、そろそろ着きますよ。」
コーチの横についている窓からは、王立コントラスト高等学校の屋根が見えた。
敷地はとても広く、コントラストで一番優秀な高校というのも良く分かる。
ペガサス車は高度を下げていき、校門の前のロータリーへと着地。
私の乗ってきたペガサス車は、装飾品が取り付けられていて周りの生徒達の目を一瞬でひいた。
「どうぞ、お足元に気を付けて降りてください。」
ブリアックが扉を開けて、踏み台を起きながら手を差し伸べてきた。
「ありがとう、気を付けて帰るのよ。」
その手を取って、優雅に石畳の地面へと降りる。
この姿を見て、何故幼い少女が高校に来ているのか、分かる者は一部の貴族以外はいないだろう。
一方イザベラが後から降りた事で、私が何者かが大半の生徒が察した。
「イザベラ、行きましょう。」
「はい、新入生の方々が集まっている教室まで案内させていただきます。」
学校の門は金属で頑丈に出来ており、そこから一歩足を踏み入れると中学とは違った空気に包まれていた。
一歩大人になった様な気が……なんて事はまったくない!
新学期が始まったばかりだからか、登校する生徒の騒がしさは……まるで鳥の大群が鳴いているみたい。
中学は先生に逆らえなくて、静かにしている子が多かったのに、高校生にもなると羽目を外してしまっている。
こんなゴチャゴチャした中を通れるのだろうか……。
「スノー様、大丈夫ですよ。」
イザベラが俯いた私に、優しく声をかけてきた。
「ここで騒ぐのは、大体が度胸と権力のある方達……つまり貴族の家の方達です。私といれば、スノー様は安全ですよ。」
語りかけてくる顔は、先輩そのものだった。
私はただ若い子達のパワーに驚いただけだけど、怖がっている様に見えたから励ましてくれているのだ。
「……大丈夫よ、こんな所でよく一年間無事だったわね。さあ、行きましょう。」
胸を張り、背筋を伸ばし、堂々とした態度で歩く。
すると、小さな子供が校舎までの道を歩いている事に、周りの高校生達が気づき始めた。
飛び級をしている事で有名な、名門執事一家のイザベラが私の斜め前で誘導するかの様な態度をとっているから、私が最も位の高いエミール公爵の娘……スノーホワイトだと理解する生徒が徐々に増え始めた。
その理解は隣へ……また隣へと伝染していき、私のために石畳のど真ん中を開けてくれた。
「ごきげんよう。」
目の合った女子生徒に、軽い会釈をすると頭をガバッと下げてきた。
こんな味気無い高校生活だなんて、ちっとも楽しめない気がする。
……そうじゃない、私に楽しむ資格などないんだから。
ここでも常にトップに立ち、自慢の娘を続けるのが最大の親孝行。
「イザベラ、ここの生徒は親切なのね。私のために道を開けてくれるだなんて。」
斜め前を綺麗な背筋で足を運ぶイザベラに、スノーホワイトが声をかけた時だった。
「俺様っ、とうちゃーく!!」
後ろから、嫌な予感のする声が聞こえた。




