#097:剪断かっ(あるいは、好きぞ!ホノグラムなイドの底から)
よいしょと、うっとおしいほど、広がり張り出してくるごわごわしたソバージュに鼻をくすぐられながらも、私は必死でそのシギの身体を後ろから羽交い絞めのように抱え上げようとしている。
こいつを場外に落とせば一億、場外で一億、場一と、そのことだけを自分に言い聞かせ励ましながら、意識ない人間の意外な重さにもめげずに、がくりと首が背中側に折れたシギの両脇に手を差し入れ、ふんふんと外側へ外側へと引きずっていこうとするのだけれど。
「……!!」
やっぱ間に合わんかった。すんでの間ですでに眼前まで迫られていたセンコに、険しい顔でこちらを見やられつつ、閃光の左つっぱりを放たれたわけで。
咄嗟にシギの身体を離して、横っ飛びによける。けど、こっちだって引くわけにはいかないのよ。側転のような動きで空中で態勢を整えると、立ち上がりざま、センコとの距離を詰める。
「……」
ごととん、とさらに「舞台」に頭を打ち付けられた、シギの白目を剥いて横たわる体を挟んで、約3mくらいの近距離で向かい合う私ら。緊迫の雰囲気。それを押し開くようにセンコは言葉を紡ぎ始める。体勢は雲竜型のような仕切りをしたままだけれど。
「……水窪の。おんしとは、正々堂々の勝負をしたいと、予選の時から思っていたでごわす」
相変わらずの、どこの言葉か掴みづらい言葉が、ド迫力の顔面から放たれる。でも、その言葉に宿ってる思いはずっと真摯なままだ。
何か、違う。こいつは……センコは一体何を思ってるっていうの? 何を抱えてるっていうのよ。
周りの一触即発やら、既に喧々諤々やらの騒々しさの極致のような場にあって、センコと私の周囲3mくらいだけが、静謐な球のようなものに覆われているような錯覚を感じている。
「……私は特に、これと言って特徴ない側の人間なんだけど」
そしてセンコの言葉に、そんな素のテンションで言葉を返してしまうけど。はじめてこいつとまともに喋ったような気がする。
「……自分との折り合いがつかない、つけられないままで、それでも己の信念を貫こうともがいている、わっしらは、いわば同志」
大銀杏の下の迫力存分の顔筋が、ぐわりと歪みながら、そんな音を放つ。キインと、私の耳奥でそんな金属っぽい音が鳴り響いたかのように感じた。でも。
「……信念とかならとっくに曲げてるわ。ぐんにゃぐんにゃに」
私は顔にも声にも、ろくな表情を乗せきれないまま、そんな力無い言葉を発するだけだ。
「……折れない信念。どんなに曲がり曲げようと、突きつけられた逆境に適応し、それを凌駕していこうとする、確かな意志。……水窪の。おんしにはそれがある。あるのでごわす」
こいつは何? 私の心を揺さぶりながら、えぐって内側からひっくり返してこようとする、こいつは。