#053:晴朗かっ(あるいは、いつだってそこにあるのは自分)
時刻16時。決勝トーナメントが開始されるまで、また一時間の休憩が挟まれることになったわけだけど。
「……」
何かもう体を動かそうという気も起きないし、何かを食べたいとも思わない。
それでも外界の風に当たりたくて、いや何というかシャバの空気を吸いたくて、地下から十階分くらいの階段を律儀に登って国技館の外まで何とかよろぼい出て来た。さらに二階へとつながる外周部の外階段に腰を降ろすと、穏やかに晴れて結構涼し気な風が吹き付けるという良き気候の中、イベントのために訪れている人たちを、しばしぼんやりと眺める。
やはり目につくはカップル。私も数週間前までは向こう側の人間だったのにねー、ふへへ、と力無い笑みを無理やりに浮かべてみるが、そんな心の隙を逃さず、現実という重量級の輩ががっぷり四つに組み合おうとしてくるので、慌てていなして真っ向からの対決を避ける。
ああもうと、ごろりと体を地べたに横たえてみた。空が薄青い。以前ならそんな真似しなかったし出来なかったと思うけど、何かそういう所だけは吹っ切れ始めてきていた。身に着けてるのは運営から供与されたジャージだったし、汚れてもまあいいかってのもある。けど何故か冬五輪の日本代表仕様のやつであって、行きかう人たちが遠目に指差したり写真を撮ったりしてくるのを感じていたが、やーっぷ、やーっぷと呟いていたらそのうちその気配も無くなった。目を閉じ、体を少しでも休ませるモードへと入る。
決断を迫られていた。
先ほど、カワミナミ君が改めて聞いてきたのだ。決勝に進む選択をするかということを。
「……ここでの棄権、それもありと思われる。というかこの段階なら、予選で得た『対局料』をそのまま持って帰ることが出来る。しかし決勝トーナメントに進む意思を示したら最後、どうなるかはわからん。平気で諸々を覆してくる可能性もある。優勝以外は……ゼロと考えていた方がいいかも知れない。その上で聞く……臨む意思はあるか?」
供託金、というわけの分からない参加料が300万円。予選で4人がとこHAKAIした無双なる私だったが、記録の上では辛くも「2勝」であって、「勝てば供託金が倍になる」というルールによると、300×2×2で、1200万。プラス900万のあがりとなる。
年収は軽く超えたか……がっつり月単位で海外を周って、一年くらいのんびりしながら次の職を探す。そんな選択肢も有るのかも知れない。
だがしかし、二週間くらい前まではかなり追い詰められていた私だったものの、アオナギ、丸男、カワミナミ君、という色んな「自由人」たちと接することで、何か、そんな型に嵌まったような生き方が、それだけじゃないな、という気持ちに変わってきていることを実感している。
過去の自分を、笑い飛ばせるような自分になる。
一発逆転へのタイトロープが目の前に張られているのならば、取りあえずはそいつに乗っかってみなけりゃあ、何も微笑んではくれやしないんじゃないの?
やる。億を掴んで、世界を、いいようにぶん回してやろうじゃないの。
唐突に気合いが入った私は、勢いよく身を起こし、立ち上がってみる。両隣りに気配を感じた。見なくても分かる。姐やんと……ちっさいワカ子ちゃん。あんたらは「過去の自分」じゃない。私の……大切な親友。手をつなぐように、虚空を優しく握ってみる。