#047:最奥かっ(あるいは、メディエイトダイバー48号)
「……ウオオオオンっ!! これは私の自尊心のぶんっ!! これもこれも、これもだあぁっ!!」
解き放たれた、私は止まらない。
<あああああっ!! また出てしまったぁっ!! 水窪選手の48のSATURIKU技がひとつっ!! 『ふるえるぞリバー!天上天下唯我自尊心ラッシュ』がッ、回避不能のロングレンジから、執拗に、執拗に肝臓へとぶっ刺さっていくぅぅぅぅっ!! さしもの覇武選手もっ、一発喰らってからはガードしきれていないっ!! これはもう危険ではっ!? レフェリーの立場もある私としましてはっ、止めることも辞さない流れでありま……はっ!!>
実況……学習せえよ。私は突きの手を休めないまま、スクリーンに映し出されている黄色に向かって掠れた声を放つ。
「ダカラ……シアイ……トメル……コ〇ス……」
<がひぃぃぃこわいぃぃぃぃぃぃっ!! ヒトならざるものの顔をしているよ怖いよぉぉぉっ!!>
怯えて歯をガチガチいわせ出した実況黄色から目を切り、私はユズランにこれでもかの拳を打ち込んでいく。「8の字」にウィービングを描きながら。
「……じっそんしんっ! じっそんしんっ!!」
<なんかリズミカルに無限の軌道を刻み始めたよそれに何か口ずさみ始めたよ怖いぃぃぃ、怖いよぉぉぉぉぉっ>
実況の絶叫がこだまする中、私の中の野性は解き放たれたっぱなしで、ごんごんごんごんと、ただ拳を放つだけのマシーンと化している。これが……野性と科学の融合だと言うの?いや、違うか。
<ょぅι゛ょの素振りは完全にブラフだったッ!! ただ、アドバンテージを得るためだけのッ、たばかりッ、圧倒的たばかり……ッ!!>
実況はそう非難げに言うけど、実際はそんな単純では無かった。
……思い出していた。夢のようなものを、見ていた。
楽しかった、幸せだった少女時代……お父さんもお母さんも仲良くて、私もまっすぐに物事が見れていた、そんな、今でも思い出すだに、光に包まれている記憶……私が、少女の私に、私が私を好きだった時の私に戻れば。
……お母さんもお父さんも還ってくると思っていた。そう思い込もうとしていた。還ってくるわけないのに。
「うわああああああああああああああっ」
締め付けられてきた胸奥を、叫びで、慟哭で、こじ開けようとしてみる。傍から見たら、狂人だわ、これ。
<泣いているっ!? 泣いているんですか水窪選手っ!? わからない! 全くもってわからないメンタルですがっ!! 追い込んでいる! 確実に押し込んでいるっ!! これはもう決まってしまうのではないでしょうかっ!!>
いやまだだ。途中からガードをがちがちに固めていたユズランは、やっぱ只者じゃあなかったみたい。有効打をさばいている……何かを待ってる目だ……何を? 私の……スタミナ切れだ。
「……」
やっぱり付け焼刃の訓練じゃ、全力で3分は動けなかった。必死こいてベタ踏みで勝負を決めにいったわけだけど、それも読まれていたみたい。
手が止まったのと逆に、荒い息が止まらなくなってしまった私に向け、固く丸まって凌いでいたユズランが、ゆるゆると近づいて来る。残りあと一分とちょい。今度は私が……凌げるか?