#046:虚飾かっ(あるいは、ぽっと出のフライヤー)
<予選最終局っ、ダメパートはじめぇっ!!>
きいろのおねえさんのこえで、はじまったんだなってわかった。わたしはおねいちゃんからきいていたとおり、いすのみぎについていたまるいボタンをぎゅうっとゆびでおす。
「わたしのなまえは、みずくぼ わかくさですっ!! すきなたべものは、みかんとさばかん……それと、おかあさんのつくるごはんぜんぶ」
じこしょうかいなんて、かんたん。めのまえのきんぱつのおばさんは、くちをぽっかりあけてわたしのかおをみているけど。
<な……何でしょうかッ、この指し手……水窪選手、少女のような清らかな表情で、ブッ込んできたぁっ!! これは……どういった戦術なのかっ!? いやほんとこれは読めない!!>
「……てつぼうがとくいで、くうちゅうさかあがりをにかいれんぞくでできます」
たまにおなかをおくところがまえすぎて、しっぱいしちゃうこともあるけど。でもだいたいできるからいいよね?
<わ、わかりませんっ!! 実況としてあるまじきですけれどもっ、この水窪選手の着手は読めませぇんっ>
「……な、何の作戦かわかりませんけれども」
きんぱつのおばさんはこまったような、かおとこえ。こんどはおばさんのばんじゃないの?
「……何というか、母性本能をくすぐられますわぁ。癒されるというか……」
でもわたしにむかって、やさしそうなえがおをみせてくれた。ほんとはいいひとなのかな。
<先手:522pt VS 後手:123pt>
<後手に399ボルテックっ!! 覇武選手っ!! 耐ショック姿勢を!!>
きいろのおねえさんのするどいこえ。きんぱつのおばさんはかおにぐっとちからをいれると、なにかをがまんしたみたい。
<水窪選手にアドバンテージ付与っ!! えーと、『オフェンス』と『ディフェンス』、どっちがいい?>
きいろのおねえさんがそうきいてきたので、わたしはにっこりしてこたえる。
「りょーほーっ!!」
<うーん……どっちかなんだけどねぇ、まいっかぁ、アドバンテージ『両方』っ!!>
いっしゅん、おばさんは、えっ、ってかおをしたけど、まあいいわみたいなかおをしてうなずいてくれた。やっぱりやさしい。わたしのすわっているいすのうえからフタみたいなのがかぶせられてきて、ちょっとしてからまたうえにあがっていく。
「……」
わたしのからだには、やきゅうのしんぱんのひとがつけるみたいなやつがつけられていて、てとあしには、ぎんいろにひかるものが、かぶせられてた。
「……優位に立ったは立ったけどよぉ、この後、どうすんだよ? あんなメンタルじゃあ、あっさり奴のかかと落としとかもらっちまうぜぇ」
ながいかみのおじさんが、リングのしたからいう。
「わかってる。こうなってしまった以上、『格闘』はもう捨てるしかない……幸い、『DEP』のキレは何故か相当に良さそうだ。あのキャラが客に刺さり始めたら、そっちでの一発がある。よって『格闘』の三分を凌ぎきれれば……逃げろ、水窪っ!! 相手とまともにやりあおうとするなっ」
そのとなりから、きれいなかおをしたおんなのひとがいう。でも、
「にげないよっ、わたし。にげるのはもうしないっておねいちゃんとやくそくしたからっ」
わたしは、いすからおりて、かまえているおばさんとむかいあう。
「……お嬢ちゃん、残念ですけど私は強いですのよ。『こうさーん』って言えば、痛い痛い思いはしなくて済みますわっ。ね? いいコだからそうした方がいいですわよ」
おばさんはするどいめつきになって、かたあしでゆらゆらゆれながらたってるけど。
「ねえさんっ、『ディフェンス』があるから少しは耐えられるっ、距離を取って逃げながら『オフェンス』の長距離を丁寧に入れていけっ」
「いやいやいや、そんな精密なこと無理だろぉよお、っつーの」
「とにかく逃げろッ、水窪ッ!!」
みんなはいろいろなことをいうけど、わたしはもうきめているんだから。
「わたしはにげないのっ!! だっておねいちゃんとやくそくしたんだもんっ」
そう言い放つと、私はフル装備のアドバンテージを最大限生かすため、ユズランから若干距離を取って構える。
「『全てのクソのメスのブタどもをぶっ殺す』……ってね」
のちにカワミナミ君が語ったところによると、その瞬間の私の顔は、有史以前からの、諸々の人間の悪意の全てが凝縮されたかのような、かくも凄惨なものであったと言う。
「ま、間違えた、逃げろッ、覇武ッ!!」
カワミナミ君の警告より先に、私の体は軽やかにステップを刻んで前に出ている。