#045:遡及かっ(あるいは、いつか/私が私を/好きであったとき)
<第5ピリオド:レフトリング:
A:覇武 柚子蘭 VS F:水窪 若草>
<さあっ!! ついに巡ってきた最終決戦っ、予選突破あと一席は誰がもぎ取るのでしょうかっ!!>
おねえさんの、おおきな、こえが、きこえる……
<状況はっ、4戦全勝の覇武選手は勝っても負けても本戦出場っ! 残る一つの空席を、尾藤谷選手と崎本選手が争うかたちとなっています!!>
「……やはり、消化試合となってしまいましたわね。今更カワミナミ様の弟子の方と言えど本気でやり合うのはどうかと思いますけれど……いえ、2400万が4800万になると考えますと、望むところという気もしますわ、おーほっほっほっ」
わたしがすわってる、いすみたいなののまえには、またおなじようなものがあって、そこにきんいろのかみをした、おばさんがすわっていて、たかいこえでわらっている……
「奴ぁ、テコンドーの有段。わけわかんねえ角度から蹴りが放たれてくる。用心してくれ、ねえさん」
わたしのよこから、きたならしいかおをした、ながいかみのおじさんがはなしかけてくるけど、「ねえさん」ってわたしのこと?
「あれ?……どうしたんで? ねえさん、そんな少女のような曇りのない目をして」
そのとなりから、おおきなかおをおじさんも、こちらをのぞきこんでくるけど。いってるいみがぜんぜんわかんない。
「……ちょっと待て、様子がおかしい。水窪、自分の名前はわかるか?」
そのふたりをかきわけるようにして、こんどはきれいなかおをしたおねえさんが、きいてくるけど。そんなにこどもあつかいしないでほしい。
「……みずくぼ わかくさ。5さいです」
ちゃんといえたでしょ。「さ」が「ち」にならないようにきをつければ、じでだってかけるんだから。
「……」
でもはっきりそういえたのに、おとなのひとたちは、くちをあけたまま、かたまっちゃった。どうしたの?
「……やばいやばいやばいっ! また何かメンタルの噛み合わせがぶっ飛んでんぞ!」
「お、お、お、と、とにかくありったけの酒を頭からぶっかけるしかねえんじゃねえかぁ? またもエタノール神の力をお借りするよりほかねえっ」
「待て落ち着け待て!! くっ……やはり、無理が祟ってしまったか。見ろこの天使のような透き通った表情を。さっきの土師潟を破壊した時に見せたあの残虐+極悪+非道なふるまいに、おそらくは自分自身の精神も耐えられなかったのだ……」
「いや嬉々としてやってたように見受けられたが!? それよりもどうすんだこれ、この状態で対局させんのは流石にやべえよ。素立ちで食らったら万が一がある蹴りを撃ってくる相手だぜ? 何か、何か速攻性のあるマインドコントロールとかねえのかよ? 洗脳の類いならお手の物だろうがぁ」
「洗脳など誰もしていない」
おとなたちはくちぐちにどなりはじめたけど、「たいきょく」ということば、さっききいたよ?
「……だいじょうぶっ!! 『たいきょく』のことなら、おねいちゃんからきいてるから! じぶんのことを『じこしょうかい』すればいいんだよねっ!!」
「わかくさなら、わたしならできる」って、さっきおねいちゃんいってた。だからがんばる。
わたしは、びっくりしてなにもしゃべらなくなってしまったおとなたちに、にっこりわらっててをふると、しっかりといすにすわりなおす。